精神的劣位
大塚の態度に呆気に取られつつも、クラスの大半は学校探索に乗り気のようだ。さっさと出て行った数人は恐らく帰宅か、今のうちに予習なりなんなりで差をつけると後々も楽になる。僕も――――違う、俺はそれをするべきじゃない。
ならば今は、
「まさか、逃げられるなんて思ってないよねぇ?」
「あぁ、付き合ってやるよ」
この金髪に振り回されてやる、腰巾着に見えかねないのが癪だが割り切るしかないか。評価なんてさっさと上書きすればいい。
「意外だね? 少しくらいは反抗すると思ったんだけど」
どうせ連れていかれるなら意味ないだろ。
「俺だってこういうのに胸をときめかせるかもしれないだろ?」
「ふ~~~ん?」
疑り深い奴だ、人を信じるという事を知らないのではとさえ思えてくる。人にはこんなにグイグイ来る癖に自分が迫られたらこれとは。
「まぁ、乗り気なのは好都合だしねぇ。うん、まずはどこがいいかなぁ~?」
「あまり面倒そうなところにはいかないぞ。とりあえず部活系は却下だからな」
「えぇー............うん。了解了解!張り切って行こ~!」
聞き分けが良くて助かる。いや、聞き分けが良いのならそもそも俺を誘うなという話だけれど。少なくとも初日から部活動の見学はしなくともいいだろう。今はここがどういう場所なのか、認識を改めなければいけない。
「あ、はぐれないよう手でも繋ぐかい?」
「ついていくから黙ってろ!!」
―――――
「あの木やけに大きいね、やっぱり告白スポットになってるのかなぁ?」
「やっぱり人がいないと広く感じるねぇ、文化祭はどれだけ盛り上がるのやら」
「あれ、あの子困ってるのかな? 助けたら評判上がるかな? さぁ行こう!」
「うん、そりゃそうなるよね。僕たちよりも先輩のほうが頼りになるよね」
「一日一善も終わったし次行ってみよう、まだまだあるぞぉ!」
―――――
「それじゃぁまた明日ぁ~」
ようやく解放された時は夕刻寸前。おかげで昼食を食べ損ねたが仕方がないか、仕方なくは無いな。ヒラヒラと手を振るヤツにサムズダウンを返したくなるが、少なくなってきたものの人目があるので止む無し。今は睨みつけるだけにしておこう。
しかし酷い目に逢った。図書室体育館美術室理科室音楽室空き教室食堂屋上中庭グラウンドetc......これでもかと言うほどに連れまわされたからか足が疲れを訴えている。今日は帰ったら早く寝てしまうのがいいかもしれない。精神的にも。
「これから毎日あれと会わなきゃいけないのか......はぁ......」
端的に言って憂鬱の一言に尽きる。とは言え始業早々席替えを頼んでも悪目立ちするだろう、しばらくの間は耐えるしかない。憂鬱だ。
「ため息をすると幸せが逃げるって言うよね。でもさでもさ、ため息を我慢して苦しむのとどっちが損なのかなぁ? ねね、君はどう思う?」
「ひゅ」
校舎から出る直前、紫髪の女子生徒に話しかけられる。日の暮れた校舎での突然の邂逅。単純に怖いからやめてほしい。まぁここで言っても聞いてもらえないだろう。大人しく質問に答えて終わらせて帰ろう。
「────......どっちも明確な損は無いんじゃない? 精神論には優劣をつけることはできないしね。ただ、まぁ、強いて言うなら後者かなぁ」
「そっかそっかぁ、桜ちゃんも我慢でなんとかできたんだね。なるほ――」
「待て」
今なんて言った? 桜ちゃんだと? その呼び方を知ってるやつは、
「――ふふ、やっぱり桜ちゃんだったんだぁ。さっきのは私も同じだしお揃いだね」
「いいから黙れ、名前は? お前だけか?」
「はい焦らない、
不快だ。呼び方も態度も何もかもが気に食わない。これに比べれば
「だから名前は......いやいい、聞いてもどうせ――」
「思い出せない、よねぇ? わかるよわかる、桜ちゃんってばぼっちだったし」
「うるさい、とにかく僕に関わるな。あと桜ちゃんもやめろ。鳥肌が立つ」
せっかくやり直せる機会なんだ、こんなところでご破算なんて勘弁してくれ。
「ねぇ桜ちゃん」
「だからそれは」
「自分の立場、わかってる?」
............は、高校でもこれか。前世の僕は一体何をしたのか気になるな。
「桜ちゃんは昔の事を知られたくない、私は桜ちゃんの事を知る唯一の人間」
「弱みを握った、と。それでお前は何がしたい? さすがにカツアゲは困るんだが」
思考が乾いていくのを感じる。水を失った花が萎れるように、光を失った葉が青々しさを失うように。どこまで行っても人間は醜いのだと、当たり前の事実を突きつけられただけなのに。しばらく何もなかっただけで平和ボケしていたらしい。
何とも間抜けな人生だ。こんなことなら離れた場所を選べばよかった。
「まま、そんな怖い顔しないでよ、ね? 私だってリスクぐらいわかってるからさ」
「告げ口を口止めしよう、とまではいかないんだな。随分と甘い気もするけど?」
「まぁ落ち着いてよ。こっちも今すぐどうこうって気はないしね」
信用に値しないが逆らうことはできない。八方塞がりとはこのことか。
「これでも桜ちゃんには期待してるんだよ? 頑張ってほしい気持ちだけは本当」
「頑張るって何だよ、お前は俺の―――」
目的がわからないと対策も立てられない、どうすればいいのかもわからない。そもそも過去を弱みに脅してくる相手の言葉なんてまともに聞いても意味はない。
それなのに、目の前の――黄金色の瞳に陰りはない。告げられる言の葉の色も真っすぐで、ここまでの軽薄な調子も感じられない。それ故に、こんな状況なのに思わずこう思ってしまった。"嘘は告げていない"と。
馬鹿なのか? あぁ、僕は飛び切りの大馬鹿者だろう。だけど、確たる証拠がないのなら、もしもの
「名前」
「え?」
「お前の名前だよ、それとも何? 教えたら不味いのか?」
「信じてくれるんだね、嬉しいなぁ」
「最初から逃げ道なんてないんだろ? 俺が何を言っても無駄なことくらいわかる」
「えへへ、バレてるか~。それじゃあ......こほん、私は
結局、コレを信じていいのかどうかはわからない。騙されているだけなのかもしれない。それでも、まだ実害はなく、本人が真剣であるのならば。
「朋城......やっぱり思い出せないな。でもまぁ、騙されてやるよ」
「うんうん、気軽にめいちゃんって呼んでくれていいからね!」
「誰が呼ぶか、性悪が」
そう悪態を付いて彼女を見ると、夕日に照らされたソレは、嗜虐的に歪んでいた。
「ごめん今の取り消すから謝るから待って―――」
さらば、平穏な高校生活。
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