第2話

『私は、カニに似ているのかなあって、毎日考えるようになって・・・あの頃の私はだんだカニを見るのもイヤになっていました。お母さん、お父さん、ごめんね。お爺ちゃんもごめんね、せっかくカニをいっぱい食べさせてくれたのに・・・

私は自分で死ぬのであって、決してお母さんたちのせいでも、友達三人の責任でもありませんし、クラスのみんなも別にイジメをやっていたワケではありません』



 夕暮れ時に、翔太は錬介と並んで帰る。

 今日はサッカー部の練習はナシだ。

「空手、もう来ないのか?」

 翔太は錬介に聞く。錬介が誘ってくれたはずの空手なのに、最近は来ないのだ。


「んー、なんつうか結局、組手で中学の人らに勝てないじゃん。お前は勝ててるけどよ」

 翔太と錬介は身長が10㎝くらい違う。

 翔太はすでに160㎝を超えていてかなり大きい。

 気の強い錬介への憧れで空手を始めたので、残念だった。


「ねえ、翔太くん」

 蜜柑が問いかける。


「うん?」

 翔太はいう。


「私って・・・」

「どうした?」

「カニに似てる・・・?」

 美香と錬介は息を飲んだ。

「なんにも似てないよ・・・! 蜜柑は蜜柑だろ? 果物のミカンみたいに・・・」

 俺は口ごもった、

「果物のミカンみたいに丸くて四角くて可愛い」って言おうとしたのだ。

 こんなの錬介たちに聞かれたくない。

「・・・まあとにかく蟹なんか全然似てないよ!」

 俺はそう言った。

 蜜柑は持ち前の四角くて丸っこい笑みを浮かべて、

「ありがと! じゃあね、美香ちゃん、錬介くん。まーた明日ねー」

 蜜柑は走っていった。


「・・・んもう、錬介がヘンなこと言うからでしょ!? サイッテーね! 女の子の顔を!」

 美香は白い視線を錬介に送る。

「ええ? お、俺が?」

「翔太と違ってデリカシーの無い・・・いつまでたっても、セイチョーってもんがないわね!」

「・・・ふうん、やっぱり翔太がいいんだよな? ・・・もう俺よりツエーし、背も高いし・・・翔太だと抱きついてもイヤじゃねえんだもんな」

 錬介の言葉が針のようだ。

「ば、ばっかじゃないの!? バカなんだから・・・」

 錬介は、翔太をうろんげに見る。

「俺が全部悪いんだろ。翔太は全部正しいんだろ?」

「おい、美香はそんなこと言ってないだろ!?」

 俺は慌てて言った。


 そもそも、最近は錬介と美香との雰囲気が剣呑なんだ。

 美香は少しばかり錬介に冷たい。錬介が蜜柑をよくからかって”いじる”からだ。

 錬介が美香を好きで、その美香を笑わせようとしてやってるのが分かるので、俺は二人が見ていて辛かった。

「・・・そーよ。被害者意識も大概に・・・」

 けれど、錬介は肩を震わせる。

「空手も後から始めたお前の方がツエー。サッカーなんか主将候補だったもんな。俺は一年からやってんのに、ギリギリでサイドバックの準レギュラーだ・・・」

 それから錬介は、俺が一番聞きたくない台詞を言った。

「お前なんか、前からムカついてたんだよ」

 がっくりとくる。

 ずっと、親友だと思ってたのは俺だけだったのか?

