鴉の巣

大塚雅おおつかみやび、まぁ大塚でも雅でも好きに呼んでくれ」


 教室に戻ったら真っ黒な男がいた。不審者か、不審者なのか? 疑わしきは罰するべきでは? 教室の雰囲気は大体そんな感じだったと思う。まぁ全員文句を言わずに着席をしたから皆が皆そう思っていたわけではなさそうだけれど。

 しかし教卓にいるという事はここの担任なのだろう。微動だにしない点が不気味極まりないが......正直、真面目な教師ならなんだっていい。多少外見が怖くて不気味で陰険で社会不適合であろうとも構わない、構わないから深く関わらないで欲しい。


 口に出せばかなり失礼なことを考えつつも教室を見渡す。第一印象のみであればを超えるような奴はいない、不幸中の幸いという事か? ―――いや、幸いであるところに飛びきりの不幸がやって来たようなものだ。控えめに言って最悪である。

もっと言えば――


「まさかまさかの隣だね、仲よくしようぜぇ?」


 隣にこいつがいる事だ。クソが、ニヤニヤしやがって。

 おお神よ、僕は何か間違ったことをしたのですか? いや、そんなはずはない、となれば間違っているのはこの世界だ。何が神だ、何が運命だ。今ならこの世の全ての命を刈り取ることも出来そうで......いや。全て刈り取ってしまっては本末転倒だ。


「おかしいだろ、何で男子同士で隣なんだよ、名簿順ですらないだろこれ......」


 席の決め方が全くもって理解できない。適当に配置したのか? せめて背丈くらいは考慮するべきでは? いや入学の際に視力とかも書かされたけど、それで僕が後ろの席になるものなのか? そもそも目が良くとも背丈が足りないのだから前列にするべきでは? 尽きない疑問符で頭がパンクしそうだ。


「あー、席順に疑問を持つやつもいるかもしれんが、ミスとかではないので気にしないように」


......


「気にしないように、って言われても気になるものは気になるね......」


「疑問を持たれる前提で話すくらいには、向こうも自覚があるんだろうな」


 いっその事、この時間が終わったら直接聞きに行ってみるか。


「まぁ、そんな訳で君たちには今日からここで授業を受けてもらう。――あぁ、言い忘れてたが俺の担当は現代文だ。是非とも豊富な語彙を身に付けて欲しい、以上」


「「「以上???」」」


 余りにもあっけない、そしてそっけない挨拶が物足りなかったのか、数人の口から声が漏れる。まぁ初めの挨拶にしては短いとは思うけれど、疑問に思うほどではないのでは?


「あぁー......そうだな......うん、先生の趣味は人間観察だ。君たちは華の高校生なんだ、楽しい学園生活を送ってくれると先生も嬉しい。......これでいいか?」


「0点です、大塚先生。初対面でそれは皆──というか主に女子生徒が怯えます」


「っあぇ?」


 突然、後ろから声がした。あり得ない事だ。だって俺は最後列にいる、それに廊下側の席なんだからドアが開いたらそれだけでわかるはずだ。まぁいる以上は考えても仕方に無い事だが......振り返ると、爽やかな印象を受ける教員らしき男がいた。

 こいつも......じゃない、この人も伊東と同じ感じがする、クソが。イケメン教師とか人気が出ないわけないだろ。主に女子の。


「結構間抜けな声だったのは言わない方がい――い"ぃ!?」


 小声の癖に喧しいので足を踏んで黙らせていると、そいつは喋り始めた。


「あれ、何で皆こっち見て――って、成る程。気遣いが足りなかったようですね」


「何が気遣いだ何が、始めっからそのつもりだったろ? 担任の俺より目立ったら俺が悲しいし虚しくなるからやめろ」


喋りながらもこっちにスタスタと歩いてくる大塚、怖い。


「自己紹介はした方がいいですかね? 少なくとも大塚先生よりはマシな気が――」


「話を聞かん奴は出ていけ!」


――


 閉め出す寸前までは勢いが良かったのに最後の最後で勢いを止めて音無くドアを閉める大塚、手際が良すぎるが慣れているのだろうか......いや、どうでもいいか。それよりあの暫定教師の扱いはあれでいいのだろうか、随分と殺伐としていたが。


「えーっ、と、先生、今の方は?」


「いや、気にしなくていい。どうせすぐ来るからその時にでも構ってやると喜ぶぞ」


「そうですか......」


 あの女子はもう惚れてるのか? 結局世の中顔なのか、畜生が。 


「さっきのは犬か何かか?」


「僕は猫の方が近いと思うな」


「まぁ、悪辣さもあるしそれもそうだな」


 付け加えるなら、多分お前と同じタイプだろうな。


「まぁ、なんだ。邪魔者もいたが最初の挨拶はこんなもんでいいだろう、今日はこれで解散だ。校舎を探索するも良し、部活動を見るのも良し、帰るのも良し、好きにするといい。それじゃ俺はこの辺りで」


 早口でまくし立てた大塚はそそくさと荷物を纏め上げ、次の質問が出る前に教室から消えていった。いや、なんというか、この学校って。



「(((......すっごい、自由だなぁ)))」



 多様性、個人の尊重、昨今の世の中はそんな言葉で溢れている。中には本質を見ていなかったり、真逆の行動をしてしまう者もいる。「自由であること」はそれだけ難しいことなのだ――が、学校という空間でここまでやるとは......。かえって問題とすら思えて来るのはおかしいのだろうか?




 認めるしかない、俺はこの場所を舐めていたのだろう。「所詮は言葉だけ」と。

生徒一人一人の尊重を謳い、自由な学園生活の保障を掲げるこの学校を。


夜長よなが高等学校で、これから始まる高校生活を。

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