バカと花束

尾八原ジュージ

コータロー

 彼氏のコータローが、花束を持って家にやって来た。カスミソウとピンクのカーネーションがメインの可愛らしい花束だ。

 喜ぶよりもどういう風の吹き回しだなんて不審に思っていたら、案の定というかなんというか、拾ってきたらしい。道端に落ちていて、まだきれいだからもったいないと思ったのだそうだ。

 相変わらずものすごいバカで、もの知らずだ。

「それって、そこで事故があって、誰かが亡くなったんじゃない?」と私が言うと、コータローはそれでようやく何かに気づいたらしく、「あっ、それで花束! そっか、お墓にも花束あるもんね!」とでかい声を出しながらポンと手を叩いた。

 これが二十七歳の男の言うことかよ、と思うと頭がガンガンしてきたので、私は手近にあった焼酎を飲んだ。どうしてこんな男と付き合い始めたんだっけ。たぶん相当酔っ払っていたのだろう。アル中の私とバカのコータロー、お似合いなのかもしれない。

 とにかくとっとと花束を返してこいと言って、私はコータローを家から追い出した。二十分ほどして戻ってきたコータローは「花束置いてきたよ!」と言いながら、なぜかさっきとまるで同じカスミソウとカーネーションの花束を手に持っていた。

「置いてきてないじゃん!」

「あっ、ほんとだ」

「出直してこい!」

「はい!」

 で、また二十分後に戻ってきたコータローは、「置いてきた!」と言いながら、まだ同じ花束を手にしている。

「あんたさぁ……」

「あっ!? ご、ごめん!」

 私の言葉を遮って叫ぶと、コータローはまた玄関を飛び出していった。

 いくらコータローがバカでもこれはおかしい。私はカーテンを開け、窓から彼の姿を探した。

 コータローは少し離れたところを、花束を手に、背中を丸めてとぼとぼと遠ざかっていく。そのすぐ後ろを、真っ赤なワンピースを着た小さな女の子がよたよたとついていく。

 女の子の首はねじ曲がり、逆さまになった頭が背中にだらんと垂れている。

 私はカーテンを閉めると玄関にチェーンをかけ、コータローの携帯に「今日はもう来ないで。お寺とか神社に行っておはらいしてきて」とメッセージを送った。コータローからは「おはらいって何?」と返事がきた。

 彼が自動車に撥ねられたのはこの直後のことで、てっきり死んだかと思ったら軽症で済んだらしい。花束は車に吹っ飛ばされたときにどこかになくしたそうで、幸いその後戻ってくることはなかった。

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バカと花束 尾八原ジュージ @zi-yon

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