第3話

          ✳︎


「あのサークルどうだった?」


 桃子は久々に会った沙織に興味津々、と言うよりは心配に堪えないと言った様子で聞いてきた。


 桃子とはクラスが違うので顔を合わせることは週に1回程度だ。高校生の時は毎日顔を合わせていたので、込み入った話はそう無かったが、大学に入り時々にしか会わない関係になると話が尽きない。2人は帰る方向が一緒なので偶然会うと一緒に帰って朝まで話っぱなしになるのが最近の常だ。


「結構楽しくやってるよ。祐介さんって人がいるんだけどね、若干クセがあるんだけど意外と優しくて……」


「その祐介って人、変な噂聞いたんだけど」


 桃子は話を断ち切るようにそう言うと神妙な面持ちで続けた。


「あの人に関わった人が何人も失踪したり、不審死したりしてるんだって。警察も動き出してるみたいだけど確かな証拠が掴めないで、未だに立件出来てないみたい。沙織……あの人と付き合うのやめた方がいいと思う」


 失踪……?不審死……?あの優しい祐介さんが?そんなのはあり得ない。何かの間違いに決まってる。おばあちゃんとの思い出をあんなに嬉しそうに語る彼がそんなことをするなんて絶対にない。


「……なんでそんなこと言うの?証拠なんてないんでしょ?桃子は祐介さんと喋ったことないじゃん!あの人はそんなことする人じゃない!!何も知らないくせに適当なこと言わないで!!」


 そう言うと沙織は桃子に背を向けて走り出した。


「ちょっと、沙織!!待ってッ!!」


 ──背後から追ってくる気配がしなくなった頃に周りを見渡してみると、随分遠くまで来てしまったようで、近くに複合商業施設が見える。沙織もしばしば訪れる場所で物資が必要ならばある程度は手に入る。辺鄙な田舎には貴重な存在の場所だ。


「疲れたな……」


 こんなに走ったのは高校時代の体育の授業ぶりだろう。足がブルブルと情けない音を立てて今にも崩れだしてしまいそうだ。ともかく、ここから駅まで歩き出したい。今の時刻は16時。駅までは20分程度かかるが、春の日没はそこまで早くないので急いで帰る必要はない。しかし、暇つぶしに買い物や友達に会ったりしたい気分ではない。唯一会いたい人がいるとしたら……。


 私にとって彼に対する気持ちが好意なのか厚意なのかは分からない。だけど桃子が言ったような人物は私の中で彼ではないし、私は彼を信じている。彼は私の中で特別な存在であることは確かだ。


「大体何なの。桃子のやつ。警察が全てなの?噂が全てなの?私の信頼している人を信用できないって言うの?サイテーだわ」


 そんなことを独りごちていると思いもがけず後ろから声をかけられた。そう、あの日と同じように。


「沙織……ちゃん??」


 後ろを振り向くと不思議そうに覗き込む祐介の姿。思わず涙がポロポロ溢れ出してしまった。


「えっ、沙織ちゃんっ??ごめん、僕なんかしたっけ??」


「いやっ……違うんです。何でもないんです。ごめんなさい……」


 そう言って俯いていると祐介は何も聞かずに物陰に連れて行き、まだ涙が止まらない沙織の背中をさすって落ち着かせてくれた。


 15分程たって沙織がようやく落ち着いてきた頃に2人は歩き出した。


「どうする?帰る?」


 帰らないと言う選択肢も残しておくあたり、抜かり無いなと思う。計算か?と思うくらいに出来過ぎている。女の扱いが妙に玄人チックで少し不満だ。


「まだ、帰りたくはないです」


 この言葉がどう取られるのか不安ではあったが、今帰ると余計なことばかり考えてしまって居ても経っても居られない状況に陥ることは考えるまでもない。それならば素直な気持ちを伝えて善意に全体重をかけて凭れ掛かるかかる方がまだマシだ。


「じゃあさ、僕ん家行く?」


「んぇっ!?」

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