第52話 セグメント

 翌日から、クリスタは崩れたトンネルの修復を始める事にした。


 一人でメトロダンジョンを歩くのは寂しいけれど、いつまでも甘えた事は言っていられない。


 状態の悪いシェルターダンジョンを整備するのは大仕事なので、力持ちの魔族の手助けが必要だった。人口を増やす為には、どこかで生き延びている成り損ないや魔族を見つけ出して、連れ帰らなければいけない。

 狩りの仕事が減っても、魔族にはやる事が沢山あった。


 シュガーはついて来たがったが、シェルターダンジョンの修理をしなければいけなかった。魔族やクリスタの比ではないくらい、彼女にはやる事が山ほどあるのだった。


 いい機会だとクリスタは思った。

 折角シュガーと同じスキルが使えても、彼女に頼りっきりでは宝の持ち腐れである。

 自分の頭で色々考えたり、スキルを使う事に慣れる為にも、一人で行動したかった。


「くすん……寂しいですけど、マスターに自立心が芽生えたのは良い事です。マスターが一人でもスキルを使えるように、ユーザーインターフェイスをカスタマイズしておいたので、頑張ってくださいね」


 そんな感じで、涙ながらに送り出された。


 まずは案内スキルを使う事にした。メトロダンジョンの構造は複雑で、一度歩いただけではほとんど憶える事が出来なかった。


案内スキルナビゲーション地図マップ!」


 唱えると、目の前に半透明の立体地図が現れた。使い方の説明は受けている。赤い点がアジトで、中央の点滅している点が自分、ピンク色のハートがシュガーだ。目的地を思い描くか声に出せば、光の道が導いてくれる。わざわざ地図を出したのは、シュガーに教わった機能を確認する為だ。


「検索、アジトから一番近いシェルターダンジョン」 


 立体地図の中に表示されたシェルターダンジョンの一つが目立つように光った。


「最短ルートを邪魔している崩落個所を教えて」


 三か所の行き止まりが目立つように光る。


「近い順にルートを教えて」


 立体地図と現実の道の両方に光の道が示される。


「面白いなぁ。検索、グールを埋めたお墓」


 別の場所が目立つように光る。それが正しい場所なのかクリスタは覚えていなかったが、間違ってはいないのだろう。ご丁寧に、その場所には小さな文字でグール達の墓と書かれている。


 そんな風に案内スキルで遊びながら、クリスタは最初の崩落個所を目指した。


 †


「さてと。どうしよっか」


 目的の場所について、クリスタは呟いた。


 目の前のトンネルは、瓦礫と土砂で完全に埋まっている。どこでも倉庫にしまうのは簡単だが、そんな事をしたら支えを失って余計に崩れてしまいそうだ。


 いつもなら、どうしたらいいかなとシュガーを頼っている所だ。でも、それではダメだ。考える力が身につかないし、スキルの使い方も上達しない。


 シュガーは、クリスタなら出来ると言った。彼女はいつだってそんな風に言うが、嘘をついた事はない。実際に出来ると思っているからそう言っているだけなのだ。出来ないとしたら、それはクリスタの考えが足りず、力を使いこなせていないだけだろう。


「……難しく考える必要はないんだ。シュガーが修理する時だって、仕組みが分かってて直してるわけじゃないんだし」


 そのような事をシュガーも言っていた。既にある物を解析して、複製しているだけだ。修理もいわば、部分的な複製である。


「つまり、先に壁を作らないとダメって事だよね」


 辺りを見回す。円形のトンネルの壁面は、緩やかにカーブした四角い石板の集まりで出来ていた。試しに叩いてみると、物凄く硬く、結構な厚みがありそうだ。こんなものをどうやって作ったらいいのか想像もつかないが、理解する必要はない。


解析アナライズ


 壁面に手を触れて呟く。途端に、クリスタの頭にはっきりとしたイメージが浮かび上がった。イメージを正確に表す言葉をクリスタは持っていなかったが、歪曲した石板の中には、物凄く硬い鋼鉄製の網のような物が入っている。


