【ゴスリリ】伝説のアイドル

前回のあらすじ


帝都入りした《三輪百合トリ・リリオイ》一行。

帝都での生活の中、伝説のアイドルユニットの帰還が話題になり……?







「いやさあ……やっぱり無理あるってこれ……」

「そんなことないですよ! とてもかわいいです!」

「かわいいってガラじゃないでしょ……」

「でっかくてかわいいんだから二倍よ二倍! お得じゃない!」

「君たちはそりゃ似合うだろうけどさあ……」


 分厚い緞帳越しにも感じられる期待と興奮の熱気の渦。

 きらびやかなステージをのぞむ舞台袖。

 私はこの期に及んで怖気づいていた。いや、この期に及んだから怖気づいたというべきか。

 明らかに場違いというか、どう考えても浮いている気がする。

 しかしいまさら逃げるわけにもいかない。

 ふたりはやる気満々で盛り上がっているし、フロアもとい観客席も期待に満ち溢れている。下世話な話をすればかなりの額の大金や利権も動いている。

 ここで逃げ出そうものなら私だけでなく大勢の首が飛ぶだろう。場合によっては物理的に。


 しかし。

 それでも。

 だけれども。


「やっぱりは無理だって……」


 鮮やかな色遣いに、華やかなフリルと装飾。

 アイドル衣装を着込んだ私は、初ステージを前に完全にビビっていた。


 ああ、どうしてこんなことになったのか……。







 私たちが帝都へたどりついてしばらく、帝都はある報せにお祭り騒ぎになっていた。


「なんだか急に賑やかになってきたね。なにかのお祭り?」

「ウルウ、なんか初帝都のお上りさんみたいなこと言ってますね」

「田舎者あるあるのやつじゃん」

「あ、ほら、号外出てるわよ」


 帝都の便利なところとして、何かあるとすぐに号外が出るので、情報伝達速度が田舎とは段違いということがあげられる。

 もちろん現代社会と比べれば時間がかかるが、それでも日刊新聞があり、その号外が頻繁に出るというのは、ここではかなり先進的なことなのだ。

 見れば興奮している人々も皆、号外を手にしているようだった。


 ほとんどまき散らされるようにして配布されているそれを拾い上げて読んでみれば、こんな見出しが躍っていた。


「《超皇帝》凱旋公演……?」

「おおおおおおお!! 《超皇帝》ですよ!!」

「えっ、なに、有名人なの?」

「有名も有名ですよ! なにせ帝国一のなんですから!」

「アイドルぅ……?」

「そうよ。ま、言ってみれば当世風の歌姫っていうか」


 まあ、聞いてみればそれはまさしく私の知るアイドルだった。

 歌って、踊って、笑顔を振りまいて、人々を笑顔にして。

 きらめきとあこがれを一身にまとったまさしく偶像。


 そして《超皇帝》なる二人組はそのアイドル文化の走りであり、いまなお伝説を更新し続ける帝国最大の人気アイドルユニットなのだとか。


 最初は場末の酒場で小さな演奏会から初めて、新奇な拡声魔道具や照明機器、奇抜な演奏手法や演出を用いて人気を獲得、ついには帝都最大の屋外劇場で収容人数大幅オーバーの一万人超(諸説あり)コンサートで伝説に至ったとかなんとか。

 話だけ聞けばなんともすさまじいシンデレラストーリーだ。

 いくらか持っているとしても、《超皇帝》がアイドル文化を作り、その後追いであるアイドルたちが雨後の筍のようにわいてきているのは事実であるらしい。


 その伝説的アイドルユニットが、全国興行を終えて帝都に帰ってくるというニュースらしい。

 辺境にも来たらしいけど、リリオはちょうどそのころ私たちとヴォーストで過ごしてて、ちょうど入れ違いだったらしいんだよね。すっごく悔しがってた。


 中世から近世、部分的には近代くらいのヨーロッパみたいな世界観を感じさせるこの帝国は、あえて含みを持たせてと言ってもいい。

 ただ、それもそのはずというか、この世界の人々は神々が遊んでいるボードゲームに配置された生きてるNPCのようなもの……というか、生きてる知的生命体を使って盤上遊戯をたしなんでるクソ邪神どもの遊び場みたいなものなのらしいので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


