第8話 四つの刃
「ヤバイなあいつら…… 強さが神がかっている」
サイモンは、少し離れた場所から雷や炎の踊る戦場を見つめて呟いた。
「サラ、怪我の具合は?」
フィオレが心配そうに見上げた。
「ええ、本当に大丈夫。さっきの人は、腕の良いお医者様ですし」
「手当てもできて、戦えて……あのお兄さん達、何者なの?」
フィオレが訊ねた。
「黒髪の人はプラターヌ教団の騎士だと思うのですが、他の3人は私も良く分からなくて」
ミッシェルの事を知りたいのが本音だが、サラは落ち着いた声でサイモンの方を見た。
「あの人達は、傭兵だよ」
「傭兵?」
「そう。だが、彼らはただの傭兵じゃない。『剛腕のガブリエル』『銀風のラファエル』『龍眼のミッシェル』。皆、二つ名を持つ一流どころだ。あの人達が来なかったら、俺は今頃、あの女怪達の腹の中だったな。よくここに来てくれたって感じだよ」
3人は期待を込めて戦場を見つめた。
視線の先では、立っている敵はデア1人となり、彼らを苦しめた怪鳥は全て地面に倒れ落ちていた。
「観念するんだな」
ウリエルが双剣を構えながら告げた。
「お前らは、私の価値を分かっていない。私は世界最高峰の聖職者で医師だ。神に選ばれた特別な存在だぞ!」
デアは据わった目で喚いた。
「すっげー自信。っていうか勘違い?」
ガブリエルが呟く。
「馬鹿ども。いいか、私は救世主なのだ。女達を苦しみから救ってやっている。肉体的にも、社会的にも、経済的にも弱く、身を守る術がない奴らに、私は力を与え、解放してやった。この世の誰にも出来ない救済だ」
デアは陶酔して語った。
「あれが救い?」
ミッシェルのこめかみには、うっすら血管が浮き上がった。
「そうだ。社会の隅に追いやられ、全てに絶望した女達は、喜んで私に縋ったさ。自分を嬲った男どもを食い尽くし、妬みや敵意を向けていた奴らを引き裂く力を得られるんだ。私は、人々に最高のギフトを与える至高の存在だ。研究を続ければ、人類の夢、不老不死さえも叶えることが出来る! そんな私を教団の檻に閉じ込めるなど、人類の損失だと思わないか?」
デアは、ケタケタと笑った。
「怖っ」
「罪なき人を殺めて……罪の意識も自責の念も無いとはな」
「医術が愛を無くしてどうすんだ」
「貴方のやってる事は、誰のための行動? 都合良く、
4人はそれぞれ怒りを露わにし、武器を構えた。
「やはり理解出来んか。低能どもめ」
デアは、懐からガラス瓶を取り出し、その中の真っ黒な液体を飲み込んだ。
そして、このまま死ぬのでは無いか思うほどの叫びをあげた。
「自裁か?」
「いや、魔力が消えていない……ほら」
「キモっ」
ボコボコと音を立てて、デアの姿が崩れていく。
頭は三つに増え、それぞれの顔には6個から10個ほどの目がギョロついている。
頭には牛や山羊の角のようなものが生えて、下半身は獅子のよう毛むくじゃら、そこにワニのような尾がついて揺れていた。
「
動いたのは、ウリエルだった。
双剣で空に魔法円を描くと、デアめがけて飛ばした。
黒い大きな輪になったそれは、デアの体を囲むと締め上げようと縮まったのだが、そのまま吸収されてしまった。
「ちっ、闇魔法は効かないのか」
ミッシェルは、魔力を高めてジッとデアを睨む。金の光が虹彩を彩る。
「いや、魔法攻撃全般が効かないみたい、だから……切って!」
ミッシェルが言うや否や、剣を構えてラファエルとガブリエルが駆け出す。
デアの右の顔が炎を吐き出した。
ガブリエルは、大剣を振るって炎を払い、ラファエルは巧みに避けながら進んだ。
デアの左の顔が息を吸い込むような動作をした。
「くるぞっ!」
ガブリエルが叫んだ。
デアが大きく口を開き、真っ赤な針太い針を無数に吐き出す。
大剣を盾のように動かすガブリエル、一方ラファエルは素早い剣捌きで叩き落とし、止まる事なくデアの間合いに入った。
ザンッ
シュンッ
2人の剣は弧を描き、デアの首が2つ飛んだ。
「な゛な゛な゛」
デアは言葉にならない声をあげていると、いつの間にか背後に回っていたウリエルが、詠唱しながら双剣をその首元に突き立てた。
デアは咆哮を響かせ鱗がびっしり生えた腕を振り上げるが、双剣から立ち昇る黒い靄が動きを封じた。
「
ミッシェルが唱えると、彼の掌に乗った、ヒイラギが彫刻された宝石箱ような小箱から、真っ直ぐに複数の光の鎖が伸びていく。
それは、身動きが取れずにもがくデアを巻き取ると、あっという間に箱の中に引き摺り込んだ。
カチャリ
「捕獲完了」
ミッシェルは箱に鍵をかけた。
東の空は薄紫に染まっている。
「みんな、ありがとう。お疲れさま」
ミッシェルが労う。
「俺は、かなり助かった。1人だったらこう簡単にはいかなかったな」
ウリエルは、そう言って地面に転がっている二本の剣を拾った。
「俺達、かなり良いチームじゃね。おっし、やっぱ一緒にやろう、ラファエル。いいだろ ? 世界最強の傭兵団になっちまおうぜ」
「私は、結構忙しい…… と言いたい所だが、お前達とつるむのも面白い、なんて思ってしまっているよ」
「そうこなくちゃな。こっちは副業でも良いからよ」
