【改良版】これは完全犯罪なのか?

久坂裕介

第一話

 十一月二十日


「でね真央まお、ひょっとしたら英樹ひできさん、不倫ふりんをしているかもしれないの……」と私はティーカップを喫茶店のテーブルに置いて、ついに告げた。


「え? 仁美ひとみ、どういうこと?」と、正面に座っている、優しい顔立ちの安藤あんどう真央が聞いてきた。


 私は答えた。最近、英樹さんの帰りが遅かったり、様子が変なのと。すると真央は、聞いてきた。

「最近、英樹さんの好みが変わったりした? 例えば食事とか趣味とか?」


 少し考えてから、私は答えた。

「あ! そういえば食事の好みが変わったかも! 以前は和食が好きだったのに、今は洋食を食べたがるの!」

「ふーん……」


 更に私は、話した。私は趣味でプランター菜園さいえんをしているんだけど、この前の日曜日、こんな話をしたと。


   ●


 英樹が私の隣に、しゃがみこんで話しかけてきた。

「ふーん、イタリアンパセリの種を、まいているのか」

「え? そうだけど、どうしたの?」

「いや、イタリアンパセリはスープやシチューの味を引き立てるから、良いよなあ」

「どうしたの、突然? プランター菜園に興味なんか無かったのに?」

「いや、知り合いに聞いたんだ。それにしてもハーブならタイムも良いんじゃないか?」

「タイム?」


「ああ、殺菌効果が期待されて、肉、魚料理に中毒予防ちゅうどくよぼうとして使われることもあるんだ」

「へえー、くわしいのね」

「それに、小松菜こまつななんかも良いんじゃないか? おひたし、いため物、それにグリーンスムージーにも使えるらしいぞ」


 私は、うなづいて答えた。

「へえー、なら種を、まいてみようかしら」

「うん、でも虫が付きやすいから、ネットとかで対策をした方がいいぞ」

「分かったわ、ありがとう」


   ●


 真央は、つぶやいた。

「家庭菜園している女と不倫しているの、決定ね……」


 私は力なく、うつむいた。

「やっぱり、そうなっちゃう?……。ねえ、どうしよう、真央?」


 すると真央は、髪型とか変えてみたらどう? と提案してきた。

「そう。えーと、ねえ、仁美たち。結婚して、三年くらいだっけ?」

「うん、明後日の十一月二十二日の結婚記念日で三年。私たち、三年前の十一月二十二日、『いい夫婦の日』に入籍したから」

「うんうん、やっぱり三年も経つときてきちゃうのよ、いろいろ」

「そうなんだ……」


 真央は、私の肩まで伸びた髪をゆびさして言った。

「そうねえ、仁美の髪は長くて、きれいだけど思い切って、切りっぱなしボブとかどう? 今、流行はやってるし」

「ボブかあ……。でも私はこの長い髪、結構、気に入っているのよねえ……」

「いいじゃん、やってみれば! きっと真央にも似合うと思うよ! 真央は可愛かわいいから!」

「そうかなあ……」


 更に真央は、提案してきた。

「そうだよ。それに英樹さんが好きな洋食とか作って、結婚記念日を二人で祝えばいいんだよ!」

「うん……」

「そうやって、ちゃんと結婚記念日を祝えば、英樹さんも不倫を止めるかも。あ、まだ不倫をしていない可能性もあるけど……」


 私は両手を組み、テーブルの上に置いて答えた。

「うん、でもちゃんと結婚記念日を祝えるかなあ……」


 すると真央は私の手を両手で、つつみ込んだ。

「大丈夫だって、きっと上手くいくって。私、応援しているから。私たち、高校時代からの親友でしょう?」

「うん……」


 真央は、両手に力を入れた。

「私は、いつだって仁美の味方だったでしょう? 仁美はちょっと自分勝手ところもあるけど、これからもそう。何が、あっても!」

「真央……」


 私は、こらえきれずに涙を流してしまった。だが真央は「さあ、取りあえず美味しいケーキでも食べて元気、出そう?」と店員さんにショートケーキを二つ、元気よく注文した。


   ●


 十一月二十一日


 私は昼食を済ませると、プランターのイタリアンパセリに、じょうろで水をやった。


 それから行きつけの美容室へ行った。順番を待っていると、しばらくして名前を呼ばれた。大きな鏡の前に座ると松園貴志まつぞのたかしがやってきて私の後ろに立ち、聞いてきた。

