根付き

 入学式はつつがなく終わった。話も無駄に長い訳でもなく、すぐに終わったので気分がいい。しかもこの学校はかなり自由で、並ぶ事も無くバラバラに教室に帰れ、との命令が出た。生徒を信用しているのか......まぁ偏差値も高いし、ここまで来て馬鹿をやるような人間がほぼいないだろう、というのもわかるが。


「それにしたって自由過ぎるよねぇ、時間は無いけど軽い寄り道くらい出来そうだ」


 まぁ、ここの校風ならやるだけのことはやれそうだと思っていたから批判する気はさらさらない。秩序の基に築かれるであろう、生徒一人一人の混沌から青春を学ぶ。

多種多様な価値観に触れ、人間として成長する。そうすれば、きっと、僕でも、


「よく見たら桜田って可愛い顔してるよねぇ、年上に告白された経験ってある?」


「......」


 体育館から教室まで、全クラスのうち最も遠い場所が僕たちC組の目的地だ。さっさと帰ってしまおうと考え、一人で向かうはずだった、だったのだが......どうやら僕は、厄介な拾い物をしてしまったらしい。


「華の高校生活の初日だよ? 笑わないと福も来ないぞ? Let's smile!」


「あぁもううるさい!わかった、無視はやめるからその喧しい口を今すぐ閉じろ!」


ついでにその無駄にネイティブな発音もやめろ。


 体育館から出る瞬間、僕はこいつに捕まった。かれこれ三分ぐらいはこの調子だ。正直しんどい。イケメンだし、背も高いし、勝てる要素があるとすれば会話だけだろう。......まぁ僕も会話が得意と言えるかどうかは別だけど、先の二つよりかは勝算はあるはずだ。

 けれども、今の僕は多少メイクしたからちょっと顔がいいだけのチビ。そして隣には高身長のイケメンがいる状況だ。一対一で張り合うならともかく、周りの認識も含めたら僕の負けは必定だろう。ふざけるのも大概にしてほしい。余程僕で遊びたいみたいだが、どうすれば離れてくれるか......


「あはは、ようやく口利いてくれたね。結構大きな声出るじゃん、雷みたい」


「お前が出させてるんだよ。普段ならこんな声は出ない、絶対に」


 頑張れば出るかもしれないが日常で飛び出すことはほぼないだろう。そもそも他人とまともに会話すること自体が久しぶりだ。流石にもう少し、入学前に会話にならしておくべきだったか......。いや、後悔先に立たずとも言う、今は今のことを考えなければ。

 まずはそう、手っ取り早くこいつを引きはがすには―――


「なんで付きまとうんだ? お前くらいなら女子でも男子でも引っ掛けられるはずだろ。わざわざ俺なんかに話しかける理由なんてどこにも無いだろ?」


 初手は自虐だ。

 いきなり自分のことを低く言い始める奴はさぞ面倒臭いだろう。実際に思っていても初対面で言う事じゃない。これで関わらない方がいい人間と思われるだろう。

ついでに対人関係を蔑ろにする発言も混ぜれば大丈夫だ、大丈夫だよね?

 ...カースト上位に食い込むであろうこいつからの好感度を下げるのは心苦しいが、今平穏を得られるのならしょうがない。後で適当に媚でも売れば――


「あれ、さっき言わなかったっけ? 面白いからだよ、君がねぇ」


 訂正。考えが甘かったと言わざるを得ない。初対面の相手の性格なんて読める物じゃなかった。まさか真正面からこんなことを言われるとは......。冗談を言っている風でもないしどうやら本気のようだ、非常に困る。


 いや、そもそもどういうことなんだ? 僕が面白いから話しかけている.....?

わからない、何を基準にしてそう思っているのか、そう思ったとして何故そうするのか。何もわからない。


 ――いや、一つだけ分かることはある。目的の自由は手に入りそうにない事だ。

 今は対策のしようがないが.....待てよ? 今の僕に、この先話せる相手が増えるとも限らない。ならばいっその事、それまではこいつで練習するというのも......よし。


「......じゃあ好きにしろ。言っとくけど、俺は誰かと騒ぐタイプの人間じゃないからな」


 目的は一つ。手段は選ばないし、そもそも非才の身では選べない。それだけは最初から変わらない。自分も、こいつも――伊東も、全てを使って達成する。


「うん、好きにさせてもらうよ。――と、そろそろ教室行かなきゃだね、通君?」


「......名字で呼べ、ぞわぞわする」


「合点承知~」


......



 春 

   うららかな日差しの中、そよ風ならぬ"嵐"がやって来た。



―――



 教室の前で、不思議な同級生を見つけた。

恐らくは染めたのであろう赤髪と、光が無いのにも関わらず爛々と輝く深緑の瞳。

卑屈そうなその眼が気になったので、揶揄って見ると反応も良かった。

 いつでも寝首を搔いてきそうな草食――いや、見た目も考慮するなら愛玩動物ペットか――そんな印象だった。それにしては、少々反抗的過ぎるけれど。

 友好的な要素は欠片も無いが、つい思ってしまった。"あぁ、楽しい"と。

これから先、この感覚が続けばいいと、そう、願った。

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