エピローグ:僕の帰る場所
現在
リノール公国、セペティの洞窟で起きた怪事件を無事解決した、カトル・ラーム傭兵団の面々は、それぞれの住処へと帰っていった。
ミッシェルも、現在の「家」である『カトル・ラーム』のギルドへと戻った。
「あ、マスター、お帰り〜」
「ご無事で何よりです」
「お疲れさまでした」
扉を明けて中に入ると、ギルドのスタッフ達が、元気な声で出迎える。
「ただいま。みんな留守をありがとうね」
ミッシェルが、立ち上げた傭兵のギルドは、予想以上に盛況だった。
更に、鷲頭の財務・経理担当者が辣腕をふるったため、ギルドは瞬く間に黒字運営になったどころか、傍らに交易品を取り扱う商会まで立ち上がった。
ウリエルが気まぐれに開いていた診療所にも、腕のいいスタッフが集まるようになり、本格的に病院として立ち上げるプロジェクトまで進んでいる。
ささやかだった夢が、多くの人との出会いの中で、繋がったり共鳴したりしながら少しずつ広がり、何やら大規模事業になってしまった事にミッシェル自身も驚いている。
着替えを終え、仕事用のデスクに腰を下ろし、溜まった書類に目を通していると。
ドアを軽く叩く音がして、ミッシェルは顔をあげた。
「お帰りなさい」
事務リーダーの女性が、銀のトレイにティーカップ2つとポットを乗せて入ってきた。
「うん、ただいまサラ。いい香りだね、レモングラスかな?」
「ええ、レモングラスとジンジャーよ」
ミッシェルは、お茶を注がれたカップを受け取った。
一口飲むと、爽やかな柑橘の香りと、スパイシーなジンジャーの味わいが口の中に広がった。
「美味しい、疲れが取れるよ。ありがとう」
「どういたしまして。それで、リノールはどうだったの?」
サラは、椅子に座ると眼鏡を外した。
「今回のは、3年前の出来事に触発されて類似薬を作った錬丹術士の手による事件だった。術士は捕まり、拘束されていた少女達は無事解放された。ウリエルが、解毒方法は分かりそうって言っていたから、薬を飲まされた子たちは何とか回復しそうだよ」
「そう。早く良くなって欲しいわね」
ミッシェルの報告にサラは、安堵しながらも表情を曇らせた。
「そういえば、フィオレ様に会えたよ」
「お元気だった?」
「うん。ちゃんと『お姫様』していて面白かった。そして、結婚式はいつかって聞かれたよ」
ミッシェルお茶をひと口飲みながら、チラリとサラの瞳を見た。
「っ! もう……あの子、そういう話、好きなのよね」
サラは一瞬咳き込んだ。
「僕はいつでも良いよ。約束があっても無くても、僕の心は変わらない。もう、随分前から、君のいる所が、僕の帰る場所だからね」
ミッシェルは優しい笑みを浮かべる。
「あなたは、何度私を恋に落とせば気が済むの?」
「仕方ないよ。昨日よりも今日の方が君を好きになっているんだもの」
照れたサラは、立ち上がると、ミッシェルの額に唇を当てて誤魔化した。
ミッシェル・オネットの今は、幼い頃描いた夢とは程遠いものになってしまった。
ミッシェルは思う。
傭兵であれば争いや暴力は避けられないし、叶えたいものの為に「金」や「名誉」を使う事もある。仕事は、途切れる事なくやってきて、のんびりできる時間は少ない。
しかし今は、そんな毎日を楽しく愛おしく感じる。
穏やかな死を迎えることは難しいかもしれないが、大切に積み重ねた日々なら、きっと悔いを残さない。
色々な人の居場所となったここで、愛する人の隣で。
カトル・ラーム傭兵団 碧月 葉 @momobeko
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