第3話 哀しい林檎

 俺と、蜜柑と錬介と美香。

 

 いつも四人で一緒だった。

 きっと大学だとかその後でサラリーマンとかになっても、ってそう思っていたんだ。


 四角い笑顔でみんなの人気者の蜜柑。

 気の強くて足の速い錬介。

 美人でなんでもできる美香。


 そこに何故かクラスで一番弱い俺が混ぜてもらえることになったのは、錬介が俺を助けてくれたからだ。

 二年の時に、すでにヤンキーとなっていた町田重三とその子分から、よく林檎の木の下まで呼び出されていたのだ。

「こっちだよ、レンちゃん! いじめられてる子がいるよ」

 蜜柑が錬介と美香を呼んで助けに来てくれたのだ。

 錬介は強いので、あっという間にそいつらを片付けてくれた。


「カニばっかり食べてっから、そんな顔になるんだろ」

 錬介は今、何故かそういうことを蜜柑に言っている。


「ほんとにサイッテーね! もう、あんたなんか絶好だよ!」

 美香は棘のある声を出す。


「いいだろうが、こんなんジョーダンだろ? うるせえんだよ、美香・・・!チョーシに乗るんじゃねえ!」

 町田が錬介の隣で言う。

 町田は、俺と錬介がこの教室に来る前は、一番強かったらしい。

 その他の町田の取り巻も、みんな「美香にフラれたヤツ」だ。

 それが、錬介が仲間になったので、勢いづいている。


 あれから、「蜜柑への蟹いじり」は恒例行事となっていた。


「蜜柑・・・あまり気にするなって。錬介も本気じゃないよ」

 俺はそう言った。

「ううん、いーのいーの。カニだからね、チョキチョキ」

 にこりと笑い、チョキを作る蜜柑。


「んもー、蜜柑がそんなだから図に乗るんでしょう?」

 美香は少し呆れているようだ。


「私ね、みんなが喧嘩してるとこは見たくないの・・・」

 蜜柑はニコニコと笑う。

 蜜柑はとにかく、優しい。

 蜜柑が怒った所は、一緒にテレビを見ていて『猫が矢を刺されて殺されていました』というニュースの時、「ひどい・・・どうしてこんなことをする人がいるのかな」と震えていた時くらいだ。

 俺はなんにも言えず、蜜柑を見つめているだけだった。


 しばらく、みんなが「カニちゃーん」と言って、蜜柑がチョキを作って笑わせる、というのが続いた。


 初めは怒っていたはずの美香も次第に何も言わず、錬介に冷たい視線を送るだけになっていた。


 下校は三人に変わっていた。

 美香は塾へ通っており、忙しそうだ。

「あんたは佐野中? 結構、勉強もできるのに」

  佐野中というのは、ここらの公立中学だ。


「空手部もサッカー部もあるからな」

「ええ? あんた中学でも掛け持ちする気!? スポーツバカねえ」


 そう言って、美香は道を分かれた。


 最近、よく蜜柑と二人になる。


「あ、カニさんだ!」

 蜜柑はそう言った。


 蟹が一匹、夕暮れの路上を歩く。


 そう、蜜柑は蟹が好きなんだ。


 それと、俺は最近蜜柑と一緒にいると何を話せばいいのか分からなくなる。

 美香の時は別に平気なのに。


「・・・似てる?」

 

 蜜柑の笑顔は泣いているように見えた。


「蜜柑・・・あんな奴ら、気にするな」


 蜜柑は立ち上がり、スカートをぱんぱんと払って走り去っていった。

「気にしてない。気にしてないよっ」

 ニカっと笑っていた。


 それから、三日後だった。


 その光景を用務員のおじさんが見ていたそうだ。


「屋上で、林檎の木の上の方で、しばらく女の子が立っていて・・・こりゃヤバイんじゃないかって思ったんだが・・・飛び降りちまった! きっと、いじめだよ。可哀そうにねえ」


 こうして、蜜柑は林檎から飛び降りた。


『レンちゃんが変っちゃったのは、きっとそれだけ純粋だからだと思う。

けど、私はもうみんなが楽しいのか、私も楽しいのかよく分からなくなってしまいました。

美香ちゃん、悲しまないでね。

翔太くん・・・最後までありがとうね』

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