人間関係

 新しい朝が来た、希望の朝が来るわけないだろゴミカスが。


 入学初日から厄介者×2に目をつけられてしまった俺は頭痛に苛まれていた。何しろ考えても考えてもヤツらから離れる方法が思い浮かばない。片やウザくて面倒なイケメン、片や特大の厄ネタを持ったギャル。前者は俺の精神が削られるだけだが、後者は危険度があまりにも高すぎる。こちらからも弱みを握ってイーブンに持ち込まなければまず勝算はない、しかしそんな隙を見せるとは到底思えない。短く纏めると、僕は途方に暮れていた。

 それでも時間は止まってくれない。対策立案はまた後にして、とりあえずは登校だ――と、考えたところでデジャヴが発生。もしかして、と思いながらゆっくり玄関を開けてみる。


「――ふぅ、今日はいないか」


 連日顔を出すほどの暇人ではなかっ


「はいおはよう。この私が天丼ネタなんてつまらない真似をするとでも?」




「......」


「そこ、人の顔見て嫌そうな顔しない」


 前言撤回、どうやらこの人はよほどの暇人らしい。今日は自宅からだが、待ち伏せていることには変わりない。やることないのか?


「こっちはストレスが溜まってるんです、放っておいてください」


「隈、隠せてないよ。初日からそんなんで大丈夫?」


「大丈夫です、ストレスとの付き合い方自体は知ってるので」


 心配なんか必要ない。そもそもこの程度で疲れていては何も成せない。だから僕は大丈夫だ。


「それ私に言ってるぅ? ......ま、無理せずね。行ってらっしゃい」


「はいはい、行ってきます」


「"はいは一回"って、流石にベタかな?」


「知りません、好きにしてください」


 三十六計逃げるに如かず、この人に口で勝つのは当分先になりそうだ。



―――――



「おはよう通くん!今日から本格的に学園生活が始まるけど今の気分は?」


「最高だね、遊び相手厄介者が出来るだなんて思ってもなかったよ」


 教室に来たら予想通りの展開が待っていた。二人だけならともかく、こうも周りに人間がいると物凄くやり難くい。流石に話し相手がコレだけというのは嫌だし、早く他の会話相手を確保しておきたい。


「予想通りの返答大嘘ありがとう!ちなみに他の候補は"黙れ"と"失せろ"と......」


「そこまで口悪くないでしょ、誇張表現は嫌われるよ?」


 ......なんだその眼は、文句でもあるのか?


「まぁ確かに昨日よりは口調は悪くないけど......何? 一日遅れの高校デビュー?」


「昨日はみんな浮足立ってたでしょ? だからまだイケると思うんだ」


「いやぁどうだろ......すぐにボロが出そうだけど」


 言ってろ、俺の特技は擬態だって事を教えてやるよ。


「大丈夫だよ、これでも中学では優等生で通ってたんだしさ」


 ここで無邪気なスマイル


「うわぁ......こんなに綺麗な胡散臭い笑顔初めて見たよ、詐欺とか向いてるって」


 本気で引いた顔をするな、その顔のせいで悪評が広まったらどうしてくれるんだ。


「お褒めいただきありがとう。まぁそこで見てなよ、俺の輝かしい――」



「あの二人って知り合いなのかな? 昨日も一緒にいた気がするけど」

「高身長と低身長コンビは鉄板だよねぇ。二人とも顔がいいし」

「そうだな、羨ましい限りだよ、顔の皮でも剝いでやりたいくらいだ」



「......」


 展望を語ろうとした矢先、教室前方から好奇、関心、嫉妬、三者三様の声。


「今のはなんて言おうとしていたんだい? 教えてくれよぉ~」


「うるさい、全部お前のせいなんだ」


「う~ん、三割くらいは自業自得だと思うんだけど......」


 お前に関わらなければその三割すら発生しなかったんだよ。十割お前だ。


「流石に俺たちの事を話してたところはダメだ。どこか別のところは――は......」


 言葉を発しながら見回すも、喉が詰まってゆく。それはつまり、そういうことで。

朝の教室、まだ肌寒い時間にも関わらず、そこにはあぶれた人間は誰もいなかった。まだ二日目だぞ、おかしいだろこんなの。

 いや違う、別にぼっちを狙い撃ちにする必要はないんだ。例えばそう、そこの窓際の男女二人組とかはなんとなく話しかけやすそうな気がする。


「おぉ、お友達大作戦だね? 行ってらっしゃい」


「(変な名前つけんな千切るぞ)」


「ひえぇ......」


 外野の言うことは無視、相手にしていたら日が暮れてしまう。今はそんな邪魔者よりこっちだ。意識を切り替え、改めて目の前のクラスメイトへと目を向ける。

 ......咄嗟に反論したものの、実際のところ僕に"オトモダチ"とやらが存在したことは無い。仮にそういう関係を築くとして、それをうまく続けられるのだろうか? 脳裏には不安が、心臓には動機が、それぞれに適応した形で緊張が襲いかかってくる。

 でも、


 ここで躓いてたら、話にならない。



「初めまして、でいいよね?」


 新生活が始まって二日目、会話のネタなんてものは無いに等しい。会話の主導権は握らなければならない。


「ん? まぁいいか!俺は隼野はやの尚人なおと、んで」


 男の方はスポーツでもやっていそうな体格とエネルギッシュな性格。礼儀はまぁ前提として、そこまで口調も荒くはない。見た目通りの熱血人間ではないかもしれない。


「えっと......ウチは青木あおき佳奈美かなみ。その~」


 女の方は、少し緩そうな印象以外は特に感じるものは無い。が、男よりも困惑の色が強い。もしや自分は何か間違えたのでは? 一抹の不安、きっと大丈夫だと信じたい。



「――あぁそっか、ごめん。先に名乗るべきだったね」


 これは賭けでもある。"自分から話しかけておきながら、名乗り出ない礼を欠いた人間"と思われるか、"自らの誤りを認め、謝罪と撤回を出来る人間"と思われるか。

 別にこの二人にマイナスイメージを持たれたところでそこまで影響はないことくらいはわかる。それでも人間関係、その風聞の力は侮れない。あまりにも危険だ。

 それを回避するためなら、僕は喜んで猫を被ろう。八方美人ですらとても足りない。目指すのはそう、究極形態""円方美人""。これだ――


「僕は桜田さくらだとおる、気軽にとおるとでも呼んでくれたら嬉しいな」


 











「いや知ってっけど」

「ウチも~」


「――――――はい?」

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不花解な再会 Loss_key @loss_key

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