第50話 もっとちゃんと考えないと
「今後の方針を考えたから聞いてちょうだい」
魔王の私室。目の下に黒々とクマを作ったイブリスが言った。
その話をする為に、シュガーはクリスタを呼びに来たらしい。
会える距離にいる時は、シュガーは遠話スキルを使わないのだった。
ぼへ~と聞き役に回っていたクリスタは、シュガーに肘で突かれた。これからは受け身に回らないで、率先して質問したり発言するようにと言われていた。
「えっと、具体的には何をするんですか?」
「やるべき事は多いけど、まずは領土の拡大ね。幸い、地下は悪魔の呪いが薄いから、利用できる土地は少なくないわ。このアジトみたいなシェルターダンジョンも結構あるみたいだし。天使の目で悪魔の呪いの濃さを測って、安全な場所を地図に起こて領土として確定させるの。危険なエリアに立札でも立てておけば、成り損ないもアジトの外で働けるようになるでしょう?」
「それはいい考えですね」
掃除や炊事で成り損ないにも仕事が出来たが、それでもまだ人手は余っている。成り損ない達は働きたがっており、もっと仕事を欲していた。
「ダメですよ。もっと、重箱の隅を突くように粗探しをしないと」
「あんた、邪魔したいわけ?」
「マスターは疑う事を知らなすぎなので、疑う練習です」
「あたしで練習しないで欲しいんだけど……」
苦笑いしつつ、その通りだとクリスタも思った。じゃないと、またリリィみたいな悪人に騙されるかもしれない。あんな思いは、二度としたくない。
「えっと、地下にも魔物がいるので、悪魔の呪いが薄い場所でも、成り損ないの人達には危ないんじゃないですか?」
地下には巨大化した蝙蝠やネズミ、ミミズやゴキブリなんかが結構いた。他にも、スライムと呼ばれるネバネバした動く粘性生物や、名も知らぬ恐ろしいバケモノがう徘徊している。一応、普段使うルートは魔族やクリスタが魔物狩りを行っているが、それも絶対とは言えない。領土が広がれば警戒する範囲も増えて、手が足らなくなる気がする。
それを聞いて、ナイス重箱です! とシュガーが親指を立てた。
イブリスはその質問を予期していたらしい。
「勿論対策を考えてあるわ。前に、神の使いを狩りに使えないかって話が出たでしょう? 地上じゃ目立つけど、地下なら平気だわ。クリスタの力で、神の使いの一部を地下に配備して、パトロールや護衛をやらせるのよ。あと、拡大した領土に降りられる地上の階段なんかも守らせてね。これなら平気でしょう?」
「それはいい考えですね!」
言ってから、クリスタはシュガーの顔色を伺った。
「……まぁ、悪くないんじゃないですか?」
いつの間にか、シュガーは縁の赤いメガネをかけていた。それをずらしながら、嫌味っぽく告げる。
「なにキャラよ……」
呆れると、イブリスは話を続けた。
「で、領土を拡大しつつ、産業を興すわ。ノーマンズランドを国として認めさせるには経済力がいるし、ノーマン達には仕事が必要でしょう? 成り損ないの多くは暇を持て余してるし、これから人口を増やすとして、比率としてはどうしても成り損ないの方が多くなるんだから。彼らの役割を作らないといけないのよ。成り損ないの多くは農村の出だから、まずは農業から始める予定よ」
「地下で農業なんか出来るんですか?」
「そのままじゃ無理ね。だから、あなた達の力を借りるわ。どうシュガー。天使の知識には、地下で育つ作物はあるかしら?」
「ないですね」
「遺跡を調べたらどうかな? 調べてない所が沢山あるし、古代人の本棚? あれを調べれば、なにか分かるかも」
即答するシュガーに、クリスタは言った。
「それはまぁ、可能性はありますけど……」
「あんた、分かってて惚けたわね?」
「ま、マスターが自分で気づくか試したんですよぉ! それに、可能性はありますけど、絶対じゃないですからね!」
「えぇ。それは分かってるわ。だから、別の案も用意してある。どっちにしろあなた達頼りだけど。シュガーは神具を複製出来るでしょう? 明りの神具を沢山作って設置したら、太陽の代わりになるんじゃないかしら」
「水はどうするんですか? アジトの分はろ過システムで循環させてますけど、農業をやるってなったらかなりの量を使う事になりますよ?」
「僕が汲んでくるよ」
「……マスター?」
呆れた顔でシュガーが言った。何故だか、イブリスも同じような顔をしている。
