第4話

          ✳︎


 祐介の実家は群馬で有名な酒屋らしい。毎月、仕送りと共に選りすぐりの酒が送られてくるが、もっぱらビール党の裕介にとってそれは終わりの無い拷問のようだ。それに引き換え沙織は焼酎が大好きな父と酒を酌み交わし過ぎたことで無類の焼酎女王として界隈でその地位を確立している。前回の慰安会と称した飲み会で焼酎ばかり飲んでいた沙織を見ていた祐介は酒の消費要員として家に誘ったようだ。単に手が早い遊び人な訳ではなさそうで沙織は少し安堵していた。


 祐介の家は複合商業施設から歩いて2分程で着いた。それも家に誘った一つの要因だろう。扉を開けて家の中に入る。綺麗に整えられた玄関を見て少しだけ違和感を感じた。その違和感が何か分からないまま廊下を歩いてリビングの扉を開けた時、その正体がわかった。


「……生活感無いですね」


 綺麗な家だなどと気の利いた一言が出ないくらいに殺風景だった。リビングにはテーブルと椅子が一つずつ。テレビなんて洒落たものは無い。キッチンには調理機器や道具のようなものは見当たらず、小さな冷蔵庫と簡素な木組みのワインセラーに日本酒と焼酎が丁寧に陳列されているくらいだ。男の一人暮らしとは言えここまで生活感がないと本当にここで暮らしているのか怪しむぐらいだ。


「ご飯は基本外食かコンビニ弁当だからねぇ。テレビとかは見ないし」


「そうなんですね……」


 煮え切らない返事をする沙織を歯牙にも掛けていないようだ。


「とりあえず乾杯しようよ!」


 そう言って家に向かう途中に入ったコンビニの袋をガサゴソと漁りビールを何本か出した。


「乾杯!!」


          ✳︎


 祐介の家は焼酎も日本酒も飲まないにしては厚待遇と言えるほど充実した設備だった。ソーダもあれば氷もある。もちろんケトルもあるのでお湯割りもできる。


 ──いつか家に誘おうとしてた?そんなことも考えてしまう。そんなわけ無いのに。


 あの日のように祐介の話をインタビュアー並みの質問攻めで聞き続けること1時間半。気付けば2人ともほろ酔いになっていた。


「あのさぁ……僕ん家案内してもいい?」


 祐介が唐突にそう言い出した。


「え、良いですけど、何もなく無いですか?」


 噴き出す沙織はもう無礼講だ。酒は人を本来の姿に写し変えるというが本当らしい。祐介を相手に猫をかぶって自分を良く見せようとしていた沙織はもうここには居ない。


「何にも無い中に楽しみを見出すんだよ」


 よく分からないインチキ説法師のような事を言いながら行こ行こっと促す祐介はいつもの如く強引でこの強引さに沙織はいつしか心地の良い気持ちを覚えるのだった。


 祐介の自宅は実家から離れた大学生としては珍しく、2LDKの間取りだ。キッチンとリビングは見たので他の部屋を見せてもらう。一つは寝室、一つは作業部屋のようで、寝室にはベッド、作業部屋には机とパソコン以外の物はほとんど見受けられなかった。


「やっぱり何も無いじゃないですか」


 沙織が笑いながら言うと祐介はまぁまぁと宥める。


「最後にとっておきを見せてあげる」


 鼻息混じりにそう言うと作業部屋を出て廊下をズンズン進んでいってしまう。


「ちょっ、祐介さん??」


 強引さがアイデンティティと言うと少々申し訳なさも残るが、祐介の自分勝手さを長所だと感じている沙織でも持て余すほどの性急さに困惑していた。待っていても戻ってきてくれる気配はないので急いで着いていく。


「ここだよ!!」


 祐介はそう言って指を差した。その指の先にあったのはトイレだ。


「えっ?」


 沙織は戸惑いを隠せない。トイレの紹介って何?ウォシュレットが最新とか?便座が全自動で開閉するとか?そんなことを考えているうちに祐介はトイレの扉に手をかけた。


「ここが僕のトイレです!!」


 そう言って扉を開けた先に見た景色は沙織の想像をはるかに超える凄惨な光景だった。



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ここが僕のトイレです 面倒 臭(おもたおれ しゅう) @mendokusai3112

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