世界一安全な国

結騎 了

#365日ショートショート 015

「どうしてこんなことになってしまったんだ!」

 国王は、鳴り止まぬ銃声を背に息を切らしていた。

 誰よりも民が安心して暮らせる国を。その実現のため、この数十年、身を粉にして働いてきた。スローガンは『安心安全』。徹底したルールとセーフティで、国民の日常を保護する。あらゆる機器の安全基準を見直し、徹底して守らせた。道路や家屋の整備、公衆衛生にいたるまで手を抜かなかった。無事故無違反、平均寿命は三桁。世界に誇れる国になったはずだ。なのに、どうして。

「国王!こちらです!車を回してあります!」

 城の裏口を抜けた先で、秘書が手を振っていた。国王の頬が僅かに緩む。やった、さすが優秀な我が秘書。しかも車まで用意しているとは。

 その日の朝、国王は召使いの悲鳴で目を覚ました。突然のクーデター。国王の徹底した『安心安全』政策に反発したのか、レジスタンスが城に乗り込んできたのだ。彼らは大人数で銃を乱射し、クーデターの成就、つまり国王殺害のために動き始めた。国王は、寝衣のまま逃げ惑うしかなかった。

「よしっ!早く車を出してくれ!」

 国王は後部座席に転がり込み、秘書は運転席に乱暴に座った。エンジン音がけたたましく鳴り響く。しかし、アクセルを踏んでも車が前に進まない。ピーーーーーッ。突如、車のカーナビゲーションから電子音声が鳴った。

「エンジンが新たに起動しました。これより、安全基準の確認プログラムを実行いたします」

 国王は目を丸くした。ちょっと待ってくれ、車から十数メートル後ろ、もう暴徒はすぐそこまで来ている。

 電子音声は所定のフレーズを淡々と読み上げる。「運転手、ならびに同乗者のシートベルト着用が確認できません。シートベルトを着用してください」

 一瞬のフリーズ、からの動作。国王と秘書は、まるで水をこぼしてしまったウェイトレスのように青ざめた表情で、手早くシートベルトを装着した。「早く!さあ車を出すんだ!」

 ピーーーーーッ。「運転手と同乗者の身分が確認できないため、ロックを解除できません。所定のスロットに免許証を挿し込んでください」

 そんな!私は免許証なんて持ってきていないぞ!国王の悲鳴を聞きながら、秘書は自身の免許証を素早く挿し込み、カーナビゲーションの画面を操作した。『同乗者が18歳以上であることを確認しましたか』『はい』。画面を幾度となくタップする。

 もはや一刻の猶予もない。銃弾は車の表面をかすめ、鉄の鈍い音が車内に響いている。もうあと数秒もあれば、私たちはこの車から引きずり下ろされ、無惨にも殺されてしまうだろう。でも、ぎりぎり。逃げ切ったか。さあ、早く車を出すんだ!

 ピーーーーーッ。「運転手のアルコールチェックを行います。運転手は、10秒間の深呼吸の後、所定のマイクに向かって5秒間、息を吹きかけてください。以上を、3回繰り返します。その後、昨晩の飲酒状況について、約5分間、簡単なアンケートにご回答いただきます。それでは、深呼吸、一度目です」

 どうして。どうしてこんなことに。私はただ、世界一安全な国を作りたかっただけなのに。

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世界一安全な国 結騎 了 @slinky_dog_s11

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