第8話 永遠にはまだ遠くても
翌日、佳海はお昼過ぎに仙台駅前を出発したバスに乗って千葉へと帰った。母が近所の店で開店と同時に買い求めたずんだ餅と、私とふたりで駅前の土産物店で買った萩の月、牛タン、そして私が渡したスノウ・ドームを持って。
「私は佳海の彼女で、佳海は私の彼女だもんね」
うん、と頷く佳海が愛おしい。佳海が恋人となってから見る世界はきらめいていた。
「佳海がここまで来てくれたんだもん、受験が終わったら春休みに私が会いに行くから。無事に大学合格できるように私頑張るよ」
「うん、待ってる。頑張ってね」
励ましあいながらも予想通り、佳海がバスに乗り込む前から私たちは涙が止まらなくなった。私は泣きながらもなんとか笑顔を作って見送ったけれど、バスに乗った佳海は窓からスノウ・ドームを振って見せながら泣き続けていた。
バスが道の向こうに小さくなるまで手を振りながら思った。
離れて暮らす私たちは、これから何度も、花が一気に満開になるように嬉しい再会と、胸が潰れるように寂しい別れを繰り返すのだろう。
それでも私たちはきっと大丈夫。きっと。
バスが見えなくなってから私はスマホを取り出し、深呼吸してから成海さんに電話をかけた。私が佳海を好きだということを、成海さんには伝えておこうと決めていたのだ。もちろん、佳海の気持ちは伝えるつもりはなかった。それで成海さんが私をどう思うかはわからない。佳海を私から離そうとするかも知れない。それでも祖母の死後、ずっと私を気遣い、寄り添ってくれた成海さんに自分の気持ちを黙っていることはもうできないと思った。
成海さんはすぐに電話に出た。
「このみちゃん、今回は佳海が迷惑かけてごめんなさいね」
「いえ、佳海に会えてとても嬉しかったし、うちの父母もむしろ楽しんでいました。さっき、バスが出発したところです」
「何から何まで本当にありがとう。お父さんとお母さんには改めてお礼しておくから。佳海も一度大冒険したんだし、これで満足するといいけど」
「ええ……」
覚悟を決めて成海さんに電話したはずなのに、いざとなると言葉に詰まってしまう。
その沈黙を破ってくれたのは成海さんだった。
「このみちゃん。佳海は、このみちゃんのことが好きなんじゃないかな? だから仙台まで行ったんじゃないかな」
「え……どうしてそれを……」
その返事が全てを肯定していることに気づいてまたもや私が黙ってしまうと、成海さんは優しく笑った。
「ふふ。私、母親だもの。あの子ったら夏に仙台に行ってから毎日毎日、このみちゃんのことばかり話していた。そんな時、佳海の顔が本当に嬉しそうに輝いていて、ああ、母も真希子さんのことを話す時、こんな表情をしていたなあって自然と思い出したの。それでもしかして、佳海はこのみちゃんのことを好きなんじゃないかと思っていた。佳海には直接聞いたことはないけれどね」
「そうですか……」
「でも佳海の気持ちを受け入れるのも、拒むのも、それはこのみちゃんの自由なんだよ。佳海にも、もちろん私にも、おばあちゃんたちにも遠慮することないからね」
「私は……私も、佳海のことが好きです。ずっと認めるのが怖かったけれど」
声もスマホを持つ手も震えた。
「そっかあ。佳海の母親としては娘の気持ちが通じて嬉しいし、このみちゃんの年上の友人としても、佳海がこのみちゃんの支えになるならよかったって思ってる。あの子、子どもっぽいところはあるけれど心根が優しいし、芯が強くて明るいから」
予想もしなかった成海さんの優しい言葉に思わず涙が出てしまう。
「――成海さんは反対すると思っていました」
「真希子さんのお葬式の日、言ったでしょう。私はいつまでもこのみちゃんの味方だって。真希子さんが私をずっと守ってくれたように、私がこのみちゃんを守るって」