「そんなほいほい安請け合いしちゃだめですってば! この人達の為にもなりませんよ!」
「でも……」
どうして怒られたのか、クリスタには理解出来なかった。ウルフに送って貰って、ちょっと川に手をかざせば済む話である。往復で二時間程度だろう。どこでも倉庫は物凄く広いようなので、農業に使っても結構持つはずである。それで解決だ。
「クリスタ。気持ちは嬉しいけど、それじゃ根本的な解決にはならないわ。あなた達の協力は助かるけど、あたしとしては、出来るだけその比率を下げたいのよ。じゃないと、あなた達がいなくなった途端に国が立ちいかなくなるでしょ? ノーマン達があなた達頼りになって働かなくなっても困るし。どうしようもない時はお願いするけど、それは最後の手段にしたいの。出来れば、食料合成機を用意して貰ったみたいに、あなた達が直接動かなくても、ノーマン達の手でどうにか出来るような形で解決したいのよ」
「あれだって、私がいなくなったらその内壊れちゃいますけどね」
自分はいいが、イブリスに言われるのは違うのだろう。
嫌味っぽくシュガーは言った。
「何年か持てば十分よ。ノーマンズランドを国として認めさせる事が出来れば、地上に領土を作って普通に生活できるわ。あたしだって一生あなた達の力を頼るつもりはないし、そんな状態は、国として自立しているとは言えないもの」
「ぐぬぬぬ……正論ですけど、堂々と言われると生意気な感じでがしますねぇ」
「国を作るって大変なんですね……」
落ち込んだわけではないが、似たような気持ちでクリスタは言った。神様に選ばれて、その力でみんなを助ければいいと単純に思っていたが、それだけでは駄目らしい。
イブリスは当たり前でしょ……と呆れていたが。
「で、話を戻すけど。農業用水を確保するのに、なにかいい手はないかしら? 一応、神の使いに地下で狩りをやらせればその分魔族の手は空くけど、そっちはまた別の仕事を任せたいのよね」
「偉そうなこと言って、結局私達頼みじゃないですか!」
むくれた顔でシュガーは言う。
「えぇ。申し訳ないと思うけど、諦めたわ。あたしがどれだけ頭を捻ったって、あなた達の力には遠く及ばないもの。あなたは万能の天使で、あたしは無力なただの成り損ないよ。とりあえず、このお礼はいつか必ずすると言っておくわ。でも、そうね。農業が出来るようになれば、あなたのマスターに新鮮な美味しい野菜や果物を食べさせる事が出来るんじゃないかしら?」
「……はっ!?」
「いや、僕は別に、野菜はなくてもいいんだけど……」
好き嫌いをするわけではないが……と言いつつ、クリスタは毎日お肉だけでいいと思っていた。ちなみに今は、野菜の代わりにシュガーが適当な雑草から作ったマズイ青汁を飲んでいる。それで足りない栄養は補えるのだそうだ。
「ダメですよ! 折角ちゃんとしたキッチンが手に入ったんですから! 手に入る食材を増やして、マスターに毎日日替わりで美味しい手料理をご馳走するんです! この前の遺跡探索でレシピも仕入れましたしね!」
ふんすと、やる気を漲らせてシュガーは言った。
「……僕も騙されやすいけど、シュガーも人の事言えないんじゃないかな……」
「私はわざとなのでいいんです!」
言い切ると、シュガーはイブリスに告げた。
「水問題も遺跡を調べればどうにかなると思います。浄水施設の設備を複製して、近場の水源を利用できるようにするとか。最悪、ポンプを複製して遠くの水場から水道を引いちゃうって手もありますし。っていうか、ここは都市部なので、探せば使える水道のルートがあるかもしれないので、配管を繋ぎ変えて持ってくるって手もありますね!」
「手段は任せるわ。こっちで出来る事があったら言って。今の所は、あまり多くはないでしょうけど」
「仕方ないですね。国が大きくなったら、百倍にして返して貰いますよぉ」
「えぇ。国の記念日でも銅像でも、なんだって用意するわ」
「それは当然貰いますけど。あとはそうですねぇ、国の名前も欲しいですね。クリスタシュガー帝国! はぅん♪ 私とマスターの名前を世界史に刻んじゃいましょう!」
流石にそれはイブリスも嫌そうな顔をしていたので、クリスタはテユーが仕事を欲しがっていた事を話して、それとなく話題を変えておいた。
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