こうして蜜柑は林檎から飛び降りた
スヒロン
第1話
「この学校の六年A組には、腐った蜜柑がいる!」
校長がそう言うのを、俺、相場翔太は黙って聞いていた。
「一個の腐った蜜柑がいると、他も腐っていくというが、六年A組はほとんど全員だ! 絶対に許されないぞ!」
痩せた教頭が、その耳元で「あの・・・蜜柑という言葉だと・・・」と言って、少しみんなから笑いが漏れた。
「・・・そんなことで笑っている場合か! バカモン! 蜜柑さんは、あまりの辛さで食べ物も食べれず・・・分かっているのかね、君たち! 遠野蜜柑さんは、とんでもなく辛い思いをして、遺書を書いてから屋上から・・・ちょうど林檎の木が植えている所からだ!」
校長の怒りは収まらない。
蜜柑、というのはこの場合、「腐った蜜柑」というような比喩と、
もう一つ、六年A組の出席番号11番の遠野蜜柑のことも言い表すので、
「腐った蜜柑」という言い方はよくないだろう、と教頭は言ったのだ。
その後も「馬鹿」「最低」「社会のクズ」といった言葉を使いながら、一時間ほど「六年A組」をなじりつづけたが、俺としてもその方がいいと思っていた。
蜜柑のあの四角い感じの笑顔のことが、本当はみんな大好きだったのに、もう二度と見ることはないのだから。
ぼんやりと、窓の外に見える林檎の木。
そのちょうど真上の五階屋上から蜜柑は飛び降りたらしい。
クラスの連中は、その主要因となった俺やその友人を遠巻きに睨んでいる。
(けど・・・けどさ・・・)
うっすらと思っていた。
(お前らも、楽しんでたじゃないか・・・)
(お前らも蜜柑も、笑ってたじゃないか・・・)
八月ごろだった。
俺と錬介が、遊戯王のカードを並べていた。
錬介は小さいが、空手でもサッカーもかなり強い。
俺もサッカーと空手を掛け持ちしているし、ずっと一緒だ。
学級委員長の幸田美香が、茶髪をなびかせながら
「こらー! 男子! 教室内でゲームはダメ!」
と飛び込んできた。
「うるせーな」
という錬介の顔が少し赤くなっている。
美香はなかなか美人、というよりクラスで一番の美少女だ。
何人もの男が玉砕しているらしいが、俺にはあまり好みじゃなく、錬介は
「友達でもなくなるのが怖いから・・・」と告白してないらしい。
「ハイ、没収ー!」
美香がカードを取り上げようとするので、翔太はカードを拾い上げた。
ちょうど、美香が拾い上げようとした手がスカって倒れそうになる。
俺は慌てて受け止める。
「大丈夫?」
クラス中がひやかして、
「おい、なーに抱きついてんだよ美香ー俺を三回もフっておいてよ!」
「ええー、幸田さんって翔太くんのことが・・・?」
美香は真っ赤になって飛びずさり、
「バカー! んなワケないでしょー!? ち、違うわよー、私がこんなバカを・・・! みんな止めてよね!」
錬介が少し悲しそうにうつむいていたので、俺も悲しい気分になった。
一年生の時、体が弱くていじめっ子の標的にされかかっていた所を、空手をやっている錬介が助けてくれた時からの仲なのだ。
そこから、俺も空手やサッカーを始めるようになった。
「おい、みんなよせよ・・・んなんねえのは分かるだろ? くだらねー奴らだな」
俺が言うと、みんな黙る。
今の俺や錬介の喧嘩の強さが知れ渡っているからだ。
「そう・・・だよ、んなのない・・・よね、翔太」
今度は美香が少し悲し気になる。
楽しかった昼休みが、静まり返ってしまった。
「んー、そうなんかなあ。あたし~なんか分からんけど~けど、みんなお似合いなんやないかな~」
一際、のんびりした関西弁。
少し四角い顔で、けど丸くて透き通った瞳。
「わたしー、なんもよう分からんけど、みんな、全員とお似合いやと思うよ~同じ人間やしね~」
クラス中が一気に和やかになり、翔太の顔も綻ぶ。
「蜜柑、相変わらずワケわかんないこといって、和ませないでよ!」
美香はにこりと笑い、蜜柑の丸っこい体を抱きしめた。
「あらー、私こんどはレズになってまうよ。けど、ミカちゃん好きやからええけどね」
蜜柑はいつもこうだ。
よく分からないことを言っては、何故か和やかなムードを作るんだ。
俺は蜜柑の顔をよく見ている。
四角いようで丸っこい顔、よくわからない顔立ちだ。
(もっと痩せりゃ、案外美人なんじゃね?)
と思うくらい、顔立ちは悪くない。
そして、いつもの四人のメンバーで弁当を食べ始めた。
「美香のお弁当、いつも自分で作ってて美味しそーう! エライ!」
美香の両親は共働きで、どっちも工場労働だ。
しかも、弟が三人おり、その世話もほぼ美香がやっているという。
ただ母さんの弁当を毎日食べて、宿題終わったらゲームだけやってる自分が情けない気もする。
「蜜柑のお弁当も蟹まで入ってて豪華ー!」
美香はそう言う。
『ミカミカコンビ』と呼ばれる二人の会話は、クラス中でも人気だ。
「田舎のお爺ちゃんが送ってくれたからねー」
というが、蜜柑の家はなかなか豪邸で、蟹くらいいつでも買えるのだ。
「そーいや、蜜柑・・・なんか蟹に似てるよなあ」
錬介はそう言った。
四角い顔立ちの蜜柑が蟹に似ている。
きっとなんの悪気はなかったのだろう。
けれど、今思うとあれがクラス崩壊のカウントダウンだった・・・
「・・・・」
蜜柑が少しうつむいている。
「錬介! しつれーねえ、女の子に!」
美香は少し怒ってたしなめる。
「あ、悪い・・・ごめんな蜜柑」
「ううん! さあ、食べよっか」
蜜柑は、ご飯を蟹と一緒に書き込んだ。
翔太も弁当、錬介はパンを食べる。
何気ない、日常会話。
けど、翔太はなんとなく普段との違和感を感じていた。
いつもニコニコ笑う蜜柑の表情がどことなくうつむいている・・・
そんな気がしていたんだ・・・・
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