ひょうぞうをつくるかがのおなご

DITinoue(上楽竜文)

加賀百万石の小さなおなごの異変

 時は元和5年(1619年)、お江戸では徳川2代将軍、徳川秀忠の治世。

紀州では、徳川御三家の一つ、紀州徳川家が置かれた。のちの徳川吉宗等、

偉大なる将軍を出す家柄である。加賀藩の祖、前田利家の功績により確立した

「加賀百万石」は、2代藩主、前田利常が治めていた。お江戸では、関ヶ原合戦で

東軍として活躍した豊臣恩顧の大名、福島正則が改易され、利常もいつ徳川から

潰されるかが分からない状況であった。のちに、秀忠の後を継いだ3代将軍、

家光が利常の謀反を疑い、「前田征伐」を考えるほどになる。


 そんな加賀では、今年も例年通り大雪がかやぶき屋根にのしかかる。かやぶき

は、負けじと踏ん張っているようだ。

さすがは加賀百万石。町は雪を溶かしちまいそうな熱意と賑わいを持っている。

みなが知っての通り、加賀は工芸品を多く出しており、様々な藩で人気の品だ。


 街に多く並ぶお茶屋の間につむじ風が舞う。それは、自然のつむじ風ではない。

人が起こしているのだ。お茶屋の間にフワフワと髪が舞う。

タタタタタッ!!・・・・・・・ズルッ!!