 コーヒーもあればジャガイモもあるし(そもそも異世界の作物に関して史実どうこう言うのはナンセンスだが)、バレンタインデーやクリスマス相当のイベントもある。なぜならば神がそうあれかしとお望みになられたから……つまりってことだ。神にとって。


 だから「アイドル」なんて言う現代的というか日本的な職業が存在して、ライブやらトークショーみたいなことなんかもやっているという話を聞いた時も、呆れはしてもそんなもんかと受け止めてしまった。ダメな意味で慣れてしまっていた。

 しかし慣れてきていたからこそ、怪しむべきだったのだ。

 なぜ現地語アイドーロではなく、日本語アイドルの発音そのもので呼ばれているのかということについて。


 この世界でもアイドル文化あるなら、声のいい子もいるのかな、ちょっとチェックしておこうかな、なんて呑気かましていてはいけなかったのだ。

 《超皇帝》が凱旋公演をするにあたり、前座というか賑やかしというか、有力アイドルグループたちが熾烈な争いを繰り広げているのだと聞いてものほほんとしていてはいけなかったのだ。


「あなたたち! アイドルやってみない!?」

「えっ」

「なに?」

「……はあ?」


 そして、そんなあやしすぎるスカウトに、リリオが乗り気だったからと言って乗っかってはいけなかったのである。


「いいわよいいわよ! 顔がいい! 姿勢もいい! 声もいい!」

「いやあ、照れますね」

「そうよそうよ、もっとリリオを誉めなさい」

「あなたもいいわ! ! ソロでもいいのに二人並ぶと最高にいい!」

「まあ、これでも武装女中だし?」

「いいですよ、もっとトルンペートを誉めてあげてください」

「それに!」

「……………えっ?」

! それだけのモデル体型、帝国じゃ初めてだわ! 舞台映えすること間違いなし! それが小柄な二人に挟まれて……いいわね! あなたセンター向きよ!」


 ふたりを勧誘し始めた小柄な娘の目は、私をまっすぐ見つめていた。

 《隠蓑クローキング姿


「なんで見えて……」

「え、あらら? あらー…………あ、もしかしてあんたエイシス!?」

「…………オデット?」


 馬鹿みたいにでかいサングラスのように見えるをつけたり外したりしながら私をまじまじと見つめてきた彼女。

 彼女は私のゲーム内での名前を呼び。

 そして私も気づきえば彼女のハンドルネームを呟いていた。


 その髪はきらきらと燐光をまとう金色で、その瞳は揺らめく水面のような青。

 その背には半透明な蝶のような羽を揺らし、その耳は笹穂のように尖っていた。

 それは《エンズビル・オンライン》における妖精ピクシーの特徴そのものだった。


 彼女こそは、《エンズビル・オンライン》において『アイドル特化』なる振り切ったパフォーマンスで数万人を魅了した、稀代のネットアイドル。


  妖精ピクシー

 《歌姫プリマドンナ》。

 《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》。

 《金色の歌声》のオデット。


 そして、そう。

 彼女こそがこの世界で初のアイドルとして伝説になった《超皇帝》の片割れなのだった。






「なんてことがあったのまではいいけどなんで私がアイドルやらなきゃなんないのさぁああああ……ッ!」

「ウルウがえーえすえむあーるとやらに負けたからですけれど」

「いつも二人に負けてるのにオデットまで加わったら勝てるわけないでしょ!!」

「やーいざーこざーこ♡」

「トルンペートうっさい!」


 私のアイドル衣装が見たいとかいうリリオとトルンペートに耳元でねだられた上に、オデットにも耳元でささやかれたら、声が良すぎて脳直で「はい」しか言えなくなるのは仕方ない。


 まあその結果がこのアイドル衣装で、これから前座とはいえステージに立たなきゃいけないんだけど。


 幸い露出度はそんなに高くはないけど、それでも胸元とかふとももとか見えてるのは落ち着かない。普段こういうの着ないし。普段シックとは名ばかりの地味な恰好しかしないからなあ……。

