第3話 故郷

 こんなことがあった。

 地方出身のため周りに知り合いがいなかったわたしも、徐々にサークルの人たちと打ち解けていった。五月の半ば頃、彼らはわたしをカラオケに誘ってくれた。朝までオールしようと言うのだ。嬉しかった反面、わたしには戸惑いもあった。

「そんなことしていいの?」

 率直にそう言うと、彼らはきょとんとした表情を見せた。

「紘目さん、こういう無茶なことは若いうちにしとかなくちゃ!」

 横で聞いていた先輩がそう答えた。

「卒業した先輩の話なんか聞いてると、歳と共にオールなんかできなくなるらしいよ。今のうちにやっとこう」

 わたしの意図は誤って伝わったようだ。

「いえ、そうじゃなくて……何というか、みんなやってることなんですか?」

「え、うん、みんなやってるよ?」

 何を聞かれているのか分からないと言った風に、先輩は答えた。


 わたしの故郷では、学生だけでカラオケなんかに行くことは、ましてやそこで夜を明かすなんてことは、最も不健全な行為の一つに挙げられていた。島にはそんな施設なんかなかったし、島の大人以外の情報源はなかったから、それが当然なのだとわたしは思っていた。だけどこの世界ではそうではないらしいことが、徐々に分かってきた。


 島での生活に、わたしは一応不満はなかった。カラオケなんかなくても、幸せに生きていくことはできると思っていたから。高校は島の外にしかなかったから、授業が終わると速攻で港に走って、十七時三十分の最終便に飛び乗らなければいけなかったけれど。それでも、島に生まれたわたしの生活に不満はなかった。父や母や、島の人はみんな一様にそういう人生を送ってきたのだから。それが人生というものだったから。


 港に近い高校でさえ最終便にギリギリなのだから、大学ではもっと難しくなることは分かりきっていた。女の子を大学に進学させたなんて例は島内にはなかったらしいから、わたしが高校三年生になった辺りから、両親は毎日頭を抱えていた。島から通える大学はどこかとか、最終便の都合があるから大学に配慮してもらわねばとか、そんなことを毎日議論していた。お前はどうしたいなんてことは、一度も聞かれなかった。ただただ両親の間で話が進められた。


 幸いにしてわたしは成績が良かったので、担任の先生が都市部の大学への進学を薦めてくれた。彼女に広い世界を見せないことは大いなる損失ですよ、とまで言ってくれた。その甲斐あって、両親も都市部への進学を検討し始めた。

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