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 花夜。

 これは、三年前のあの時に書き上げたものです。

 今読むと気恥ずかしく、どこか微笑ましいですね。

 君を脅すべく書いたはずなのに、君への気持ちが透けて見えるようです。

 名前はカタカナだし、君を特定するような個人情報には触れぬままです。

 そもそも私は軟禁されていたわけではありません。

 君を告発するなら、片脚で家から飛び出せばそれで済んだのです。

 私は心のどこかで、君を追い詰めたかったのでしょう。

 世界から隔離し私から離れられぬように。君が私にそうしたように。

 ともあれ、この手記が世に出ることはありませんでした。


 あの時、君は、私の母を殺したことを告白しました。

 君の真意はわかりません。いつものように私を試したのかもしれません。

 ですが、それは、私が心から求めていた言葉でした。

 私は脚が惜しかったのではなく、君の気持ちを確かめたかった。

 ああ、人を殺すほどの愛! 

 母には申し訳ないと思いますが、私は歓喜に満たされたのです。


 あれから気付いたことが、二つあります。

 一つは私と結婚してから、君が花を飾らなくなったこと。

 自分の鈍さが嫌になります。わかっていれば、君を疑いなどしなかったのに。

 もう一つは、車も免許もない君が、どうやって人を殺せたのか。

 これは推測ですが、あの紫陽花の下には、誰か眠っていませんか?

 それは、もう一人の私のような、そんな気がするのです。


 花夜。

 あれから君と過ごした三年間、私は満たされていました。

 結婚記念日ごとに不便になる体も気になりませんでした。

 よちよちと床を這う私に、「アザラシみたい」とはしゃぐ君の顔。

 ペンを咥えてネットをするのも、下の世話をされるのもすっかり慣れました。

 は終わったのだと、この時間が永遠に続くものだと、信じていました。

 結婚記念日を前にして、君があのDVDを借りてくるまでは。

 君と初めてのデートで見た、あの映画を再び見るまでは。


 確かにそれは究極の愛の形です。生死を超越するという意味において。

 私は、君の願いを叶えるつもりです。

 今の私に残っているのは君への愛、ただそれだけです。

 両親も社会も手足も、全て君に捧げました。試されるのは本望です。

 

 ですが、私は死後の世界のことは何も知りません。

 世に伝わる例が、全てフィクションである可能性も否めません。

 どれほどの愛をもってしても越えざる壁が、もしそこにあったなら。

 その時、君はこの家に一人になってしまいます。

 すべての花びらをむしられた、私の亡骸なきがらの傍らで。


 花夜。

 私が還らなくても、悲しまないでください。

 このメールは、結婚記念日の後、君だけに届くよう設定しました。

 君に見せなかったあの日の手記です。私の変わらぬ愛の証明です。

 あえて手は加えていません。感情的な部分は割り引いてやってください。

 何度も君を異常と書いていますが、求めるものは君も私も同じでした。

 きっと、心の奥底では誰もがそうなのです。誰も異常ではないのです。

 

 愛する花夜。

 君に最後の花びらを遺します。

 君に出会えて、幸せでした。


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きみにさいごの花びらを 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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