「仁美さん、今日は、どうします? いつも通り、少しだけ切りますか?」


 貴志はカリスマ美容師と呼ばれていて、確かに腕が良かった。そしてイケメンだった。

「いえ、今日は、切りっぱなしボブにしてください」

「え? 髪を切っちゃうんですか? きれいな髪なのに、もったいないなあ」


 私は少し、いらだった。

「いいから言う通りに、して欲しいんですけど?」

「何か、あったんですか?」

「え?」

「ほら、女性って男性関係等で何かあると、髪を切るっていうじゃないですか? だから旦那だんなさんと何か、あったのかなあって……」

「何も、ありません!」


 私は動揺どうようしながらも、冷静をよそおい説明した。

「髪が長いと料理をする時とか、邪魔じゃまになることもあるんですよ。私はゴムで髪を、たばねているんですよ。それに髪を洗うのも大変だし。で、今、切りっぱなしボブが流行っているので、思い切って髪を切ってみようと思ったんですよ」

「なるほど。なら、いいんですけど……」と答えて貴志はカットを始めた。三十分ほどで終わると聞いてきた。

「いかがですか?」


 正面の鏡を見ると、なかなか良い感じに仕上しあがっていた。さすがカリスマ美容師と呼ばれるだけのことはあるなあ、と思った。


 更に「後ろは、こんな感じです」とたたみ式の鏡を、私の頭の後ろに持ってきた。正面の鏡をのぞき込んで後ろを見てみると、やはり良い感じだった。


 私は素直に、めた。

「そうですね、うん、良いと思います。ありがとうございます、さすがですね」

「ありがとうございます。お客様の喜びが、僕の喜びです」

「はあ、そういう所が、ちょっと白々しいんですけど。でもやっぱり、良い腕をしていますね。また、きます」

「ありがとうございます。ああ、そういえば右のふとももに傷がありましたけど、治りましたか?」


 私はちょっと、イラついた。

「そ、そんなこと人前で聞くものじゃないですよ?!」

「あ、そうですね。すみません……」


 私は、お会計を済ませると美容室を出た。マンションへ帰ろうと思った時、ふと考えた。最近、英樹が好きって言っている、オムライスを作ってみようと。


 オムライスを作り終え英樹を待っていると昨日と同じ、午後八時くらいに帰ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい」


