恥ずかしがり屋の矢野君

しらす

彼はいつだってパンツ一丁で現れる

 今日も矢野君は、私の部屋のコタツで向かいに座ってこちらをじっと見つめている。

 雪の降る寒い日曜日だ。私は宿題をしながら、ときどき彼の姿を確認して、内心でちょっとだけ残念だなと溜息をついている。


 矢野君はコートを着ている。この暖房の効いた部屋で、しかもコタツに座りながらコートを着ている。

 なぜかといえば、その下がパンツ一丁だからなのだ。



 事の起こりは夏休み明けにまでさかのぼる。

 恥ずかしがり屋でクラスでも有名な矢野君は、どういうわけか突然私に告白してきた。

「付き合ってください、加納かのうさん!ぼぼぼ、僕、僕は、加納さんが好きです!」

 顔を煮詰めたトマトより赤くして、ほとんど叫ぶようにそう言った後、矢野君は私の肩を両手でガシッと掴んだ。


「へ、返事はすぐじゃなくていいから、かか考えてほしい!僕、僕……全裸で待ってるから!!」

 そう一息に告げると、私の返事を待つ事も無く、矢野君は矢のようにその場から走り去った。



 矢野君の恥ずかしがり屋はとても有名だった。

 授業中に当てられて、立ち上がるだけで足はガクガクと震え、「Aです」と答えを一言ひとこと言うだけで顔は真っ赤、椅子に座る頃には冷や汗までかいている。

 クラスメートにそれをからかわれても真っ赤になるし、あまりの恥ずかしがりっぷりを心配した先生に声を掛けられても真っ赤になる。男子の話によると、トイレで立ちションするのも恥ずかしがって、いつも洋式トイレを使うそうだ。


 そこまで恥ずかしがり屋の矢野君が、よりによって告白してきたのだ。

 辺りはしばらく騒然そうぜんとし、私は「どうするの!?」とクラスメートに質問攻めにされた。

 当然としか言いようが無い。しかし矢野君は私の一体どこが好きなのか、そこがさっぱり分からなくて、私は何とも返事ができなかった。


 そして翌日から、矢野君は何故か毎日、私の前にパンツ一丁で現れるようになった。

 もちろん恥ずかしがり屋なので、人気ひとけのない場所を選んでだ。

 放課後の誰もいない教室だったり、居残りで片付けをしている体育倉庫の中だったり、特別教室の準備室の中だったり。最終的に私の家までついて来て、私の部屋で服を脱ぐようになった。

 そしてパンツ一丁になりながら顔を真っ赤にして、真剣な顔で私を見つめてくる。



 正直言ってわけが分からないけれど、私はあまり物事に動揺しない方だ。

 私は、というより家族全員そうだ。

 大勢の人の前で喋ろと言われてもスラスラと喋れるので、勝手に学級委員にされてしまったけれど、別にそれで困ってもいない。多少面倒臭いだけで。

 何かの発表の時は必ず喋る係を頼まれるし、グループ活動ではリーダーを頼まれるけれど、それで苦労したという記憶はない。


 父母も似たような学生生活を送ってきたようで、父は教師をしているし、母は会社のプレゼンを毎回頼まれるというし、兄は生徒会長をしている。

 別に堂々としているつもりは無いけれど、私も含めて「かっこいいね」とよく言われる。遺伝子なんだろうな、と思う。



 そんな私が真反対の恥ずかしがり屋の矢野君に告白されてから、もう五か月になる。

 クラスメートには「加納に告白した事件」はもう忘れ去られている。あれからどうなったのか、と質問されることも時々あるが、どうとも答えずに笑って誤魔化している。

 しかも教室では他人同士のまま、ろくに目も合わせない私たちを見て、みんな告白は失敗だったと思ったらしい。


 しかし恥ずかしがり屋の矢野君は、相も変わらず教室では恥ずかしがり屋のままで、そして一日に一回は私の前にパンツ一丁で現れる。

 冬休みの間も欠かさず我が家に来て、そしてパンツ一丁の姿を私に見せていた。

 ただ一月ともなるとさすがにパンツ一丁はこたえる季節だ。最近の矢野君はパンツ一丁の上にコートを着て、コタツに座ってそれでも少し震えながら、私の顔をじっと見つめていく。


 両親はもちろんその事を知らない。恥ずかしがり屋の矢野君は、我が家にやって来る時はちゃんと服を着ているからだ。

 おまけに恥ずかしがり屋ながら礼儀正しく挨拶をするので、両親の好感度も高い。

 別に付き合っているわけでもないのに、毎日やって来るせいか、両親は矢野君を私の彼氏だと思っている節がある。



 私がそんな彼をどう思っているのかと言うと、正直可愛いと思っている。

 しかも、もうあの告白から五か月だ。普通の人ならとっくにあきらめているだろうに、毎日毎日私の前にパンツ一丁で現れる、その律義りちぎさと真剣さはビシバシ伝わって来る。

 そもそもあんなに恥ずかしがり屋なのに、私の前にパンツ一丁の姿を毎日さらすなんて、相当な勇気のはずだ。

 こんな人と結ばれたら、きっと私を大事にしてくれるだろうな、と思うし、たぶん今なら「私も好きだよ」と言えると思う。



 だから今、私はちょっとだけ困っている。

 彼は「全裸で待ってるから」と言った。それはつまり、返事をするときは「僕が全裸の時にしてくれ」という意味だろう。

 なのに彼は、あれから一度も私の前で全裸になった事は無い。いつだってパンツ一丁。つまり半裸なのだ。


 なので私は待っている。

 いつか彼が本当に勇気を振り絞って、完璧な全裸で私の前に現れる、その時を。

 その時が来たら私は、「私も好きだよ」とちゃんとお返事をして、恥ずかしがり屋の彼のためにすぐに服を着せてあげようと、ずっとずっと待っているのだ。

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