第51話 ぼくがやります

 会議が終わると、早速クリスタはメトロダンジョンの探索に出る事になった。

 イブリスの提案で、案内役はウルフにお願いした。


 部屋に閉じこもっているよりは、外に連れ出した方がいいだろうという事らしい。

 それに彼は、メトロダンジョン構造やアジトのようなシェルターダンジョンの場所をある程度把握していた。


 ウルフはまだ落ち込んでいるようだったが、魔王の指示と聞いて重い腰を上げた。

 シュガーはまた留守番である。共有スキルでテユーに知識を与えて、シュガーが成り損ないに行っている神具操作の教育を一部引き継がせる事にしたらしい。彼女が言うには、パートリーダーなるものにするのだそうだ。


「いまだに夢に出るんだよ。俺はあの罰当たりな肉の草を食ってて、気が付くと周りは死体でいっぱいなんだ。で、頭の上で、あのバケモノが殺してくれって泣いてんだ……」


 そう言うウルフは、最後に会った時よりも幾分やつれて見えた。


「マスターは平気なのに、案外繊細なワンちゃんですねぇ」


 テユーを教育しながら、遠話スキルを使ってシュガーが言う。どうやらテユーは、突然知らない知識が頭の中に入ってきて戸惑っているらしい。


「僕はほら、自分の手で焼いたから。それで気が済んだんだと思うよ」


 なんとなく、ウルフに助け舟を出すつもりでクリスタは言った。悲しい事件だったが、終わった事だ。灰になって、天に召されて、もう苦しむ事はない。だから、クリスタはあそこに行って良かったと思っていた。そうでなければ、いまだにあの古代人は苦しみ続けていたのだ。もしかすると、神は哀れな古代人に慈悲を与える為、自分達をあの場所に導いたのかもしれない。そんな気すらした。


「……なるほどな。俺達が殺してやったことで、あいつも救われたのか」


 それで、ウルフも少しは気が楽になったらしい。


 ウルフの案内に従って、ひたすら歩いた。メトロダンジョンのトンネルは所々で建物と繋がっており、シュガーはそれを駅だと言っていた。複雑な建物は、駅ビルと言うのだそうだ。


 駅や駅ビルには、形は違うが本棚の神具があるそうで、見かけるとシュガーが案内スキルの矢印で教えてくれた。言われるがまま手をかざし、シュガーが中身を検める。


「とりあえずこれで、地下鉄の構造は分かりました。悪魔の呪いの濃さとか、崩落している場所を確認しないといけないので、どのみちに歩いて調べないといけないですけどね」

「天使様ってのは、本当に便利なもんだな」


 苦い笑みでウルフは言った。案内役が不要になったと思っているようだが、メトロダンジョンはあちこち崩れているので、彼の案内は無駄にはならなかった。


 道中の魔物を狩りながらひたすら歩き、シェルターダンジョンを確認していく。扉の開いているシェルターダンジョンは完全に荒らされて酷い有様だったが、一応直せない事はないという。


 とはいえ大変なので、イブリスの計画では、状態の悪いシェルターダンジョンは居住地ではなく、農地や今後予定している工業用の作業場にするつもりだそうだ。


 閉まっているシェルターダンジョンは状態が良く、中にはアジトよりも綺麗な物もあった。


 そういったシェルターダンジョンは居住地にして、アジトから近い順に成り損ない達を使って掃除をさせ、整備していく予定だそうだ。


「あの、崩れてる所を通れるようにしたら、もっと楽に移動できるんじゃないでしょうか?」


 シュガーを通して、クリスタはイブリスに言った。

 シュガーがクリスタの身体を使って声を届けられるように、クリスタもシュガーの身体を使って声を届ける事が出来た。感覚が良く分からないので、シュガーにお願いする形になるが。


 ついでという事で、イブリスはテユーに混ざって、神具操作の講習を受けていた。

 

「そうね。神の使いに地下を守らせるなら、メトロダンジョンの迷路みたいな構造を利用する必要はなくなるし。手の空いた魔族を派遣して、最寄りのシェルターダンジョンまでの道を作るのはありね」


 ナイスアイディアです! と、クリスタの腕から生えたシュガーの腕が親指を立てた。最近はそんな事をされても驚かなくなってきたが、キモいのでやめて欲しい。

 そちらはおいておいて、クリスタはイブリスに告げた。


「僕がやりますよ。多分、出来ると思うので」

「えぇ。勿論、あなたの力は借りる事になるでしょうけど。あなたにだけやらせるわけにはいかないわ」


 釘を刺すようにイブリスが言った。

 その件については先ほど話し合ったばかりである。


「いえ、僕がやった方がいいと思います」

「……クリスタ。気持ちは嬉しいのだけど」

「聞いて下さいイブリスさん。トンネルが崩れてる所は、下手に瓦礫を動かしたらまた崩れちゃいそうな感じなんです。なので、壊れた壁を直しながらじゃないと危ないと思います。そういうのは僕やシュガーじゃないと出来ないと思いますし、僕なら、万が一生き埋めになっても大丈夫だと思います。だよね、シュガー?」

「ですです。マスターになにかあれば天使の盾や鎧が自動展開しますし、空気や水もどこでも倉庫を通じて供給可能です。天使の鎧にはオムツ機能もついてるので、マスターがお漏らししても問題ナッシングです!」

「いや、それは問題だけど……。それに、どのみち邪魔な瓦礫や土砂を地上に捨てなきゃ駄目じゃないですか? 僕が瓦礫を小さく砕いてもいいですけど、大勢で何度も地上を行き来するのは大変ですし目立ちますよ。階段の近くに捨てたら目立つので、遠くまで持っていかないといけないですし。だったら最初っから僕が全部やって、どこでも倉庫を使って捨てちゃった方がいい思います」


 イブリスはすぐには答えなかった。考えているらしい。


「…………確かにそうかもしれないけど」

「イブリスさんの話はちゃんと聞いてました。その通りだとも思いました。僕じゃなくても出来る事なら、他の人がやった方がいい。でも、これはそうじゃないと思うんです。僕がやらなくて事故が起きて、それで誰か死んじゃったら、僕は僕を恨みます。なんであの時、もっとちゃんと言わなかったんだろうって。僕は頼りなくて、頭もよくないですけど、それでも一応考えてみたんです。間違ってたら、そう言ってください」


 イブリスが沈黙した。シュガーはなにやら、感動した様子でマスター……と呻いている。隣では、ウルフが面白そうに笑っていた。


「魔王様。今回ばかりはクリスタが正しいですぜ。こいつを退かして道を作るのは、魔族の俺らにだって手に余る。手伝えない事はないですが、その間にもっと他にやれる事があるんじゃないですかね」


 その言葉に、クリスタは笑顔になってウルフの顔を見た。狼の魔族が、褒めるようにして首をすくめる。程なくして、イブリスの溜息が響いた。


「あたしは現場を見ていないわ。アジトの外にも、もう長い事出ていない。あなた達がそう言うのなら、そうなんでしょう。クリスタ。申し訳ないけれど、あなたの力を頼っていいかしら?」

「よろこんで!」


 二つ返事でクリスタは答えた。考えを認めて貰えて、クリスタは嬉しい気持ちだった。そして、自分は戦うだけでいいと思っていた考えを改めた。イブリスは頭がいいけれど、常に正しいわけではない。その場にいないのだから当然だ。だからこそ、今ここに立っている自分がちゃんと考えて判断し、彼女に意見しなければいけないのだ。


 シュガーがしきりにちゃんと考えないとと言っていた意味が、頭ではなく心で理解出来た。

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