 私は、おそるおそる整った顔立ちの英樹に聞いてみた。

「今日、髪を切ってみたんだけど、どう?」


 英樹は、ハッとしたような表情を浮かべて答えた。

「うん、良いんじゃないか。何だか少し明るくなった気がするよ」

「そう、良かったわ。あ、オムライスが出来ているわよ」


「お、そうか。じゃあ、早速、いただくか」と英樹はスーツを脱ぎ、部屋着に着替えた。そしてテーブルに置かれたオムライスを見ると、感想をらした。

「お、美味うまそうだな」


 そして「じゃあ、いただきます」と、食べ始めた。私は、聞いてみた。「どう?」


 すると英樹は、顔を輝かせて答えた。

「美味い!」


 私はうれしくなって、聞いた。

「ビールも、どう?」


「お、良いねえ」と英樹が差し出したコップに、私はかんビールのフタを開けて注いだ。ビールを一口飲むとまた、感想を漏らした。

「美味いなあ。なんかこういうの、久しぶりだなあ」

「良かった、へへへ。これから美味しい洋食をたくさん、作ってあげる!」

「頼むぜ、へへへ……」


 私は不倫の疑いのことについて聞くなら、今しかないと思った。今の二人なら、どんな問題でも解決できると思ったからだ。

「ねえ、あなた。ちょっと話があるの……」


   ●


 十一月二十二日


 朝、目を覚ますと私は、ビデオカメラの電源を入れた。




 私は、ビデオカメラを回しながら言った。

「それでは英樹さんを、起こしに行きたいと思いまーす」


 寝室に入ると英樹は、まだ寝ていた。

「可愛い寝顔でーす」と英樹の顔のアップを撮影さつえいして私はけ布団を、はいだ。

「あなた、朝よ。起きてー」

「うーん、まだ眠いよー」

「ダメよ、会社に遅刻しちゃうでしょう?」


 すると英樹は、上半身を起こした。

「分かったよー」


 そんな英樹に私は、質問をした。

「さて、ここでクイズです。今日は何の日でしょう?」


 英樹は、少し考えてから答えた。

「えーと、今日は十一月二十二日だろ? 『いい夫婦の日』じゃないか。それが、どうした?」

「えー。それ以外にも、あるでしょう?」

「分かっているよ、俺たちの結婚記念日だろ?」

「正解!」と答えて私は、英樹にキスをした。そして聞いた。

「ね、昨日の夜の約束、おぼえてる?」

「もちろんだよ!」


 私は、ビデオカメラを持ったまま英樹に抱きついた。

うれしい! 今のこと、ビデオカメラに撮ったからね。後で知らないって言ってもダメだからね。これが証拠だからね!」

「分かっているって!」

「さ、朝ごはんが出来ているから食べてね」


 英樹は起きだした。

「うん、分かった」


 朝ごはんを食べ終わり、スーツに着替えて出社しようとする英樹に、私は頼んだ。

「今夜は、ご馳走ちそうを作るから早く帰ってきてね」

「ああ、午後八時くらいに帰ってくるよ」


 私は目をつむり、英樹に顔を近づけた。すると英樹は「しょうがないなあ」と言ってキスをしてくれた。

「いってらっしゃーい」

「うん、行ってきまーす」




 お昼ごはんを食べて一息つくと私は、またビデオカメラを回した。

「さあ、今日も水やりでーす」と、ベランダに置いてあるプランターに、じょうろで水をかけた。

「早く大きくなってね、そら豆ちゃん。そしたら美味しく食べてあげるからね。さて、そろそろ買い物に行こうかな。スーパーでは撮影は出来ないから、一旦ビデオカメラを止めまーす」




 買い物から帰ってくると、またビデオカメラを回した。取りあえず私はスマホのユーチューブで、Reolの『激白げきはく』を再生させた。


 そして「はーい、これが今、買ってきた食材でーす。これからご馳走を作りたいと思いまーす。料理中は撮影出来ないのでまた、ビデオカメラを止めまーす」と言いビデオカメラを止めた。それから右手で輪ゴムをつかむと、キッチンへ向かった。




「はーい、料理が出来ましたー。早速さっそく、撮影してみましょう。まずはさけのお刺身さしみでーす。次にメインのすき焼きでーす。そして最後は、デザートの抹茶まっちゃロールケーキでーす。どれも美味しそうでーす。今、午後七時四十五分なので、もうすぐ英樹さんが帰ってくると思います。反応が楽しみでーす。それではー」




 午後八時五十分になった。


「えー、英樹さんはまだ帰ってきていません……。きっと残業なんでしょう。スマホに電話したいけど、仕事の邪魔をしたくないので、もうちょっと待ってみます……」




 そして私は、ビデオカメラの電源を切った。




 午後十一時になった。結局、十一月二十二日に、英樹は帰ってこなかった。


   ●


 十一月二十三日


 私は目をますと気だるさを感じながらも、ベットから起き出た。午前八時だった。ふるえる手でスマホをつかむと、英樹に電話をした。十五回コールしたが、英樹は電話に出なかった。


 英樹が勤める会社に電話をしてみたが今日はまだ、出社していないと言われた。遅い朝食を食べて少し落ち着くと、覚悟かくごを決めて私は近くの警察署へ向かった。


 警察署の総合窓口で私は、震える声で説明をした。夫が朝になっても帰ってこない。スマホにも出ない。それに会社にも出社していない、と。


 すると言われた。「分かりました。今、担当たんとうの者を呼びますので、少々お待ちください」


 少し待っていると、かくばった顔をした男が現れた。男は、岡田健おかだたけしと名のった。そして「詳しいお話をうかがいたいので、どうぞこちらへ」と小さい部屋に私を、案内した。


 机をはさんで座ると早速、聞いてきた。

「ご主人が行方不明ということで、よろしいでしょうか?」

「はい。電話にも出ず、会社にも行ってないようです……」

「分かりました。確認のため、あなたとご主人のお名前と、連絡先を教えていただきますか?」

「はい。私は深川ふかがわ仁美、主人は深川英樹です。連絡先は090-XXXX-XXXXです……」


 岡田はメモを取ると、聞いてきた。

「はい、ありがとうございます。それで奥さん、行方不明のご主人について何か、心当こころあたりはありますか?」

「はい、心当たりというか、L川の河川敷かせんじきです。先月そこでナイフを持った不審者ふしんしゃが出たというニュースがありましたよね? 主人はそこを通っているんです……」


