萎びて

 昔から住んでいるせいか、通学路には真新しいものも興味を引くものも無かった。

出会いの季節、とは言うが自分には関係のない話だったらしい。 ......いや、まだ校門に入ってもいないのに断定するのは早計か。そう考えたところで校舎が目に入ってくる。

 国立の中でも上位に入るらしく、相応に大きめの校舎とグラウンドがよく見える。

――なんて、もう何回も見ているし、今更何の感動もないのだが。そもそもこの道自体が中学時代の通学路なのだから、既に見飽きてすらいる。それにオープンキャンパスや文化祭でも来たことがある。もしかしたら新入生の中では詳しい方なのかもしれない、と思えるほどにはよく知っている...井の中の蛙ではないと願いたい。


「まぁ、確かに綺麗な校舎ではあるけど」


 歩いていく内に周囲が新入生だらけになる。正直人混みは好きではないので早く教室まで行ってしまいたいところ。何が楽しくて他人と会話をするのか? と、 つい冷めた思考になってしまうが顔だけは絶対にキープする。とは言え、常に笑顔の人間など不気味でしかない。見目麗しい少女ならばそれもいいかもしれないが、少なくとも自分は違う。要するに必要なのは愛想のいい顔、少し見受けのいい表情だ。目は口程に物を言う、ならば表情は目口を合わせても足りぬほどに物を言うのだろう。

 気は絶対に緩めない。最初の一歩こそが最大のアドバンテージを得ることが出来るのだから。


「......教室、あっちの方かな?」


 校門を抜けて校舎に入る。どうやら自分のクラスは奥の方らしい。多少時間はかかるが......まぁ毎日階段を上らなくて済むのならマシなのか。階段の前で溜息を吐く生徒を横目に同情を抱く。今年度いっぱいは頑張って欲しい。

 三つほど教室を通り過ぎた後に辿り着いた教室には、[1-C]と書かれた板が壁に刺さっていた。


「血液型には存在しない、成績表でも最低。あまりいいイメージはないなぁ」


 特に望んでいたアルファベットなど無かったが、思わず心中が口から漏れる。しまった、と周りを見るも至近距離に人影は無し。安心しつつ、早速気が緩んでしまっていた自分を恨めしく思っていると――


「入学早々、自分のクラスにケチ付けるなんて面白いねぇ。荒れてるのか?」


 そう、男子にしては妙に高い声が後ろから聞こえてきた。

 驚きと警戒で後ろを振り向いても誰もいない、ならば今のは一体――


「せっかくなのでアドバイスを。真後ろの相手を探りたいなら手を動かした方が楽だぞ? あ......でも女子相手は駄目だからな。最悪退学処分に追い込まれるだろうし」


 また後ろから聞こえてきた。いや、こちらは振り向いているので、先ほどの位置から見たら前という方が正しいのかもしれない。いつの間に移動したんだ?

それにしても......妙に苛々する声だ。人をおちょくることが楽しくてたまらない、とでもいうような口ぶりがそう感じさせるのだろうか。

 なんにせよ、相手のペースに飲まれているのも癪だ。どうにかして主導権を握らなければならない。そのために、まずはこちらの余裕を示すしかない。

 少々乾いていた唇を舌先で湿らせる。噛まないように、詰まらないように。


「おはよう、君も同じクラスなんだね。桜田さくらだとおる、君は?」


 先に質問を投げかける。動揺など無かったかのように。コイツが問いに答えるまでに次の会話をどうするかを――と考えたところで、話している相手を碌に見ていない事に気づく。流石に相手の顔を見ないと会話は上手く続か、な――


「......なるほど。じゃあ――俺は伊東いとうあらし、まさか教室に入る前に自己紹介をすることになるなんて――って、どしたの? そんな珍しい名字でもないと思うんだけどなぁ......」


 僕の目の前に立っていたのは、金髪で、長髪で、そして、目を背けたくなるような――――イケメンだった。、咄嗟にそう判断した僕は教室への逃走を図る。こんなのと会話してたら駄目だ、僕が優位に立つことなどできやしない。足早に教室へと入ろうとするも、


「待て待て待て、流石に自分から話し始めといて逃げるのは駄目でしょ!」


駄目だった。



――――



 入学式が終わり、もう少しすれば生徒たちは教室に帰って来るだろう。一年生担任の教師陣は早めに戻り、生徒らが戻ってくるまでスタンバイしているという訳だ。その中の1人である私も、さてどのような生徒を受け持つのか、と考えていた。出来れば問題児は居て欲しくないが、優秀過ぎてもなんだかつまらないような気がする。成績に関してはこの学校に入学している時点で心配しなくてもいいのが幸いだが......。多少個性があったほうが教師生活にも身が入ると言うもの。――いや、いやいや。


「――いかん、思考がに影響されている」


 教師たるもの、生徒の健やかな成長を願い、それをサポートするべきだ。断じて、断じて己の享楽のために動いてはならない。そんな当たり前のことを再確認することになるとは、もしかしたら教師には向いていないのでは......いや、一線を越えないように心がけることが出来るうちは大丈夫だろう。この先も変わらずそうありたい。

 自分に言い訳しつつ、静かに生徒の帰りを待つ。


「もうそろそろ来るか......」


 噂をすれば影、口に出した途端に、多くの靴音と喋り声が聞こえてきた。それなのに......煩いくらいに心音が聞こえる。どうやら私も浮かれ、緊張しているらしい。

 願わくば、彼ら彼女らの青春の一ページに加われたら、と――

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