 けど、そこまで言われれば、俺も自然に拳を握りしめている。


「い、いい加減にして二人とも! バカっ!」

 美香は怒鳴る。

「今は蜜柑の心配でしょ!? あんたのコンプレックスなんかより、蜜柑のことが・・・」

「あーはいはい」

 錬介は、何か大事なものを諦めたような表情。

「俺は四人の中で四番手なんだな。じゃーな、しばらく三人で弁当食っててよ。俺はサッカー部の奴らでいいから・・・」

 錬介は言って去っていった。

 俺は悲しかった。

 六年間同じクラスの四人。

 小学三年まではリーダーだったはずの、憧れていたはずの男が、物凄く小さく見える。

「翔太もなんか言って!」

「・・・もうほっとけ・・・あんな奴」

 俺は自分の台詞がこんなに悲しかったことはない。

「バカっ、二人とも大嫌いだよ!」

 美香はそう言って駆け出していった。


 次の日から、本当の地獄が始まったんだ。


 休憩時間中に、錬介の近くのサッカー部員が

「そーいや、蟹ににてるよなあ。目もちょっと離れてるし」

「そーだろ」

と話している。

 蜜柑は変わらぬ表情でニコニコ笑っている。


「なあー、蜜柑。今日は弁当、蟹入ってんの? 金持ちだしなあ」

 サッカー部の町田がそういう。

「共食いすんのかよ」

 隣の錬介は少し曇った眼で俺たちを見ている。

「ふざけんじゃない! あんたら全員死ね!」

 美香は怒鳴っていた。

「こえー、美人なのになあ。そら、男ができねえワケだ」

 町田がそう言う。

 俺は、

「てめえがまっさきにフられたって聞いたぜ? 美香に」

と言った。

 町田は額の血管を浮き出させて、

「チョーシ乗んな! 美香からちょっと気に入られてるからって・・・」

 俺は立ち上がり、すぐに町田の前まできた。

「チョーシ乗ってるのはどっちだ・・・?」

 と言うと、町田はひるんだ。

 錬介も、

「なあ、みんな・・・もうよそうぜ」と言った。

 俺は錬介の言葉に少しほっとしていた。

「錬介、もういいだろ? 昨日は悪かったよ。また四人で・・・」

と俺は言うが、

「空手と掛け持ちの奴が偉そうにすんな!」

 と町田と取り巻き。

 錬介は町田を見て、「落ち着けよ」と言っている。

 錬介はサッカー部では色んな奴らとの橋渡しの役割をしているので、町田みたいなカス野郎でも無下にはできないのだ。

 やれやれ、小6にして義理と人情の板挟みだ。

 大人が子供よりキツイって本当なのかな?


 また、クラス中のムードが悪いくなってくると・・・

「はーい、蟹でえす! カニのミカンですよ~」

 と蜜柑が言って、立ち上がって自分の顔の横でチョキを作ってかざした。

「前にも移動できるけど、蟹さんだから横のが得意やねん! なーんにも気にしないで!」

 クラスの女子が、

「あっはは! みかんちゃんかわいー!」

と笑い始めた。

 美香は悲しさと嬉しさ半分ずつの表情で、

「蜜柑・・・」

「みーんな、なんも気にしてないよ! さーさ、ご飯食べよーよ!」

 と言った。


「ほんっと、蜜柑って芸人になれるんじゃね?」

 俺は呆れながらも褒めていた。

 蜜柑は、みんなを笑顔にする天才なんだ。

「翔太くん~ちょっと、関西人やからってみんな芸人希望と思わんでな~」

 蜜柑は丸っこく笑う。

 けれど、その後もクラス中から、

「カニーちゃーん、蜜柑ちゃーん」と声をかけられるたびに、

 蜜柑は立ち上がってチョキを作って笑わせていたのだ。

「蜜柑ー、無理しないでよ・・・そんなの駄目だよ」

 と、美香が言うが 蜜柑は少し曇った顔で、

「けど・・・あたしはみんなが楽しい方が楽しいから」

 蜜柑はほんとにそういう子なんだ。

 俺は少し違和感を覚えながらも、その時は「それでいいのかな」と思ってメシを食っていたんだ。

 

 けど、あの時蜜柑は大好物の蟹をずいぶんと残していたんだ。

 俺たちが自分の愚かさに気づくのは一週間後だった・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る