「あたた・・・・・転んじゃった・・・・・」

ほっぺに傷を作りながらも少女は駆けてゆく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」

一生懸命どこかへ向けて走っている。城のふもとの方には、手を振っている中年男性

がいる。

「お~い!つる~!」

「あ、おとう~!」

その少女は「つる」という名前らしい。

「おいおい、菊兵衛、あんまりはしゃぐんじゃないよ。もうすぐ代官殿が来るん

だからね」

男は、菊兵衛というらしい。老人は菊兵衛の母親だろうか。

「そうだな。わしらの田は今年は良くなかったからな。冬にはどんどん少なく

なってるってぇのに」

「おい、いるか」

「は・・・、はいっ」

「年貢を納めてもらうぞ。お前の家は・・・」

言われるまでもないと、菊兵衛は米俵を持っていた。

「はい・・・・・こちらでございます」

「ふん、少ないと思うが、違うか?」

「これ以上はわしらの食い物が・・・・・」

「まあいい。利家様、利長様の財産が利常様の時代も継承されておるからな」

「はい・・・・・」

「それじゃあ、わしらは次の場所へ向かうからな。お前んち、次の時はちゃんと

納められるようにしろよ!」

「はい・・・・・」

「ねえねえ、何でおとう怒られてたの?」

「それが・・・・・」

「つるにはまだ早いよ」

「ふーん」

つるは諦めたように言った。


 次の日——

菊兵衛が殺された。隣の裕福な家庭を襲ったらしい。そこに駆け付けた代官が

問答無用で斬りつけたそうだ。

実は、その襲われた家庭は菊兵衛の家をはじめ、様々な家から米を盗んでいた。

堪忍袋の緒を切らした菊兵衛は農作業用の鎌をもって家庭を襲い、その家の大黒柱を

あやめたそうだ。

「おとうは?」

「おとうはねぇ・・・・・ヒック」

菊兵衛の母でありつるの祖母である「ゆき」は鳴いていた。鳴き声の大きさで

束ねられた白髪が飛んでしまいそうな大きさのしずくであった。

「おいおい、長吉ちょうきちが死んだらしいぜ」

「菊兵衛が殺したそうだ」

「神様じゃねぇか」

「だが、菊兵衛は代官に追われて、斬られたらしいぜ」

「利常様配下はその代官と長吉の家を罰したそうな」

「菊兵衛の家を崇めねぇと」

「そういうこった」

つるは、この会話を聞いて悟った。もう自分の父はいないということ。その米を

盗った家の長と代官ともつれながら、地獄へ落ちていったということを――

「あぁっ・・・・・おとう・・・・・はぁっ・・・・・」

一瞬、冷たい風が吹きつけた。

「寒いから中にお入り。これからは私の家で暮らすんだよ」

ゆきに言われてつるは家の中に入った。

「??・・・・・あのいつからあったんだろ・・・・・」

つるの視線の先には凍り付いた像があった。妙に動き出しそうな氷像であった。


 菊兵衛の墓ができたらしい。城からはだいぶ離れ、水田が広がる地帯にポツンと

たっている墓であった。

「はっ、はっ、はっ」

つるは元気よく走っている。

「つる、待っておくれ」

ゆきがヒイヒイ声をあげながらつるの背中を追う。ぞうりが凍り付いた草を踏み、

シャリシャリとかき氷のような冷たいという悲鳴を上げている。

「はっ、はっ、はっ」

ゆきの白髪は一層白くなっているように見える。

ヒュ~

「うわ、めちゃくちゃ風つめたい!」

かなりの風速、そして冷気を持つ風が短いつるの髪をすくいあげている。

「おばあ!あったよ」

つるは遅れて追いかけてくるはずのゆきの方を向いた。

「あれ、おばあは?」

あの風が吹く前に振り向いた時は、ゆきがいた。あの風が吹いた後にゆきは忽然と

消えてしまった。まるであの風にさらわれてしまったように。

「またひょうぞうが立ってる・・・・・これも無かったよ?」

氷像に雪が駆け寄ると、その氷像は屋敷から見えた像と同じように妙に人らしい

ものだった。

「あれ・・・・・これ、おばあ?!」

そう、その氷像には真っ白になった白髪があった。目は何かを激しくにらんで

いた。そして、つるを刺すような手をしていた。

死ね、死ね、死ね、死ね

つるの脳裏にはその言葉が次々と回る。ゆきがその言葉を発している時間帯が鮮明に

蘇ってきた。


*************************************

 それは、奇妙な氷像を見た後に聞いた言葉だった。

「見事に私の血をひいてしまったのぉ」

つるは首をかしげていたが、

「菊兵衛が男子だけを産めばことはなかっただろうに」

もしかして、あたしがおとうを?そんなはずないよ。あたしはおとうが大好きで。

でも、おとうが死んだ報を聞く直前、誰かに眠らされた。

「あんたも「ユキおんな」にならないために『つる』と名付けさせたのにねぇ」

ゆきおんなって何・・・・・?

そして、ゆきは氷像に向かって両手を合わせていた。

「わしが何とか出来ればあんたの仇をとるからねぇ―――」

*************************************


 ゆきはつるに向けてを出した。だが、年のせいか、若い

女の力には根負けしてしまった。そのまま、つるの吐く息に包み込まれていった。

ゆきはさいごのときを感じて、悔しさと悲しみで唇を嚙んだ。

襲ってくる冷気はつめたかぁない。なぜって、わしも同じことをしていたから。

さいごまであと0.1秒というところで恨みが増し、墓に向かうつるを睨んだ。

そのまま、ゆきは意識を失った。いや、意識を凍結させられた――


 後世、家光、家綱、綱吉・・・・・そして、家茂、慶喜と徳川の世が終わり、

維新、デモクラシー、戦争、経済成長、そして現代となるにつれ雪女は有名に

なった。今では、誰もが知る「怖い話」となっている。

つるは、果たして行きかう人々をすべて凍らせる残虐なおなごだったのだろうか。

ゆきはなぜ「ユキおんな」となったのか。菊兵衛の子供がなぜユキおんなになり、

自分を殺させてしまったのか――

謎は深まるばかりである。ただ、分かるのは、つるは決して悪い雪女ではなかった

はずだ。怪奇現象や怪物は悪いものではないということ。それだけは、このつるの

例から分かるだろう。


おわり(この物語はフィクションです)

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ひょうぞうをつくるかがのおなご DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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