 それがなにを意味しているのかは分からないが、理解したからには、クリスタは生産で複製する事が出来ると思った。その為の材料は足りている。あとは、どうやって崩落したトンネルに壁を張り直すかだ。


 壁を張るには瓦礫が邪魔だが、瓦礫を退かすとまた崩れそうだ。

 今まであまり頭を使ってこなかったクリスタである。腕組みをして、苦しい顔で必死に頭を捻る。


「う~ん。とりあえず、一旦何かで支えられればいいんだけど……」


 その呟きで閃いた。


変身ターンを使えばいいだけじゃないか!」


 変身は変幻自在な上に丈夫で、自分の体の一部のように動かす事が出来る。それで薄い壁を作って、トンネルと崩落個所の間に捻じ込んで支えにすればいい。変身で作った壁を通して解析を行えば崩れている範囲も分かるはずなので、そのまま瓦礫と倉庫の鋼材を材料に直接壁を張り直せるはずだ。


 そんな考えが思いついて、クリスタは感動した。


「……僕ってもしかして、天才なんじゃ……」


 いままでろくに物を考えて来なかったクリスタにとっては、文字通り天才的な閃きのように思えていた。

 早速クリスタは天才的発想を実行に移した。


「変身!」


 元気よく両手を広げる。掌から、ぶわぁっ! と真っ白いドロドロの液体めいた天使の力が飛び出して、壁面を覆った。一部を両手と繋げたまま、それを平らな薄い筒状にすると、力づくで瓦礫の中に押し込んでいく。


「ふんぐぐぐぐぐ!」


 ある程度進むと、瓦礫に引っかかったのか、びくともしなくなってしまった。力が足りないのだろう。戦闘訓練では危ないので本気を出す事はなかった。いい機会だと思い、クリスタは出せるだけの力を出してみた。


「うわぁ!?」


 本気を出す前に靴が破けて、クリスタは危うく転びそうになった。


「あぁ! 僕の靴がぁ!?」


 これしか持ってないのに! 絶望的な気分になるが、すぐに変身で作ればいい事に気づいた。シュガーはそれで服を作っているし、靴だって作れない事はないだろう。無事な方の靴を解析し、変身で再現する。


 ぱん! と、内側から変身で作った新品の靴が生えだして、破れた古い靴を弾き飛ばした。


「……変身って、すごいスキルだったんだなぁ」


 分かっていたつもりだったが、全然足りなかった。頭を使えば、幾らでもすごい事が出来るスキルなのだ。


「そうだ!」


 思いついて、クリスタは靴をアレンジした。靴底から何本も棘を生やして地面に突き刺す。これならかなりの力を出しても踏ん張りが利くはずだ。


「うぉおおおおおおお!」


 今度こそクリスタは本気を出した。全身の筋肉が一回りも大きく膨らんで、変身で作った筒がみしみしと嫌な音を立てながら瓦礫の中を進んでいく。


「ぶはぁ! はぁ……はぁ……。もうちょっとだと思うんだけどなぁ!」


 今度は物凄く硬い鋼鉄の瓦礫に引っかかったらしい。岩や土砂ならまだしも、流石に鋼鉄が相手では力押しで進めるのは無理だろう。


「うー……どうしよう……」


 一旦筒を手から切り離して、クリスタは考えた。休憩がてら、どこでも倉庫にしまってある冷凍ハンバーグを三つ程解凍する。どこでも倉庫は中の物を凍らせたり暖めたり分解したり形を作ったり、色々な事が出来た。生産スキルはどこでも倉庫の中で行うので、その応用らしい。


 シュガーに叱られるので、ハンバーグを食べる前に手を洗う。勿論、使うのはどこでも倉庫の水だ。ちなみに、ノーマンズランドのご飯のバリエーションはかなり増えていたが、クリスタはシュガーのハンバーグが一番の好物なので、いつでも食べられるように沢山作って貰って冷凍保存しているのだった。


「むぐむぐ……シュガーの話だと、僕の剣はその気になれば鉄だって簡単に斬れちゃうみたいだけど……流石に剣の届かない物は斬れないし……」


 グールと戦った時に、そのような事を言われていた。

 ハンバーグが美味しくて、全然頭が回らなかったが、食べ終わった途端に閃いた。


「いや……剣はもう届いてるんだ!」


 変身で作った筒の先端を鋭くすればいい。

 それで筒を回転させれば斬れないだろうか?


