なんやかんやありまして、殺し屋が妻になりました。

御厨カイト

なんやかんやありまして、殺し屋が妻になりました。


「……雨酷いな。何か良くないことがありそうだ。」


窓にまるで弾丸のように当たってくる雨を眺めながら、そんなことを考える。


こういう時はさっさと寝てしまうのが良いと思うのだが、生憎書類仕事が終わっていない。

まぁ、これは小さいながらも土地を治めている貴族の宿命だな。


そう思いながら、僕は納められた税金についての書類をペラペラとめくる。



そして、確認したことを表すハンコを押すために、少し離れたところにあるハンコを取ろうとした時、




ふと、首元に突き付けられているナイフに気づく。




「えっ?」


「動くな。動いたら喉掻っ切るぞ。」


そして、耳元から低く、冷たい声でそう囁かれる。



……情報量が多すぎて、思考が停止している。

えっ、今僕、ナイフを突き付けられている……?

い、いつの間に……、そして、どうして……?



「そう、良い子だ。そのまま大人しくしていろ。そうしたら、あともう少しだけ長生きできる。」


「……ま、まさか、こ、殺し屋か……?」


「その通り、ご名答。私は殺し屋だ。」


「な、なんで、殺し屋なんかがぼ、僕の元に……」


「そりゃあ、誰かが依頼したからだろう。事実私はその依頼を受けてここにいるわけなのだから。」


「……ぼ、僕は死ぬのかい?」


「まぁ、今のところは。……だが、少し君に質問したいことがある。」


「質問……?」


「あぁ、実は私は少し今回の依頼について引っかかっていてね。だから、君には幾つか質問させてもらいたい。君はそれに嘘偽りなく正直に答えるだけ。まぁ、もし嘘をついたら、この部屋が赤く染まるだけだけど。」


ヒュッ、怖


「それじゃあ、いくよ?」


「は、はい。」


「まずは1つ目。君は奴隷売買などをしているか?」


「ま、全くもってしていません!」


「ふむ……、それじゃあ、2つ目。君は武器の密輸等はしているか?」


「そ、それもしていません!」


「うーん……そうか……、それじゃあ、最後。君はこの人について知っているかい?」


一枚の写真を見せられる。


そこに映っているのは壮年の金髪の男性。

見るからに裕福な位にいることが分かる。

だが……、僕は全くもってこの男性を知らないし、見たことも無い。



「し、知らないです!」


「ホントに?」


「は、はい!」


「……なるほどね……、やっぱりそうか……。」


「?」


「あぁ、すまない。君からしたら何が何やらって感じだよな。……まぁ、言ってしまうと君は罪をかぶせられている。それも大分面倒くさいやつにやられているみたいだね。なんか心当たりある?」


「い、いえまったく。」


「そうか。でも彼、よほど君の事が邪魔だったんだろうね。結構な金額積まれてさ……、早く君の事を殺せって言うんだもん。」


「えっ」


「でも、まぁ、安心して。私は君を殺さない、……というか殺せない。」


「えっ?」


僕が首を傾げる様子に見てなのか、後ろから「ふふふ」という微笑みが聞こえてくる。

そして、その疑問を解決するかのように殺し屋さんはひらりと僕の前に姿を現す。



……綺麗だ。

自分の命を奪おうとした相手を見て僕はそう思う。

すらりとしたスタイルに綺麗な灰色の髪。

これが俗に言う「美女」というものなのだろう。


だが、彼女は僕がそんなことを持っているの事なんて、露も知らずに説明を続ける。


「まぁ、何でかと言うと私が所属している暗殺ギルドの規約の中に、依頼者の嘘が発覚すれば暗殺はしないというのがあるんだ。多分今回の件はそれにあたると思うから君は死なない。」


僕はその言葉にホッと胸を撫で下ろす。


「……だけど、まだ安心できないよ。」


「えっ、どうしてですか?」


「だって、相手は暗殺ギルドに頼むほど君の事を殺したいんだよ?それが失敗したんだとしたら、……次は直接君の事を殺しに来る。」


「……そ、そんな、僕は一体どうすれば……」


僕はそんな残酷な現実に涙を流すことしかできない。

そんな様子を見て、殺し屋の彼女は何か真剣に悩んでいる。


そして、何か思いついたのか顔を上げる。


「……なぁ、もし君が死なずに済む方法があると言ったらどうする?」


「そ、そんなのがあるんですか?是非聞かせてください!」


「う、うむ、別に言うのは良いのだが、内容は結構ヤバいし、君はもしかしたら引いてしまうが、それでも良いか?」


「えぇ、まだ生きることが出来るというのならどんなことでも構いません!」


「そ、そうか。なら言うが……」







「……君、私の夫になれ。」





彼女は至極真面目な顔でそう言い放つ。


「へ?え、い、今なんと?」


「だから、私の夫になれと言ったんだ。」


「……ちょっと何言っているのかよく分からんですけど……」


「分からないと言っても理屈は簡単だ。暗殺ギルドに所属している私の夫になれば、誰も君に手を出すことは出来ない。それに私はこう見えてもギルドマスターだ。だから権力者にも顔が利く。」


「な、なるほど……?」


「そう、だから私の夫にならないかと言ったんだ。……ちなみに、君には拒否権なんてものは無い。これを拒否すれば君は多分、いや確実に死ぬだろう。だが君は……、まだ死にたくないだろう?」


「そ、それはそうです。ですけど、あ、貴方の方こそ良いのですか?僕のつ、妻になるなんて。」


「うん?私は別に気にしない。恋愛なんてものに関しては生憎興味が無い人だからな。私は君が不条理な目に合わなかったらそれで良いのさ。」


「な、なるほど……」



これは良いのか……?