「あ……ありがとうございます……」
そうだった。あの日、祖母が死んだ悲しみで息もできなくなっていた私を救ってくれたのは成海さんだったのに。私はもっと成海さんを信じてもよかったのに。
「あの、佳海に話しました。祖母たちのこと。無断で話してしまってすみません」
「いいの。佳海に話してくれてありがとう。本当は私が話すべきだったのに、ごめんね。今までこのみちゃんひとりに背負わせてしまって、ごめんね」
成海さんも涙声になった。
「私はこのみちゃんの幸せを守りたいってあの日からずっと変わらずに思っているよ。佳海のこと、よろしくね。私の自慢の娘だから。そしてこのみちゃんは娘みたいに大切な、私の自慢の友だち」
声にならない思いが溢れて、私はスマホを持ったまま泣き続けた。
成海さんもまた、祖母が私に残してくれた運命の人だった。
通話を終えると、佳海からのLINEメッセージが何通も届いていた。
〈寂しくて涙が止まらないよ〉
〈もうこのちゃんに会いたいよ〉
〈私、絶対仙台の大学に進学する。パパとママを説得する〉
佳海の素直な言葉にまた目が潤む。昨夜父が言ったように、家に佳海が住んで一緒に大学へ行けたらどんなに楽しいだろう。なかなか実現は難しいだろうけれど。
〈そうなったらすごく嬉しいな。私ももう佳海に会いたいよ。実は今、成海さんと話したんだ。私が佳海を好きだってこと、ちゃんと伝えておきたくて。そうしたら成海さん、佳海が私のこと好きだって気づいてたよ〉
〈うそ!?!?〉
驚いた佳海はきっとあの大きな目を見開き、一瞬で涙が乾いたはずだ。
〈さすが成海さんだよね……うちの父母は全く気づいていないと思うけれど〉
〈恥ずかしすぎる……何て言ってた?〉
〈娘の気持ちが通じて嬉しいって。自慢の娘だって言ってたよ〉
〈かなわないなあ……どんな顔して帰ればいいの〉
〈ひまわりみたいないつもの笑顔で帰ればいいんだよ〉
〈すぐそうやって褒めてくれるところ、大好き〉
〈私も佳海が大好きだよ。いつだって前向きに考えられるところも、どんなことにでもいい面を見つけられるところも、すごい行動力があるところも、意志がぶれないところも、考えすぎて動けなくなる私のことを引っ張ってくれるところも〉
そうか。今、わかった。私は佳海に救われたんだ。
うずくまるしかなかった自分の闇の中から、佳海が光の方へと引っ張り出してくれた。
――ずっと佳海を待ってたんだ、私。
〈佳海と会えて、初めて好きになって、本当によかった。私を好きになってくれてありがとう〉
〈私こそありがとう、私を受け入れてくれて、好きになってくれて〉
離れていく佳海を追いかけるように、私たちの言葉があとからあとからスマホの画面に生まれていく。
佳海と一緒に来た道をひとりで帰るのは寂しいけれど、もう私はひとりではない。こうして言葉と声と思い出で距離を埋めながら、私たちは次に会える日を楽しみに日々を過ごしていくのだろう。
祖母たちがそうであったように。
でもこれは私と佳海がふたりで描いていく、私たちだけの物語だ。
――私が一生掛けてこのちゃんに運命も永遠も信じさせてあげる。
佳海の言葉を迷わず信じよう。そして私もまた、佳海に信じさせてあげたい。
どんなに離れていても、会えない時間が長くても、私は佳海へと手を伸ばし続ける。
今はまだ遠くても、いつの日かやっぱり私たちは永遠だったねと笑い合えるその時まで、ずっと。
終
永遠にはまだ遠くても -スノウ・ドーム第三部- おおきたつぐみ @okitatsugumi
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