最終話 沙織とユリィの約束
「さあ、ゲームプレイヤーのサオリよ。片翼を失った聖騎士に堕天使の片翼を授けます。聖騎士は自由の両翼を羽ばたかせ、ゲーム世界を脱出するでしょう。数多の記憶の欠片を胸に抱いて、現実世界へ戻りなさい。
元気でね…沙織ちゃん」
「…嫌」
「聖騎士サオリ?」
「ぜったいに!イヤだ!!!勝手なことばっかり言わないでよ!
ゲーム世界のプログラム?そんなの関係無い!沙織は絶対にユリィと二人でログアウトポイントまで行くの!絶対に行くんだから!」
「ワガママ言わないで…沙織ちゃん。もう時間が無いの、システムの再起動に巻き込まれたら、沙織ちゃんまで消えてしまう。それだけはさせないよ。」
何か方法は無いの!?本当に沙織しか脱出できないの?考えろ…考えろ!
その瞬間、優しく包み込むような、そよ風が私の頬を撫でた。
「風…そうだ!風を起こせば良いんだよ!ユリィの闇魔術で台風みたいな大きな風を呼び出して、飛び出せば行けるよ!」
「台風?確かに風を掴んで、天高く舞い上がれば片翼でもログアウトポイントまで滑空することが出来るわね。でも…やっぱり無理だよ。そんなに大きな風を呼び出すには魔力が足りないみたいだわ。」
「…」
「何か、闇魔術以外で風を呼び起こせれば良いんだけど」
「闇魔術以外…」
風ってどうやったら吹くんだろう?風、台風、天気予報、あっ…
「上昇気流。理科の時間に習ったよね。温かい空気と冷たい空気がぶつかると発生する。」
そうか、必要なのは温かい空気と冷たい空気…それなら!
「滅びの大地は太陽が遮られて凍てつく寒さだよ。冷たい空気はもう有る!あとはとびきり温かい空気さえあれば、二人で空まで跳べる!」
「とびきり温かい空気?そんなの何処にあるの?」
「もう!ユリィも一緒に考えてよ!ゲームプログラムなんでしょ!頭良いんじゃないの?」
「うっ…ごめんなさい。そうだ!ユリィの肺活量で嵐を起こすよ!温かい風よ吹けーぶーーー!」
「ぷっ、あはは!ユリィがゲームプログラムなんて信じられないよ!」
「あっ!ひどーい!ユリィは全知全能のプログラムなんだよ!見てよ!このタイピングの速さを!」
ユリィは何処からかパソコンのキーボードを取り出した。
「カチャカチャカチャカチャカチャカチャ…ここで華麗にENTER!タタタターン!どう?凄いでしょ!サオリ!(どや顔)」
「…」
「警告:システムの強制再起動を開始しました。繰り返します、システムの強制再起動を開始しました。」
「あーっ!!大変だー!こんな馬鹿やってる間に、世界が滅んじゃうー!」
「もう駄目だー!ユリィ!!」
「沙織ー!!」
私達は抱き締めあった。だけど…
「あれ?世界が滅ばないね。」
「うん、まだ無事みたい。」
なんだか分かんないけど、チャンスだ!
「早く温かい風を起こそう!まず小さな風を闇魔術で起こして!それなら少しの魔力でも大丈夫だから!」
「うん、分かった。」
風の精霊よ
我の命に答えよ
柔らかなそよ風の温もりを凍てつく大地に吹かせよ!
「やった!少しだけど温かい風が吹いてきたよ!」
私達の周囲に風が渦巻き始めた。あとはこの種風を大きくすれば、上昇気流が起きて、体が浮かぶはず!