ガブリエルがそう言って、ラファエルの背中をバシバシ叩いた。
「俺も、あんたがいた方がやりがいがあるな」
ウリエルがそう言って、ラファエルの方に視線を流した。
ラファエルは顔を引き攣らせたが、ミッシェルの瞳は輝いた。
「え、ウリエル?」
「ああ。入れてくれるなら、俺もな。まぁ、教団から完全に足を洗う事は無理だろうが、適当に名誉騎士にでもなって、軸足をこっちに移す位ならできるだろ。どうだ、ミッシェル。医師付きのギルドってのも良いと思わないか?」
「本当に? みんな乗ってくれるの?」
ミッシェルの問いに、ガブリエル、ラファエル、ウリエルが笑顔で頷く。
「君の夢に」
「お前の夢に」
「あんたの夢に」
3人が、それぞれ剣を掲げる。
「夢に」
ミッシェルも剣を掲げ、4つの刃が音を立てて合わさった。
∗∗∗
小さな鞄に私物は全て詰め込み終えて、サラは部屋をぐるりと見渡した。
ほぼ半年の間、家であった場所。
お姫様を守りきり、「王子様」との再会もあった。
大変ではあったが、後々悪くない思い出として蘇る事だろう。
来る時は一緒だったサイモンが何故か先に帰ってしまったので、支度を終えたサラは、世話になった塔の衛士などに別れを告げると、ひとりで外に出た。
見納めに、石造りの塔を見上げていると、愛しい匂いがした。
鼓動が高鳴る。
「出立かい?」
「ミッシェル様……」
柔らかい微笑みを浮かべて、ミッシェルが声を掛けてきた。
「あ、様付けはやめてよ。僕は一介の傭兵。君に『様』づけされる覚えはないからね。敬語も無し」
「……ミッシェル。もう立つわ。私の役目は終わったから」
「お姫様は家族の元に帰ったものね。黒幕らしい貴族も捕まったことだし、ひと安心かな」
「ええ、それに、大公
サラはそう言った後、しまったという顔をした。
「……本当は、娘じゃ無くて、孫娘なんでしょ」
ふと距離を詰めてミッシェルが耳元で囁く。
サラは息を呑んだ。
そっと離れたミッシェルの目が悪戯っぽく輝く。
「……気づいていたの?」
フィオレは、10年前に他国へ嫁いだ大公夫妻の娘が、密かに産んだ子だということを。
「実は、僕の依頼人に違和感があってね。ヴィアを守りたい気持ちを越えた必死さがあったんだ」
「その人って……」
「うんおそらく彼女の、ね」
(父親か)
若く、盲目な恋の果てを思い、サラは溜息をついた。
「今回の件、僕に仲介してきた人は、かなりのクセの強い人でね。ただの魔物事件じゃ無いと思ってはいたけれど…… ホントお節介なんだから」
ミッシェルは、口調の割には柔らかい笑みを浮かべる。
そして、真剣な表情でサラを見つめた。
「ねえ、君はこれからどうするの?」
「どうって、教団に戻るわ」
「そこに、戻りたい?」
「私には、教団しか帰る場所は無いもの」
「……僕のところに来てくれないか」
「え?」
サラの頬がうっすら赤くなった。
「あ、えっと。違っ」
まるで、プロポーズのようになってしまい、ミッシェルは焦った。
「ええと、僕はこれから、傭兵ギルドを立ち上げるんだ。だから、書類の処理や来客の応対をしてくれる人を探していて……」
少し早口で説明するミッシェル。
「事務員を募集って事? 気を使ってくれてありがとう。でも……」
変な期待をしてしまい、恥ずかしさを覚えたサラは、落ち着いて誘いを断ろうとした。
その様子に、ミッシェルは更に慌て、覚悟を決めた。
「ゴメンっ。やっぱり違わない! 気づかいとかじゃ無くて、僕が来て欲しい。というか…… 君のことが好きなんだ」
サラは、息をのんだ。
しかし、一瞬目を瞑ってから、ゆっくりそれを吐き出した。
「ミッシェル、私はもうあの時の私じゃ無い。姿形だけじゃないのよ…… 貴方は、私を知らなすぎる。貴方の側にいる資格なんて私にはないわ」
サラは、必死に自分を落ち着かせると、静かに伝えた。
それを聞いて、ミッシェルは首を振った。
「僕だって何年も傭兵をしてきたんだ。あの頃のままじゃ無いのは、僕も一緒だよ。資格が無いのは僕の方かも知れない。あっさり振らないで、僕にチャンスをくれないか?」
俯くサラの手をとり、ミッシェルは跪いた。
「困るわ」
そう言ってサラは、手を引き抜こうとした。
しかし、ミッシェルは離さない。
「サラ、逃げないで。僕はね、昔からずっと君に心を囚われていた。でもそれは、幻想だったって分かった。現実の君は、凛々しくて、優しくて、もっと素敵だよ。惹かれずにはいられないんだ。もっと君の事を知りたい、僕の事も知って欲しい。全てじゃなくいて良いから。……お願いだ」
ミッシェルは、サラの手の甲に軽く唇を落とした。
「昔、あなたの事が好きだったの」
「今は?」
サラは、しゃがみこんで目の高さを合わせた。
「今は、好きになってしまいそうで怖い」
「……怖くないよ」
ミッシェルは真っ直ぐサラを見つめる。
(好き。この心に従っても構わないのかしら? …… さぁ、勇気を)
サラはミッシェルの想いに応えるように、彼の指先にキスをした。
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