「はい、ありましたね。我々も現在、調査中です」

「私、とても心配になって帰り道を変えたらどうかって言ったんですけど、主人は、大丈夫、大丈夫しか言わなくて……」

「なるほど、それはご心配でしょう」


 私は、うつむいて答えた。

「はい、だから私、主人の身に何かあったらと思うと……」

「分かりました。我々も、ご主人を探してみます。まずはご主人の関係者、つまり会社関係の方に、お話を伺いたいので会社の名前を教えてください」


 私は、会社の名前を教えた。岡田は、それをメモすると告げた。

「分かりました、ありがとうございます。あ、河川敷の方も探しますので、ご安心ください」

「ありがとうございます、ありがとうございます。どうか主人を探してください、お願いします、お願いします……」と私は必死に頭を下げ、涙を流していた。


   ●


 私のスマホに連絡がきたのは、午前十一時ちょっと前だった。岡田からだった。英樹と思われる遺体いたいがL川の河川敷で見つかったということだった。


 私はすぐに河川敷へ向かった。そこには警察関係者の一団がいた。そして私は、声をかけた。

「岡田さん!」


 すると岡田は振り返り、告げた。

財布さいふの中の所持品から、ご主人と思われるのですが一応確認を……」


 そして遺体にかぶせてあったシートを、はがした。その遺体の顔は、まぎれもなく英樹だった。私は遺体にしがみついて叫んでいた。

「あなた、あなた! 一体、誰がこんなことを?! あなたーー!!」


 岡田は残念そうな表情で、告げた。

「どうやら、間違いないようですね……」


 私は、力なく答えた。

「はい……」

検視けんしの結果、ご主人は背中をナイフのようなものでされていて、それが致命傷ちめいしょうになったと思われます……」


 私は岡田に、つかみかかっていた。

「じゃあ犯人は、あのニュースの不審者なんですか? つかまえてください、そいつを捕まえてください!」


 だが岡田は、冷静だった。

「落ち着いてください、奥さん。我々も、そいつを重要参考人として追っているところです。ところで奥さん、申し訳ないんですが昨夜さくや、つまり十一月二十二日の午後八時頃、どこで何をされていましたか?」


 私は、つい聞き返した。

「え? 昨夜の午後八時ですか?」

「そうです。どこで何をされて、いましたか?」

「ええと……、昨夜なら午後七時三十分から午後八時三十分まで、市内のレストランで食事をしていましたが……」

「お一人ですか?」


 私は、説明した。

「はい。高校からの親友と食事をする予定だったんですが、彼女に急用が出来てしまったんです。それで私、一人で……。え? 私、疑われているんですか?」

「いえいえ奥さん、どうか、お気を悪くなさらずに。検視の結果、死亡推定時刻が、そのあたりということですので。これは、ご主人の関係者全員に伺うことなんですよ」


「はあ……、そうなんですか……」

「ちなみに奥さん、そのレストランの店員にアリバイを確認しても、よろしいですか?」

「はい、構いません」


   ●


 私はマンションに戻ると、どっと疲れが出て思わずソファーに横になってしまった。しかし私はまず、シャワーを浴びて心を落ち着かせることにした。シャワーを浴びてバスタオルをまいてソファーに座ると、次第に実感がいてきた。

「英樹、本当に死んじゃったんだ……」


 私はビデオカメラの電源を入れ、動画の続きを見た。




「あ! 今、チャイムが鳴りました。英樹さんでしょうか? 今の時刻は午後九時、ちょっと過ぎです。遅刻です。さあ、英樹さんは、どういう言い訳をするんでしょうか?」と私は玄関に行き、ドアを開けた。


