春、それはいつも唐突に
木瓜
春、それはいつも唐突に
春
それは、いつも唐突に訪れる。
例え、いくら予測し、予防線を貼った所で、その行いが幸をなした事などありはしない。
私は、無価値で愚かな存在だった。
自分にはない景色に憧れて、常に何かに期待しては、裏切られて、失って、傷付いてを繰り返していた。
そしてその度に、抱えきれないほど多くの涙を流して、泣いた。
そんな事を、何度繰り返したのだろう。
期待して、傷付いて、泣いて、
それをひたすら繰り返していくうちに、
私の心は、
徐々に、徐々に、冷えていって、
憧れは無関心に、
期待は諦めに、
傷つく事もなくなって、
気付けば、私の心が流した涙は、
冷たく、真っ白な、氷となった。
人は、それを、「雪」と呼び
私は、いつしか、「冬」と呼ばれるようになった。
冬と呼ばれることに、違和感を感じなくなった頃には、私の流す雪は、その勢いを増し、
いつしか、私の世界は、
ただ一面の、白銀の景色で埋め尽くされていた。
その世界には誰もいない。
先行きの見えない真っ白な景色に足踏みし、
凍えるような寒さに怯えているのは、私だけ。
皆、冬が嫌いだ、と言って、
私の元から消えていった。
それを、苦しいと感じた事もあったが、
その痛みは、とうの昔に、雪に埋もれて凍りついた。
私は、やっと、
この、冬という自分の世界に慣れて、
居心地の良さすら、感じる事が出来るまでになった。
この世界と、心中する覚悟も決めた。
新たな何かに期待するより、何もない世界で、変わらない日常を送る方が安心だ。
その世界には、失うという概念がない。
傷つく事すら、もうないのだ。
だからこそ、私は、
今の、この世界を守るために、
あらゆるものとの関わりを避け、
必死に、何重にも、予防線を張り巡らせたというのに。
何かに期待することで、余計な痛みを抱える日々が、再び来ることを恐れて。
それなのに、
ああ、私は、
この冬の終わりを防ぐことが出来なかった。
迫り来る春の予感を、振り払う事が出来なかった。
少しだけ
少しだけ
その温かさに触れて、
この、降り積もった私の雪が溶けて
ちょっとだけ
ちょっとだけ
この冬が、過ごしやすくなればいいと、
思っていただけなのに。
それだけで、良かったのに。
ああ、ほんとに
それは、いつだって唐突だ。
幾ら細心の注意を払った所で、
そんな私の苦労など、紙屑のように吹き飛ばされる。
だからこそ、近づくべきではなかった。
そこに、何の感情も抱くべきではなかったのに。
身をもって、分かっていたはずなのに。
私は、愚かにも、
色とりどりな花々と、
温かな日差しが注ぐ春の景色を、
この眼に、見てしまった。
一度芽吹いた感情の息吹を、止めることは出来ない。
その勢いは、とても凄まじいものだ。
こうして、長かった私の冬は終わりを告げ、春を迎える事となる。
彼女の訪れによって誕生した、淡い、新たな感情と共に。
けれど、
それは、同時に、
恐れていたはずの痛み、
その予感を、
この身に孕ませる事でもある訳で、
私は、その事実を、
そう遠くない内に知ることになるのだろう。
そうしてまた、私の長い冬が始まる。
それなら、
それはそれで、
いつかは来る痛みに怯えながら、
今は、私の春を楽しもう。
ああ、だって、
春
それは、いつも唐突に訪れるのだから。
春、それはいつも唐突に 木瓜 @moka5296
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