第49話 私にはいつだってマスターの性癖に応える用意があります!

「なーなー! クリスタ兄ちゃん! オイラも訓練に混ぜてくれよぉ!」


 端の方で見ていたテユーが、ぱたぱたと駆け寄ってそう言った。


 シュガーの頑張りのお陰で、蜥蜴の魔族の少年はすっかり元気になっていた。眷属スキルのお陰なのか、失った腕も元通りになっている。


 シュガーには眷属の名を付けるように言われていたが、そんな気はなかったので、クリスタは普通にテユーという事にしておいた。


 眷属スキルの影響なのか、テユーは物凄くクリスタに懐いてた。クリスタ的には、年の離れた弟が出来たような気分である。


「ダメだよテユー君。君はまだ子供なんだから。あぶないでしょ?」

「オイラ天使様の力を分けて貰って、クリスタ兄ちゃんの奴隷になったんだ! 兄ちゃんの役に立ちたいんだよぉ!」


 テユーの言葉に、オルグ達が目を見張る。


「なってないからね!?」

「でも、天使様がそう言ってたんだ! 天使様が一番の奴隷で、オイラは二番だって!」

「シュガーはちょっと言葉選びがおかしいだけだから! 真に受けちゃダメだよ! テユー君はテユー君、僕は僕だよ。この前の事は気にしないで、普通にしてていいんだからね?」

「……クリスタ兄ちゃんは、オイラをいらないって事?」


 すぅっと、テユーの瞳から光が消えた。


「て、テユー君?」

「オイラ、いらないんだ。クリスタ兄ちゃんは、オイラのご主人様になってくれないんだ。必要ないオイラには、存在価値がないんだ」


 がくがくと震えながら、虚ろな目をしてテユーが呟く。


 それでクリスタは思い出した。シュガーが奴隷になる事を断ったら、彼女は自殺するような事を言っていた。そういう風に、神様に創られたのだろう。眷属になってテユーも、同じようになってしまったのかもしれない。


「そ、そんな事ないよ! テユー君は僕の大事な――」

「大事な、なに? クリスタ兄ちゃん……」


 蜥蜴少年のぎょろついた瞳が、縋るようにクリスタを見つめた。


「えっと、その、うーん……」

「うわああああん! やっぱりオイラは必要ない存在なんだぁ!」

「お、弟分! そう、弟分だよ! ね、これならいいでしょ?」


 上手い言葉が思いつかず、咄嗟にクリスタは叫んだ。


「弟分? オイラ、クリスタ兄ちゃんの弟分だ! やったぁ! 弟が兄ちゃんを助けるのは当然だろ? なぁ兄ちゃん! オイラも訓練に入れてくれよぉ!」

「おいテユー! あんまりクリスタ様を困らせるな! クリスタ様は大人の魔族が三人がかりでも手も足も出ないくらい強いんだ! ガキのお前じゃ、迷惑になるだけだ!」


 重そうに立ち上がると、テユーを引き剥がそうとオルグが手を伸ばす。

 その手を、テユーは尻尾を使ってぴしゃりと叩き落とした。


「いてぇ! なにしやがる!」

「へんだ! オイラ、天使様の力を分けて貰ったんだ! だから、大人にだって負けないよ! オルグおじさんにだってね!」

「な! ガキが生意気言ってんじゃねぇ!」


 青筋を浮かべて、オルグが拳骨を放った。テユーはひょいと避け、オルグの股の下を潜って後ろに回った。


「そんなノロマな攻撃、オイラには当たらないよ! なぁクリスタ兄ちゃん! オイラがオルグおじさんに勝ったら、訓練に入れてくれるかい?」

「なが!? てめぇ、いい加減に――」

「テユー君、お座り!」


 クリスタが叫ぶと、テユーの膝がかくんと砕けて、その場にへたり込んだ。


「ふぇ、お、オイラ、なんで座っちゃったの?」

「それは僕が、君のお兄ちゃんでご主人様だからだよ」


 クリスタは、考えなしにテユーを眷属にしてしまった事を後悔した。シュガーは、こんな風になると分かっていて、色々と忠告をしてくれたのだ。なのに自分は、何も分かっていなかった。けれど、それはもう仕方がない。過ぎた事だし、そうしなければテユーは魔物になって、イブリスも彼を殺さなければいけなくなった。

