【NL】愛し君に、証を刻む。※R-15

コウサカチヅル

本編

「ローレンス殿下、わたくしはつつがない日常をなによりも尊びます。もし殿下に想うかたができましたら、わたくしのことはどうぞお切りすてくださいませ」

 目の前の婚約者――公爵令嬢・フィオナは、まだ八歳とは思えぬしっかりとした口調で、僕へ向かい言葉を紡いだ。この世界に生まれかわってから・・・・・・・・・・・・・・初めてのイレギュラーに、僕は片眉を上げる。

「……出会い頭に不貞ふていを推奨されるなんて悲しいな、フィオナ。その発言に至った経緯を教えてくれる?」

 そういう僕も、すぐさま笑顔を作りなおし、同じ八歳らしくない語彙ごいを繰りだしてみせた。


 ――ローレンス・ウォード。それが僕の、今世での名だ。

 ここは乙女ゲーム『恋のしずく夢惑ゆめまどい』の世界。他人の夢の中へ入ることができるヒロインが、攻略対象の悪夢を晴らし、いずれ本人たちとも運命の出合いを果たしてゆく――そんなあらすじの物語だ。

 僕はとある事情からこのゲームをやりこんでいた。亡くなったときのことはよく覚えていないけれど、多分休まず攻略を続けたことが原因の栄養失調か過労あたりだろう。

 なぜそこまでしたのかって? だってこの作品は、僕の最愛の女性ひとが好んで所持した、唯一のゲームだったから。


 僕は前世ではありえない、淡い水色をした自らの髪を弄びながら、困ったように言いよどむフィオナを観察する。

「信じていただけないかもしれませんが、わたくしは本来、殿下のお相手に相応しい者ではないのです……殿下と国の幸せを願えばこその妄言、お許しください……」

 こちらも大変奇抜な真紅色の、豊かな自身の巻き髪をそわそわと触るフィオナ。我の強そうな顔立ちだが、その既視感ある仕草や不安げに下がる眉の角度に、僕はぴくり、と反応した。それにこの、ゆっくりとしていてかつ、知性がにじむような言葉の抑揚よくよう……。

 本来は『悪役令嬢』である彼女も、転生者だったのかな? そう軽く考えていたけれど、僕はどうやら、もう一度大きな好機に恵まれたのかもしれない。



 このむすめ――僕が愛した、『彼女』ではないだろうか……!



✿✿✿✿✿



 その女性ひとと僕との出合いは、偶然に偶然が重なったものだった。

 出合いののち、同じ学校に通っていた事実を知った際は、歓喜に震えたものだ。ただ僕は、彼女より生まれるのが一年だけ遅かった。少しでもそばにいたくて、僕は帰宅部から、彼女が入っていた美術部へそれらしい理由をつけて入部を果たす。

 デッサンに取りくむ彼女は、僕にとっては彼女こそが芸術品と思えるほど、清廉せいれんで麗しかった。

 僕が下手なりに一生懸命描くと、色遣いがとても綺麗、と優しく微笑んでくれる。

 僕たちは横に椅子を並べ、仲睦まじく筆をとったものだった。


 しかし、幸せはそう長く続かなかった。

 きっかけは、僕たち以外だれもいない美術室で、僕が彼女に口づけしたこと。

 数ヶ月もずっとずっと我慢を続けた僕はとっくに限界で、彼女を押したおし、キスを重ねて。瞳を欲望で濡らしながら彼女を乞うた。

 突然向けられた愛欲に、無垢な彼女はただただ驚き――怯えを全身ににじませ、拒んだ。


 混乱状態におちいった彼女は僕を突きとばし、足をもつれさせつつも美術室から駆けだしてしまう。もうにがせないと言わんばかりに追いかけたのがいけなかった、彼女は学校前の車道に飛びだし、呆気なく命を落とした――。



