PCR検査体験記

藤田大腸

それは「PCR検査受けてきて」という電話から始まった

 一足遅い正月休みを頂いた藤田大腸は県外に旅行に出かけていたが、宿でくつろいでいると上司から電話がかかってきた。


「藤田君、今どこかへ遠出してる?」

「はい、○○県まで出ています」

「そうか。今オミクロン株が流行ってるだろう。だから会社から県外に移動した人間はPCR検査を受けてから出社しろと指示が出てな」


 大腸はPCR検査受けときゃ感染は防げるんだ、という考えに反対であり、熱が出たとか濃厚接触者になったとかならともかく健康な人間が無闇やたらに受けたってしゃーないやろという感想しかなかったが、会社命令に背くほどロックな生き方ができないヘタレなので渋々予約を取ることにした。


 とはいっても連絡を受けたのは三連休の最中であり、帰宅して出社に間に合うように検査を受けようとすれば最低でも成人の日に受けなければいけない。祝日だから病院は空いていない。しかし検索すると一軒、日曜祝日でも検査を受けられる施設を見つけたのでそこを利用することにした。ちなみに会社指示でも交通費は出ないらしい。ケチ。


 ということで成人の日にPCR検査を受けに行ったのだが、コンビニじみた建物が検体採取会場だった。その施設は医療法人監修とは謳っているが、元は医療と関係ない他業種が運営していた。


 まず目に飛び込んできたのは入り口にある政治家の看板。この政治家、スマホで調べたら施設を運営している会社社長の親族で、所属政党はよく家の周りを街宣車で「PCR検査拡充を!」と訴えていたところであった。


 あっ……(察し)


 頭の中で「大きなシノギの匂いがするな……!」という台詞が再生されたのは言うまでもない。


 胡散臭さしかなかったのだが来てしまった以上は受けるしかない。すでに列ができていて、中には家族連れもいた。施設は入り口が開けっ放しで、左手が受付、右手が検体採取ブースになっていたが、そんなに広いとはいえない。


 予約時間になったが受付がスムーズに進まず、なかなか列が動かない。スタッフはどう見ても医療従事者じゃなく、多分運営会社の人間だとは思うがとにかく手際が悪い。この日は比較的暖かったとはいえ、外で待つのはなかなかしんどいものがあった。


 ようやく大腸の受付の番になった。予約メールを見せて、書類と検体採取キットを受け取る。キットはコニカルチューブ状の容器にストローが突き刺さっているもので、唾液をストローの中に入れて採取する仕組みになっている。


 ブースに向かうと、梅干しとレモンの写真が貼ってあった。なんともシュールだが実際に酸っぱいものを見たり想像したりするだけでも唾液が出るのは確かだ。三国志演義でも曹操が兵士の喉の乾きを癒やすために「向こうに梅の林があるぞ」と嘘をついて唾液を出させてたし。


 大腸はすんなりと唾液を溜め込むことができたので、書類を書いてすぐに検体採取へ。ストローを使って容器に唾液を送り込んで、受付でチェックしてもらって終了。予約時間から20分も遅れていた。


 午前採取だったのでその日の夕方には検査結果がメールで送られてきた。当然ながら陰性であった。旅行先は田舎だったし密な観光スポットに行ってないし、飲食もなるべく人がいない場所を選んでたし。ただ偽陰性の可能性もあるわけで、この検査結果をもって安心、というわけではない。やはり感染対策の基本は手洗いうがいマスク、三密回避、規則正しい生活であり、加えてワクチン接種なのである。


 PCR検査は今月いっぱいまで無料だが、会社は来月以降も県外に遠出すればPCR検査を自腹で受けろと言っている。本音では「旅行禁止!」と言いたいのだろうけど社員から反発喰らうからそう言わざるを得ないのかもしれない。


 ちなみに二年前までは県外移動申請書を作って、書いても社長が難癖つけて突き返すという回りくどく悪どいやり方で移動制限をしていた。そのせいで故郷にいる親の死に目に立ち会えず葬儀にも出られなかった社員もいた。そのときに比べたらまだだいぶマシになった、と思うようにしている。

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