第5話 蜜柑

 どういう顔で、蜜柑に会えばいいんだ?


 そう思いながら、俺は病室へと向かった。


 そもそも、蜜柑の家族にぶん殴られるんじゃないのか?


 病院の廊下を歩く自分の足が歪んでいくように感じた。


「・・・蜜柑!」


 美香が真っ先に病室に飛び込んでいった。

 病室のベッドの上で、ベッドみたいに柔らかい笑顔の彼女。


「ああ、三人ともー来てくれたん~?」

 それは普段の暢気な声だった。

「蜜柑! 蜜柑ー! 良かったああ!」

 美香はその四角い笑顔の中に飛び込んでいた。


「ごめんねー! 蜜柑! 私・・・私ね・・・!」

「美香ー、心配かけたねえ」

 蜜柑は、泣きじゃくる美香の頭を撫でていた。


「蜜柑・・・! 俺・・・その・・・!」

 錬介はその場で涙をこぼし始めた。


「私、なんだかよう分からんようになって飛び降りちゃったけど、林檎の木の枝がちょうどクッションになってたんだって~」


「蜜柑・・・」

 俺は彼女の名前だけを言った。


「俺ら、みんな酷いことをしてた・・・! ・・・だんだん、俺たちもみんな怖くなってたんだ・・・! 駄目なように思ってたけど、みんなおかしくなってて・・・止まらなかったんだ!」

 錬介はぼたぼたと涙をこぼす。


「レンちゃんは、そんな悪いことする子じゃないよ~、私はもう平気」

 蜜柑はにこにこと笑う。


「俺たち、みんなで蜜柑をイジメてたんだ・・・ごめんな!」

 錬介はそう言う。


「違うよ。レンちゃんは、そんなことする子じゃないもん」

 蜜柑は言った。

「なんだか、あのみんなで笑いあっているヘンテコな空気・・・あれで、私もだんだんおかしくなっていたの~。本当は、怒らないといけなかったはずなのに、私もあのへんな空気のせいで、だんだん辛い思いをしてるはずなのに、なんだか分からなくなってきてね~。でも、レンちゃんは、そんな酷い子じゃないもん」


「俺らは、酷いことをしたんだ! 謝らせてくれよ!」

 錬介はそう言った。


「俺も・・・実は・・・蜜柑がほんとは傷ついているのかなって思ってたんだ」

俺はそう言う。

「みんなが笑っていたから、止めれなかった・・・ごめんな、蜜柑」


「平気!」

 蜜柑は笑顔で言った。


「そんなことより、翔太くんとレンちゃん、なんだかボロボロだよ? 喧嘩したの~?」

蜜柑はそう聞く。


「うん、ちょっとね・・・空手で」

 俺はそう言った。


「もう~、そんなん駄目だよ~」

 蜜柑はそう言う。


「私、みんなと一緒にまたご飯が食べれる・・・それだけで十分なの。謝ったり、喧嘩したりせんでいいのよ~。みんなで、仲良くしないと駄目やからね~。ほら、美香も泣き止んで、ほらほら・・・大丈夫。私は大丈夫だから」


 本当に、強い。

 ここにきても、蜜柑はただただ俺たちの心配をしてくれている。

 美香は、

「うわあああん、蜜柑~! ごめんね~!」

と泣きじゃくっていた。

 錬介はその場でつっぷしていた。

 

 俺は必死で泣くまいと思いながら、けれど目じりに涙を浮かべながら、ただただ、ずっと蜜柑の笑顔を見つめていた。


 もう、二度と見れないと思っていた蜜柑の笑顔だった。




                             終わり

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こうして蜜柑は林檎から飛び降りた スヒロン @yaheikun333

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