別に僕は良い。

逆にこんな美人で強い人が奥さんになってくれるのなら、万々歳である。

……なんか、現金だと思われそうだがいいじゃないか。



「えっと……、そう言うのであれば僕は別に大丈夫ですよ……?」


「よし、それじゃあ君は今から私の夫、私は君の奥さんだ。」


「は、はい。よろしくお願いします。」


「うん、よろしく。それじゃあ、明日の正午にまた来るから。」


「え、ここに残ってくれないんですか?」


「うーん……、そうしたいのは山々なんだが、色々手続きとかをしないといけないんだ。」


「そう……なんですね……」


「あぁ、だから諸々をまとめてから明日の正午また来るよ。だから……、精々死なないようにな、旦那様?」


そう言い残し、まるでその場には何もいなかったかのように、サッと彼女は立ち去ってしまう。



え、えっと……、マジかよ。

という事は僕は彼女の助けなしで半日過ごさないといけないという事か……。


そうして僕は、彼女が訪ねて来てくれるまでは一歩も外に出ないことを心に誓うのだった。







********




次の日




丁度正午になったことを表すアラームが部屋に響く。



やっとだ……、やっと正午になった。

正直に言うと、全くもって生きた心地がしなかった……。

全然寝られなかったし、ご飯も喉通らんしで散々だった。



そして、丁度ドアのチャイムが鳴る。

僕はそんなことから解放されると少しウキウキしながら、ドアを開ける。



するとそこには……、サラサラの金髪を携えた貴婦人が立っていた。


「えっと……、どなたでしょうか。」


「……どうも初めてお目にかかります。この度あなたの婚約者になった貴族家の者です。不束者ではありますが、よろしくお願いいたします。」


「は、はぁ……」


「まぁ、立ち話もアレでございますし、上がってもよろしいでしょうか。」


「あ、ど、どうぞ……」


「ありがとうございます、失礼いたします。」


そうして、僕はそんな貴婦人を家に招き入れる。


え、い、いやちょっと待てよ。

ど、どういうこと……?

な、なんで貴婦人が僕の家を尋ねに来てるの?

もしかして、これは殺し屋の彼女かな?


「あ、どうぞ、ここに座ってください。」


「これは丁寧にありがとうございます。」


「えっと……」


「?、どうかなさいましたか?そんなにソワソワされて。」


「い、いや、ちょっと、えっと……、昨日お会いしていますよね?」


「昨日?よく分かりませんけど、何かございましたか?」


「えっ?そんな訳は、昨日お会いしましたよね?」


「私と貴方は初対面のはずですが……、何か心当たりがございますの?」


「えっ……」


「……」


「……」


「はぁー……、まったく君と言う奴は本当に鈍いな。」


彼女はそのサラサラの金髪を触りながら、いや取りながらそう言う。


そして、その取った場所から綺麗な灰色の髪が見えてくる。


「あっ、や、やっぱり、殺し屋さんだったんですね。で、でもどうして……」


「あぁ、殺し屋というのは色々な戸籍を持っているんだ。昨日今日で君が気まずいかなと思って、わざわざ別の戸籍の人物を演じてみたんだが……」


「なるほど、それで貴族の令嬢を。」


「そうそう、と言っても本物の令嬢さんはとっくの昔に無くなっているんだけどね。」


「……」


これは触れない方が吉だろう。



「まぁ、そんなことは置いといて。とにかく君の件については色々進展があったよ。」


「あ、そうなんですか?」


「あぁ、なんか昨日依頼者が突然死したようでね。原因はよく分からないが、首に掻っ切られた跡があったとか……無かったとか……、まぁどうでもよいのだけど。」


「へ、へぇ、そうなんですか。」


「と言っても実はまだ安心できない。なんか君のことをよく思っていない人はまだいるようなんだ。」


「…な、なるほど……」


「そのため私はこの貴族の令嬢と言う身分を使って、君に嫁入りすることにした。この身分を使えば、殺し屋と言うのを隠して、正式に書類を通して結婚することが出来るからな。」


「あー、そうか、なるほどなるほど。」


「それに傍から見たら貴族同士の結婚だから怪しまれもしないからな。それにまぁ、これから何か予期せぬことが起きても、その辺は私やギルドの方に任せてくれたらいい。」


「ホントありがとうございます。」


「いやいや、礼には及ばんよ。と言っても、流石に外じゃ、この身分でいないといけないが、君の前では思いっきり素を出させてもらうよ?」


「あぁ、全然構いませんよ。」


「ハハハ、飲み込みが早くて助かるよ。それじゃあ、これからよろしく頼むな、旦那様。」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。」


「……だが、1つ問題がある。」


「何でしょう?」


「……前にも言ったかもしれないが、私は生まれてこの方恋愛などと言ったものをした事が無い。だから……、そちらの方のご指導ご鞭撻のほどもよろしく頼むぞ、旦那様?」


彼女はそんなことを少し上目遣いしながら言う。






……どうやら僕が思っていたよりも可愛い奥さんが出来たようです。














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なんやかんやありまして、殺し屋が妻になりました。 御厨カイト @mikuriya777

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