 すると英樹は、すまなさそうな顔をして立っていて告げた。

「ごめん、ごめん。仕事が長引いちゃってさあ。それに約束を果たそうとしたら、こんな時間になっちゃった」

「いいの、いいの。そんなことだろうと思っていたから。さあ、入って」

「っていうか、まだビデオカメラを回しているのかよ」

「当然よ。今日は、あの約束を果たしてくれる日なんだから!」

「うん、そうだな……」と英樹はマンションの中へ入ってきてスーツを脱ぎ、部屋着に着替えてテーブルの椅子に座った。

「すごいご馳走だな!」


「そうでしょう、腕によりをかけて作ったのよ。まずは鮭の、お刺身から食べてみて」

「うん、あぶらがのってて美味い!」

「今が旬だからね。さ、すき焼きも食べてみて!」

「うん、この肉も美味い! 高かったんじゃないのか?」

「えへ、ちょっと奮発ふんぱつしちゃった。さ、抹茶のロールケーキも食べてみて。手作りなの!」

「うん、上品な甘さで美味い!」


 私は、素直に喜んだ。

「えへへ、良かった……」


 すると英樹は、小さな箱を取り出した。

「じゃあ、俺も約束を果たさなくちゃな」

「え? それってもしかすると……」


 英樹は、その箱を開けた。

「ジャーン!」


 それには、ダイヤモンドの指輪が入っていた。私は思わず、英樹に抱きついた。

「ありがとう!」

「結構、高かったんだぞ、これ。これからは、ちょっと節約しなきゃな」

「うん、するする!」


 すると英樹は、目を細めた。

「仁美、これからもよろしくな」

「うん。こちらこそ、よろしくお願いします。今回みたいにワガママを言うかもしれないけど……」

「まあ、その時は節約を頑張ってくれよ!」

「そうね、そうするわ!」と二人で、笑いあっていた。




 動画は、そこで終わった。私は思わず、つぶやいた。

「ああ、は良かったなあ……。英樹は、まだ和食が好きで、プランターにはイタリアンパセリじゃなくて、そら豆を植えていたっけ。ああ、なつかしいなあ……」


   ●


 それに引き換え今年は……。私は今年の十一月二十一日を思い出した。英樹がオムライスを食べビールを飲んで、二人は幸せそうで。だから、どんな問題も解決できると思った、あの夜。


 私が問い詰めると英樹は、あっさりと不倫を認めた。キャバクラで働いていて、ベランダで家庭菜園をする女だと言われた。しかも別れる気は無いと言われた。


「もういい、勝手にすれば?!」と私は、マンションを飛び出した。そして当てもなく、とぼとぼと歩き始めた。気が付くとL川の河川敷にいた。

「そういえば、ここにナイフを持った不審者が出たってニュースでやっていたわね……。そうよ、英樹なんて、そいつに刺されて死んじゃえばいいんだわ!」


 しかし、考え直した。

「そう都合つごうよく、いくはずないよね……」


 だがその時、ある考えがひらめいた。

「あ! 貴志! そうよ、貴志よ!」


 私は取りあえず持ってきたスマホで、貴志に電話をかけた。

『もしもし、貴志? 私、仁美だけど!』

『はい、何すか仁美さん。今、彼女と一緒なんすけど。まあ彼女は今、シャワーを浴びているんすけどね』

『そんなことだろうと思ったわ。一つ頼みがあるんだけど!』

『何すか?』


『私の夫を、殺して欲しいの!』

『え? 何の冗談じょうだんすか? 旦那さんを、殺して欲しいだなんて……』

『私の夫が、不倫をしていたの! だから殺して!』

『はあ、まあ理由は分かりましたけど、仁美さんの旦那さんを殺して俺に何のメリットがあるんすか?』


 私は、宣言した。

『もし殺してくれなかったら私は、あなたと別れるわ!』

『あー、それ、ちょっとキツイかも……。仁美さん、今の俺の彼女より、いいカラダしているもんなあ……』

『でしょう? だったら殺してよ!』


 貴志は、決心したようだ。

『まあ、いいか。浮気相手の仁美さんに貸しを作っておくのもいいか……』

『やってくれるの?!』

『はい、やりましょう。でも俺、旦那さんの顔を知らないんすけど』

『それは今から、LINEで送るわ。それと条件があるの』

『条件?』


『まず一つ目は、ナイフで殺すこと。二つ目はL川の河川敷で殺すこと。そして三つ目は明日、十一月二十二日の午後八時頃に殺すこと。そうすれば警察は犯人は以前、L川の河川敷に現れたナイフを持った不審者だと思うはず。あなたに疑いが、かかりにくくなるわ。そして私もアリバイを手に入れる』


 貴志は、安心したようだ。

『なるほど……。ちゃんと俺のことも考えてくれたんすね。いやー、ありがたいなあ』

『それじゃあ今からLINEを送るから、頼んだわね』

『はーい、了解でーす!』


 それから私は、市内のレストランに電話をした。明日、十一月二十二日の夜に、二人分の予約を入れた。もちろん真央には連絡せずに。真央を、こんなことに巻き込みたくなかった。いや、もしかしたら巻き込むことになるかもしれないけれど、その時は真央に正直に言おうと思った。