 大事なのは、彼を眷属にしてしまった責任がクリスタにはあるという事だ。


「テユー! 歯ぁ食いしばれ!」


 恐ろしい声で怒鳴ると、オルグが拳を振り上げた。ご主人様の命令で動けなくなったテユーは、ひぃ! っと目を瞑る。


「待ってくださいオルグさん! こうなったのは僕の責任ですから。僕に任せてください」

「いやでも、こいつは魔族だし、俺が――」

「テユー君がこんな風になったのは、僕のせいなんです。だから、お願いします。この通りですから」

「く、クリスタ様!? あ、頭なんか下げねぇでくだせぇ! わ、分かりましたから!?」


 オルグは血相を変えて拳を下ろした。

 テユーはすっかり怯えて、泣きじゃくっている。


「うわぁ~ん、オイラ、ただ、クリスタ兄ちゃんの役に立ちたかっただけなんだよぉ~!」

「うん。そうだね。君は僕の、眷属だもんね。そういう風に、思っちゃうんだよね」


 シュガーが無条件でクリスタを敬うように、テユーの中にも、ご主人様であるクリスタに尽くそうという気持ちがあるのだろう。それを植え付けたのは、自分なのだ。その責任を取らなければいけない。


「でもね、テユー君。君の気持ちはありがたいけど、やっぱり君はまだ子供だから、危ない事はさせたくないな」

「う、うぇ、うぅ、でも、オイラ、兄ちゃんの役に立ちたい……そうしないといけないって、胸がもぞもぞするんだ……苦しんだよぉ……」

「うん。だから、他の方法を考えよう。イブリスさんや、シュガーに相談してみるから。それまで、もう少し我慢できるかな?」


 すすり泣くと、テユーは小さく頷いた。


「良い子だ。それと、テユー君。僕の為に頑張ろうとしてくれるのは嬉しいけど、オルグさんや他の大人達は、今日までずっと君の事を守って、頑張ってくれてたんだから。その事に感謝して、大事にしないとだめだよ?」

「ぅん……オイラ、調子に乗ってた。オルグおじさん、ごめんなさい……」

「わ、わかりゃいいんだよ。わかりゃ……」


 素直に謝られて、オルグも許してくれたらしい。


「しかし、クリスタ様の眷属になりゃガキのテユーでもこんなに強くなれるのか……なぁクリスタ様! 俺もクリスタ様の眷属に――」

「駄目です。見ましたよね? 眷属になるとこんな風に、身も心も僕のしもべになっちゃうんです」

「構うもんか! 俺はもう、クリスタ様のしもべですぜ!」

「イブリスさんの事はどうするんですか?」

「クリスタ様は俺達の救世主でさぁ! クリスタ様を助ければ、魔王様も助かる。そうでしょう?」

「それは、そうですけど……」

「ならなにも問題ねえじゃねぇですかい! 簡単に強くなれるんだ! この際他の魔族もみんな眷属にしちまいましょうよ!」

「だ、駄目ですってば! そんな都合の良いものじゃないんですよ!」


 必死に訴えるが、オルグはすっかりその気らしい。子分の二人も、期待するように目を輝かせている。


「そーですよ! マスターの下僕は私一人で十分なんですから! その子だって、マスターがどうしてもって言うから仕方なく眷属にしたんです! 天使の力の消耗も激しいですし、これ以上は増やしませんからね!」


 とてとてと現れたのは、六歳児くらいの姿になったシュガーだった。


「シュガー? どうしたの、その格好?」

「ふんす! 向こうがショタなら、こっちはロリです! クリスタお兄ちゃん♪」


 鼻息を荒げると、シュガーは急にぶりっ子をして猫みたいなポーズを取った。


「ぁ、うん」

「反応薄っ!? もっとなにかないんですか!?」

「ご、ごめん。可愛くて、見惚れちゃった……」

「ずっきゅ~~ん! ななな、なんですかその不意打ちは! それじゃあこれからは、ロリモードを標準体型に設定します!」

「いや、でも、いつものシュガーが一番好きかな……」

「はぅううう!? ちょ、勘弁してくださいよ! マスター大好き粒子の過剰摂取でオーバーヒートしちゃいそうです!?」


 真っ赤になると、幼女の姿のシュガーが激しく頭を振った。幼女さの欠片もない動きである。


「天使様がそう言うんじゃ仕方ねぇか……」


 オルグもとりあえずは諦めたらしい。


「うぅ……天使様ばっかりずるいやい! クリスタ兄ちゃん! オイラの事も構ってくれよぉ!」


 パタパタと尻尾を振りながら、テユーが足に抱きついてきた。


「うーん、よしよし?」


 適当に頭を撫でながら、クリスタは思った。オルグを眷属にしたら、彼もこんな風になるのだろうか。もしそうなら、ちょっと嫌だなと思うクリスタだった。

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