第2話 

          ✳︎


「乾杯!!」


 2人が声を合わせたのはせんげん台駅周辺の居酒屋。どうやら埼玉県立大学の生徒たち御用達のようで、他にも大学生らしきグループが数組居る店内は程よい喧騒で居心地が良い。


 沙織がサークルに入った日、部室に入って唖然とした。部室は散らかり放題、机の上には紙の山。しかも、その紙の山をよく見てみると全てがこたつに関係する資料だった。その日から丸3日、こたつの研究はおろか祐介と事務的な言葉を交わす程度で部室の片付けに時間を消尽させられた。祐介も部屋の片付けを手伝ってくれようとしたが、逆に部屋を汚す始末で、開始1時間で沙織に戦力外通告を受けた。片付けが終わったタイミングで祐介が慰安会と称して開催した今回の会だが、望外な喜びをを見せる沙織に驚いた様子だった。


「いやー、今更ですけどほんとにこたつの研究してたんですね」


「こたつ研究所なんだからこたつの研究するでしょ?」


 祐介は不思議そうにしていたが、サークルの名前や謳っている活動と実際の活動が異なっていることは意外と少なくない。中には大学の公認サークルであっても、本来の活動そっちのけで性行為を目的とした飲み会やコンパを開催している「ヤリサー」と言うタチの悪いものもあるので注意が必要だ。まぁ、この世で『こたつ研究所』ほど怪しいサークルなど無いだろうが。


「こたつ、好きなんですね。」


「──うん。昔ね、おばあちゃんが生きてた時に、こたつに入ってみかんを食べたことがあってね。まぁ、ありきたりなんだけど。でも、それがすごーく、すっごーーく幸せだったんだ。だからね、いつか自分でこたつを作ってあの甘美な気持ちを誰かに味わって欲しいなぁって思って。それで、まずはこたつの研究から始めようって思ったんだ。周りから見たら変だと思われてることくらい分かってるんだけどね。」


 祐介は恥ずかしそうに頭を掻いた。その姿を見て、沙織は焦ったような様子で言葉を急いだ。


「変じゃないです!変なんかじゃない!!……最初はこたつの研究なんて変だなと思ってたけど……。とっても素敵な話だと思います!!」


 沙織がそう言うと、祐介は何も言わず嬉しそうに微笑んだ。


 しかし、まさか『こたつ研究所』の創設にそんな感動秘話があったとは。少々狡猾なところが露呈するが、基本的には優しい人なんだろうなと思った。


          ✳︎


 居酒屋に入店したのは18時頃。ふと時計を見ると20時になっていて、話に夢中になっている間に2時間も経っていた。それもそのはず、サークルに入ってからまともに祐介と話したのはこれが初めてだ。叩けば叩くほど出てくる祐介の面白い身の上話は聞いていて飽きない。いつの間にか沙織は祐介についてもっと知りたいと思うようになっていた。


「そろそろ帰ろっか。あんまり遅くなっても良くないしね」


 ──沙織は正直、まだ帰りたくないと思った。祐介とまだ話していたい、と。しかし、その正直な気持ちを祐介に言ってしまうと困らせてしまうことは目に見えていたのでやめておく。


「そうですね、帰りましょうか」


 そう言って2人はの帰路に着いた。

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