 リリオとトルンペートは大喜びで『チェキ』として流通しちゃったらしい簡易カメラで私を撮りまくってる。それクッソ高価いって聞いたけど……。


「いや、やっぱり無理だって。こんなでかい女……」

「身長高い方が舞台映えするに決まってるでしょ。それに、諸星きらりだっておっきいくてかわいいでしょ!」

「諸星きらり出すのはずるい…………っていうか並べるのは身長くらいじゃん」


 私がステージ前の緊張でネガ入ってるとオデットがフォローになってるのかどうかわからんフォローを入れてくる。

 言っても私はきらりちゃんじゃないし……この前無理やり身長はかられた時はきらりちゃん超えてたし……。


「こんだけ身長差あるとほら、見栄えが良くないっていうか」

HappyHaハピハピppyTwinツイン☆より身長差小さいでしょ!」

「あんきらは強いからなあ……」


 ちっちゃいちっちゃい言うけど、リリオはこれで140半ばくらいあるしね。

 なんだかんだ成長期なのか出会った時よりちょっと伸びてるんだよね。

 毎日見てるからか、ちゃんと測るまで気づかなかったけど。


「大体、私もう二十七だよ? この子らは十五と十七。一回りくらい違うし……」

「シンデレラ一門にはよくいるわよ!!」

「よくいるんだよなあ……」


 何なら年上もいるから何の言い訳にもならないといえばならない。


 っていうか言い訳を重ねるたびにいろんなところから怒られそうだからそろそろ黙るか。名前だけだから大丈夫だとは思うけど。というか異世界までは叱りに来ないで欲しい。


「ウルウ。大丈夫ですよ。ウルウはとってもかわいいんですから!」

「うう……だからそういう柄じゃないんだよなあ……」

「なに言ってるのよ。あんたがかわいいのはあたしたちはよく知ってるわ」

「…………トルンペートは含みがあるからなあ」

「夜のかわいさはあたしたちしか知らないわね!」

「トルンペートそういうとこ!!!!」

「あっはっはっはっは!! ほんと仲いいわね!」


 最初に私が二人と結婚してると聞いたオデットは動けなくなるまで爆笑して相方に回収されてたけど、すぐにそれさえも私たち……臨時アイドルユニット《三輪百合トリ・リリオイ》の売り文句にしてしまったのだから、もはや私の恥はどれくらい積み重なっているというのか。

 いやまあ、ふたりとの関係が恥というわけではないけど。単に私が照れて恥ずかしくなってるだけで。


 ここまで恥をかいたなら、もうどれだけ重ねても一緒。

 では全然なくてスリップダメージが重なるんだけど、それでも私は自分にそう言い聞かせた。

 自分が恥ずかしいのはしんどいけれど、それでリリオとトルンペートに恥をかかせちゃったらしんどいじゃすまない。

 世界で一番格好良くてかわいい二人のアイドル姿の撮影を、オデットには依頼しているのだから。


 こうして、私たちはその日限りのアイドルユニットとして帝都市民一万人の前で歌って踊って、帝国アイドル史の片隅に名を残すのだった。


 なお、余談ではあるが。

 終わった後の撮影・握手会とやらで撮影された写真の一部が、後に新聞にまで掲載されて追撃ダメージが入るのだった。






用語解説


・超皇帝

 帝都から発信された一大ムーブメントにしてパフォーマンス集団。アイドル。

 全く新しい歌謡と舞踊を舞台の上で披露し、万単位の観客を沸かせるという。

 メインは二人組の半神で、それに随時バックダンサーや伴奏がつく形である。

 興行と称して帝国各地で公演を行っており、困惑とともにその人気は高まっている。

 最近ではファシャにも興行に行っており、その際トチ狂った皇女の一人が追っかけとしてついてきてしまった。


・オデット

 本名:形代かたしろくるみ。

 ゲーム内ではピクシー種の《歌姫プリマドンナ》。

 ギルド《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の賑やかしで、高いコミュニケーション能力でギルドメンバーを集めた立役者。

 現在はアイドルグループ「超皇帝」の片割れとして帝国各地を飛び回っている。


・握手会

 帝国ではめったに見かけない超高身長女性がはにかみながらかがんで握手してくれたり、身長差をわからせながら記念撮影してくれることで、いろいろ破壊された人々が続出したとか。

 この後一度もアイドル活動をしていないため、ある意味伝説になったとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異界転生譚短編集 長串望 @nagakushinozomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る