ルーチン・ワーク
渡貫とゐち
ルーチン・ワーク
聞いてくれ。
――俺の名前は
暗くもなく、かと言ってみんなの前で目立つというタイプでもない……そんな平凡で平和な生活を送っていた俺は、下校途中に道端に落ちていた綺麗な宝石を拾い上げる。
すると宝石の中から手の平サイズのマスコットキャラクターがぽんと出てきたんだ!
真っ赤な毛で覆われた愛くるしいコウモリみたいなそいつは、俺に助けを求めてきた。
『ボクの世界が魔王に滅ぼされてしまいそうなんだっ、だからキミの力を貸してほしい! 頼むよ勇者・斎藤良助!』――ってね。
思わず目を瞑ってしまうほどの強い光と共に、俺は気づけば澄んだ空気が分かる山の上にいた。目下、崖である。
だがその崖の先には広大な大地が広がっていた。遠くに見えるのは町――、お姫様が住んでいそうな豪華なお城も建っている……イメージ通りの異世界だった。
さらに町の奥には、真っ黒な暗雲がゆっくりと、広範囲に広がっていて……あれが魔王勢力なのだろう……あれが世界を覆った時、この世界が、滅びる……。
『良助。キミにはボクの兄弟を一緒に探してほしいんだ! ボクと同じ見た目で色違いのキャラだ――場所はあの暗雲の下だろうね』
あんな見るからに不穏なそうな場所へ、丸腰で突っ込んでもいいものなのか?
『常人なら死ぬけど、勇者である良助なら大丈夫だ。それに、兄弟たちを救ってくれれば、キミに力を与えることができる――ほら、これはボクからのプレゼントさ――』
足下が隆起し、出てきたのは剣の柄である。
赤いコウモリが、それを抜けと言ってきた。
『さあッ、それを抜いて。
すればキミに力が宿るはずだ――魔王勢力に対抗するための、力だ!!』
俺は柄を両手で握り締め、ぐっっ、と引っ張る。ずずっ、とまるで山全体を持ち上げているような重量があったものの、踏ん張って少しすると、する、と抜けた。
黄金に輝く刃が見える……それを天に向けると、さらに強く輝き出した。
『それがキミの剣だよ、良助……』
勇者の剣……。
これで魔王を、魔王勢力を、倒せるのか!?
『キミ一人では無理だろう……だから仲間を集めよう。
まずはここから見えるあの城――お姫様に会いにいくべきだよ、良助!!』
お姫様……、可愛いのかな?
『世界三大美女とも言われているね……まあ少し乱暴者というか、だからこそ武闘派として仲間に加えておくべきだと思ったんだけど……』
攻撃要因も必要だけど、重要なのは回復役では?
『目星はつけているよ』
へえ。
『女の子がお望みなら教会へいくべきだろうね』
―――
――
―
「――金髪のお姉さんをお願いしまーすっっ!!」
「お、いたいた
「あ、はい……」
「緊張で吐きそうだからちょっと休憩……を挟んだが、お前、屋上で叫んでなにしてんだ」
「緊張をほぐそうと」
「それであんな長い一人芝居をしていたのか?」
「まあ、はい……正直、足りないです」
「…………まあ、本番でミスでもされたら困るし、時間はまだある……済ませておけよ」
「すいません先輩っ、ありがとうございます!」
俺は
社内での重要なプレゼンテーションを任されて、緊張で胃が痛くなったところで会社の屋上へ逃げてきた――そして俺は緊張をほぐすために、別のことを考えている……それが魔王を倒す勇者の話だ。これを喋ることで、ある程度の緊張は緩和されるんだ……。
「別にいいけどさあ、なんで本名が鈴木幸太郎なのに、妄想の中では斎藤良助なんだよ、もっと距離を取った名前でいい気がするけどなあ」
「本名だと恥ずかしいですけど、
じゃあ考え抜いた、って分かるような名前も、それはそれで恥ずかしいですし」
「屋上で、『金髪お姉さんでお願いします』って叫ぶこと自体は恥ずかしくないのかよ……」
まあ近くに高いビルなんてないですし、誰も聞いていないはずですよ。
「俺がここに辿り着いたんだから、扉前で聞いて引き返すやつもいそうだけどなあ」
「いいんです! 続き、してもいいですか!?」
「いや、時間だ。ミスをするのはまずいが、遅刻をする方がもっとマズイ……」
「でも……」
これだけはやらないと、緊張がほぐれない……。
「……はあ、分かったよ。
お前のそれ、最終章まで一気に飛ばして、さっさと終わらせてくれ」
「はい! 分かりました!!」
――俺は斎藤良助、遂にここまできたぜ……ッ!!
――最終章、第一部――魔王と精神が入れ替わっちゃった!? の巻!!
「無理だ待ってられるか早くこいッ!」
「せんぱっ、首根っこつか――、
痛いですすぐにプレゼンいきますからネクタイで首が絞まげふ!?」
ルーチン・ワーク 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます