第4話 決意
カラオケの件があって以降、わたしに映る世界は違って見えてきた。わたしが学んできた「普通」は普通でなく、局所的にのみ成立する「普通」であることが、徐々に分かってきたからだ。と同時に、現代を生きたければそれらを捨て去りわたし自身を更新する必要があることも、認識し始めた。
この大学に来ていなかったとしたら、わたしの人生はどうなっていたのだろう。その疑問は、わたしの頭の片隅を始終占拠していた。島で生計を立てるか、良くて近くの市街地だろう。前者であれば古臭い「普通」しか知らず、それを忠実に守って人生を終えただろう。後者ではどうだろうか……
夏休みに入り、わたしは島に帰った。島も人も、何一つ変わることなくわたしを迎えた。
「都会っちゃどうや。ええもんかい」
夕飯の席で、先に帰宅していた兄がそう問いかけた。お嫁さんを市街地の自宅に残して、今日帰ってきたところらしい。いいところだよ、とだけわたしは答えた。
「せやけど、田舎の方が暮らしやすいやろ。都会の人間は冷たいけど、うちはみーんな優しい。みんな平等に助け合って生きてるからな。それが世の中の普通のことやと思てるからな」
いない人を悪く言う町内会の寄り合いや、育児をお嫁さんに任せっきりの兄自身のことは話題に出なかった。
ここの人たちは、外の世界ではとっくの昔に普通じゃなくなってることを普通だと思ってる。そのことに気がついているのは、ここではわたしだけだ。だから卒業したら、ここにはもう戻れない。わたし自身の人生のために。その思いは、帰省の度に強くなっていった。
わたしは幸いにも、広い世界の「普通」を手にすることができた。苦しい道のりではあったけれど、大学にいた四年間で世間並の「普通」を獲得した。けれど、きっかけがなくてそうできていない人たちが、世の中には恐らくたくさんいる。狭い世界から出なかった人、出たけれど何が「普通」か分からないままの人、分かろうともしない人……色々な形があるだろう。彼らが気づくきっかけになりたい。わたしはそう思った。
真の「普通」、真の「マナー」を広めること。これこそがわたしの使命だと、いつしか確信していた。だからわたしは、大学卒業後、マナー講師になった。かつてのわたしのように、誰かが目覚めることを願って。
うどんうんどう~初夏の目覚め編~ べてぃ @he_tasu_dakuten
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