 そして私はマンションへ戻った。英樹は、いなかった。取りあえず私はパジャマに着替えて、寝ることにした。


   ●


 十一月二十二日の朝。私はビデオカメラの電源を入れ、去年の結婚記念日の動画を途中まで観た。そして十一月二十三日に、続きを観た。


   ●


 十一月二十四日


 午前十時。マンションのチャイムが鳴った。ドアを開けてみると、貴志が立っていた。

「へへー。今日は仕事が休みなので、きちゃいました」


 私は少し、あきれたが貴志をまねき入れた。

「きたものはしょうがないわね。さあ、入って……」


 そして聞いた。

「この部屋に入るところを、誰にも見られなかった?」

「はい、見られてないっすよ!」


 問題は、帰る時かと考えた。だが、もし誰かに見られても夫を亡くした常連客を、美容師がなぐさめにきた、ということにしようと思った。


 すると、貴志が聞いてきた。

「旦那さんを殺したのは俺なんだから、俺には当然アリバイなんて無いんすよ。大丈夫かなあ……」


 私は、断言した。

「大丈夫よ。警察がアリバイを確認するのは夫のまわりの人だけ。会社の人たちとか。警察が言っていたから間違いない。夫と何の関係もない、あなたがアリバイを聞かれることは無い。実際、そうでしょう?」


 貴志は、安心して答えた。

「ふう、確かにそうだ。聞かれていない。それを聞いて安心しましたよ」

「ところで凶器のナイフは、どうしたの?」

「はい。仁美さんの指示通り、血と指紋しもんき取って今朝けさ、新聞紙にくるんで燃やせないゴミとして捨てました」


 私も、安心した。

「そう、ならいいわ」

「ところで仁美さんと不倫関係になって、もう半年か……」


 私は、言い放った。

「不倫は遊びよ。そして人生には遊びが必要だわ」

「自分の不倫は良くて、旦那さんの不倫は許せないんですか? 勝手な人だなあ」

「いいじゃない、それが私の考え方なんだから。だから私たちの関係は今まで通り、表向きは美容室の美容師と、その常連客ということにしておいて」


 貴志は勝手にソファーに座り、ふんぞり返った。

「はいはい、分かりましたよ」

「それから右のふとももの傷のことなんて、人前で聞かないでよ」

「どうしてですか?」

「あなたが私の右のふとももの傷まで知っていたら、変に思われるでしょう? 私たちの関係がバレたら、どうするの?!」

「あ、なるほど。気を付けます……」


 そして私は、貴志に頼んだ。

「ねえ、タバコを一本ちょうだい」


 するといつものように「はい、どうぞ」と一本渡し、ライターで火も点けてくれた。


 一口大きく吸い煙を吐き出して、左手で前髪をかき上げると私は、考え始めた。今頃、警察は私のことを、どう考えているのかしら……。英樹の遺体を見た時、『誰がこんなことを?!』と叫んだのは、まずかった。あの時点では英樹が殺されていたことを知らないはずなのに。自殺や事故の可能性も、あったのに。


 それに十一月二十二日の夜、英樹のスマホに電話をしなかったのも、まずかったかも知れない。でも上手くいけば死人になっている英樹に、電話をかける勇気は無かった。だから十一月二十三日の朝、電話をかけた時には手が震えた。


 それと、もう一つ。L川の河川敷が心配だと言って実際、そこで遺体が見つかったのは出来すぎではないかと、思われないだろうか? しかし私は必死だった。早く遺体を見つけてもらって検視してもらい、出来るだけ正確な死亡推定時刻を割り出してもらいたかったからだ。じゃないと、せっかくのレストランでのアリバイが無駄むだになるからだ。


 でも、もういい。今のところ、私に疑いはかかっていない。完璧なアリバイがあるからだろう。それに真央のところにも警察は行っていないようだ。行かれると、ちょっとまずいか。真央はレストランの話など知らないから。


 すると、貴志が聞いてきた。

「仁美さん? 何か考えごとですか?」

「うん、でも、もう終わったわ」

「そうですか。あ、仁美さん、少しお腹がへったなあ……」

「ちょっと待ってて。何か作るわ」


 私は右手で輪ゴムをつかみ、キッチンへ向かおうとした。だが髪を短くしたことを、思い出した。あ、もう髪を束ねなくてもいいんだ。


 私は、聞いた。

「何が食べたい?」

「ナポリタン!」

「今、作るから、ちょっと待ってて」



                             完結

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【改良版】これは完全犯罪なのか? 久坂裕介 @cbrate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