 彼女がいなくなった僕は、もはや『空白』だった。

 よくわからない。今生きているのか、死んでいるのかさえも。

 葬儀の最中、そっと彼女の部屋へ這入はいりこむ。やっぱり、彼女の部屋は彼女みたいに整っていて美しい。

 彼女の本棚は、ロマンチックな題のファンタジー小説が多かった。ぼんやり眺めていると、小説に混ざって一つだけ、ゲームのパッケージが混ざっていることに気がつく。ゲームソフトの隣には同じタイトルの小説が何冊も挿してあることを考えると、彼女はこの世界観がとてもすきであったことが容易に想像できた。


 僕はそのゲームを自分の部屋に持ちかえり、一心不乱にプレーした。クリアしても、全てのルートを確認しても、狂ったように繰りかえした。なにがここまで自分を駆りたてるのか全くわからなかったけれど、今となってははっきりと言語化できる。なんでもいい、ただ彼女の『すき』と、ひたすらに繋がっていたかったのだろう。



✿✿✿✿✿



 そして、気づけばその『恋の雫と夢惑い』の世界に転生したらしい僕は、攻略キャラクターとして成長を続け、裕福ではあるけれど悪夢に苛まれつづける日々を過ごしていた。あの女性ひとのいない毎日は、端的に言って空虚だった。

 でも。今目の前にいるこの女の子が、僕の生に彩りを与えだす。

 僕は念には念を入れ、その場の使用人をすべて下がらせてから、彼女を労わるように質問を紡いだ。

「ねえ、桜の花はすき?」

「えっ? この世界に桜は存在しな――。……!!」

 彼女はそのつり目がちな大きな瞳を見開いた。彼女も僕が、彼女側の人間と気づいたらしい。彼女はぽろぽろと、愛くるしく涙をこぼしだした。

「ああ、ああ……! 殿下も、もしかして……!? わたくし、ずっと独りで抱えこんで……! ……すきです、桜。私事ですが、前世の名前にも桜の字は入っていたので……」

 『すごく思い入れがあるのです』。高校生のときに命を落としたことも交えつつ、目尻の涙を拭いながらそう告げる彼女に、僕はますます、浮かべていた笑みを深めた。

「僕も若くして亡くなってね。気づいたらここにいたんだ」

「それは……。あの、ここは『恋の雫と夢惑い』という乙女ゲームの世界だということは……?」

「知っているよ、最後まで遊んだこともある。だいすきな彼女が持っていた作品だったから」

 すっかり警戒を緩めた彼女は、僕にとっては懐かしく思える、柔らかな口調で声をかけてきた。

「では、ご存じですよね? この作品は、ローレンス殿下のルートが一番国の繁栄に繋がるということ。わたくし、応援いたします。ぜひぜひ共に、殿下がヒロインと結ばれるべく――」

「じゃあ、椿は?」

「え、は……?」

「君の口から、訊きたいんだ。椿は、すき?」

 彼女の言葉を遮り、僕は最後の問いを投げかける。それに対し、フィオナは明らかに表情を変えた。

「あ、あの、椿は……ええ、そのお花自体はとても美しいと思います……」

 僕はにっこり笑ったまま、彼女の左手を取った。

 その答えで、僕は完全に満足した。そうだよね、心中複雑なはずだ。その名前の『男』には、ひどい目に遭わされたものね……?

「殿下、なにを……」

 困惑する彼女がはめるレースの手袋を剥ぎ、その薬指を僕は選んで、口に含んだ。

 軽く歯を立てると、彼女は微かな声をあげ、かんばせを歪める。ゆっくりと口内からそれを解放すると、濡れて光る誓いの指には確かに、赤いあとが刻まれていた。

「これは予約の印で、婚約は絶対に覆さない。それに大丈夫、『椿』は『椿』じゃなくなったから。――逢いたかったよ、桜花義姉おうかねえさん」

 前世でしていたみたいに、愛らしく首を傾げてみせた僕に、今度こそ、彼女の顔は真っ青になった。



 そう。僕はもう、親の再婚先の連れ子なんかじゃない。

 だからこれからは臆せず自由に、愛しあうことだってできるんだ。



 だったら今度こそ、受けいれてくれるよね? 僕のだれよりも、なによりも愛しいひと――。

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