「それよりも、ギザギザにして鋸みたいにした方がいいのかも!」


 良いアイディアが次々浮かんで、クリスタはいい気分だった。きっと、天使様のお手製製ハンバーグのお陰に違いない! 帰ったらその事を話さなくっちゃ!


「その為には、成功させなくっちゃね! えーい!」


 筒から伸びた棒を取っ手にして、力づくで回す。思ったほど楽じゃないし、ある程度回したら棒が遠くなるので、手近な位置に別の棒を生やして持ち替えないといけない。物凄く面倒だ。


 でも、その頃にはクリスタは変身のコツを掴み始めていた。大事なのは、自由な発想なのだ。回転する物と言えば車輪だ。そう思ってクリスタは、筒の手前の部分を大きな車輪のようにした。これなら軸と繋がる支え棒を手繰り寄せるだけでいい。


 僕って天才だ! そう思いながら、クリスタはバカ力で奇妙な筒を回転させた。それでも結構時間がかかったが、暫くすると鋼鉄の瓦礫を貫通したのか、変身で作った大筒が向こう側まで突き抜けた。


 こうなれば後は早い。崩落した瓦礫を収納し、どこでも倉庫内の鋼材と合わせて壁面を構成する石板を複製し、筒の表面から取り出して組み合わせていくだけでいい。


 元々そこにあったのだから当然だが、石板は気持ちがいいくらいに隙間なくきっちりと収まった。試しに叩いてみたが、外れて落ちて来る事はなかった。


「完璧だぁ!」


 一仕事を終えて、クリスタは誇らしい気持ちになった。

 そして、大急ぎで次の崩落個所に向かった。


 シュガーはアジトから一番近いシェルターダンジョンの修理を行っている。シュガーが帰ってくるまでに残りの二つを開通させて、びっくりさせようと思ったのだ。


「一人でシールド工法を思いつくなんて、流石はマスターです!」


 綺麗になったトンネルを見て、シュガーは拍手をしながら褒めてくれた。なんでも、クリスタのやり方は、古代人がトンネルを作った方法と同じだったらしい。


「別に、ちょっと頭を使っただけだよ」


 澄ました顔でクリスタは言った。

 内心では、僕って凄い! と、自画自賛している。


「そうですよ! マスターは今まであんまり頭を使ってなかっただけで、ちゃんと考えれば出来る子なんです! 偉いです、立派です、凄いです!」

「えへへへ、そんな、大袈裟だよ~」


 口ではそう言うが、クリスタはすっかりいい気分で頬が緩んでいた。

 そんなクリスタに、変わらぬ笑みでシュガーが告げる。


「ちなみに、筒を通すのに邪魔な瓦礫は壊すより収納しちゃった方が楽ですよ」

「…………ぁ」


 言われて、クリスタはハッとした。

 変身で触れた物は収納出来るのだから、わざわざ大変な思いをして壊す必要はなかったのだ。


「そんな簡単な事、なんで気づかなかったんだろ! 明日はもっと考えて、上手くやらないと!」


 調子にのってしまった事を反省する。

 そして、早く明日になって次のトンネル工事をしたいと思った。

 そんなクリスタを微笑ましく眺めて、こっそりとシュガーは呟くのだった。


「ふふふ。頑張ってくださいね、マスター」

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【マスター権限】ってなんですか? 無能な上にスキル無し、彼女もNTRれ追放された僕だけど、ダンジョンで出会った可愛い奴隷少女のご主人様になって無双します。今更戻って来いと言われても国作りで忙しいので! 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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