「次は火だよ!少しで良い…ホムラの炎で空気を暖めよう!」
「うん、炎だね。」
ユリィは掌に微かな炎を生み出した。
「ごめんね、もうこれだけしか…」
「大丈夫!任せて!」
私は燃える物を周囲から、かき集めた。
「枯れた枝があったよ!これを燃やそう!」
私は枯れた枝を燃やそうとしている。だけど枯れた枝は凍てつく大地の影響で凍っていて、とても燃えそうに無い。
「どうして、火が付かない…」
「サオリ、もう止めよう」
「そうだ!髪の毛!私の髪の毛を切って、少しでも燃やそう!燃やして、温かい空気を…」
「サオリ!」
ユリィは震える私をしっかり抱き締めた。
「沙織ちゃん‥…もう十分だよ。そんな事しなくていいわ。女の子なんだから、自分を大切にしてね」
「ユリィ…でも、燃やさないと。風を起こさないと、二人で帰れないよ」
「仕方ないよ、こんなに頑張ってくれたから。ユリィはそれだけで嬉しいよ」
「ユリィ…」
腕の中ので私は泣いていた。
「おねがい…神様。お願いだから、ユリィと最後まで一緒に居させて、お願いします」
頬をポツリと涙が流れて、滅びの大地に落ちる。
その瞬間、突き上げような激しい衝撃が襲ってきた。
「きゃあ!ユリィ!」
「サオリ!」
私達はしっかり離ればなれにならないように抱き締めあった。
「これって、地震!?」
大地に亀裂が生まれ、地割れとなって地の底が現れる。立ち上がる事は出来なかった。自然の力に身を委ねて、されるがままだ。
「あれは…溶岩!?」
大地の底から紅蓮の炎が沸きだし、天に向かって灼熱の空気が周囲を包む。
「熱いよ!熱い空気だ!」
灼熱の大気に凍てつく空気が急激に流れ込むと、大気は渦を巻いて空まで舞い上がる。
「身体が浮いてきた!ユリィ!」
私達は吹き飛ばされそうな勢いに負けないように、しっかりと手を繋いだ。
「行こう!大空へ!」
手を繋いだ天使と騎士は足りない翼を埋め合って、再び翔び立った。
ふと大地を見下ろすと、不気味な巨人が大地の割れ目から私達を見ていた。少し怖いけど、不思議と手を降って、優しく見送っているように見える。バイバイ、怖そうな巨人さん。
どこまで行くんだろう。大地の噴火は想像を遥かに越える勢いで続いてる。
視界は霧に遮られて、何も見えない。手に伝わる感触だけが、私とユリィを繋ぐ唯一の繋がりだった。上昇は止まらない。風を掴んだ二人はどこまでも羽ばたいて行くのかな。そんなことを考えていると、急に視界が開けた。
「眩しい!」
目が眩むような強烈な光が視界に飛び込んできた。しばらくして、ゆっくりと目を開くとそこは、一面の青と暗闇が混じり逢う空間だった。
「ここは、宇宙!?」
「いや、成層圏よ!ほら、下を見て!まだ地球が見える!」
眼下の地球は大半が暗雲に包まれているけど、雲の切れ目から僅かに地上が見える。
広大な世界が広がっている。私達が居た最果ての地は世界の末端だった。
果てしなく広がる世界は人の認知を遥かに上回る計算量で構築されている。膨大な物理法則が複雑に絡み合い、森羅万象の機能が自然、生命、宇宙に存在している。
1000テラバイト?1000ヨタバイト?いや、不可思議バイトでも足りないかな?
人間の想像力は神秘で溢れている。
「これがサイバーDIVE」
神が与えし知恵の実
「ユリィ、凄いね…本当に凄いね!」
「うん。サオリ!こんなに凄い景色を見たこと無いわ!忘れない…絶対にこの日を忘れないわ。」
「私だって!絶対、忘れないよ!」
私達は痛いくらい強く、強く手を握りしめた。
「よし!このまま風に乗ってログアウトポイントまで飛んでいこう!」
「しゅっぱーつ!!」
空を翔ぶコツを知ってる?風を掴んで流れに身を委ねると、上手に翔べるんだよ。翼を少し傾けるだけで、空に自分の軌跡を描けるね。ユリィはどんなアーチを描くのかな?
私はどんな夢を描くのかな?ユリィと一緒なら何でも出来ちゃうね。
ずっと一緒だよ
「サオリ!危ない!後ろだ!」
「えっ…」
私は咄嗟に翼を傾けて旋回軌道を飛んだ。直後に虚無の断裂が私の居た場所に走る。
「気をつけて!あれはシステムの再起動がもたらす、虚無の断裂!あれに触れたら、虚無に囚われてゲームオーバーだよ!」
「虚無の断裂…」
背後を振り返ると、幾何学模様のように大地を、空を、宇宙を呑み込んでいる。世界を滅ぼすイカヅチすら虚無に呑み込まれて、跡形も残らない。暗雲にプロジェクションされた、この世界の人々が見える。幸せな家族の思い出、僅かな夢が叶った瞬間、信じてもらえない悲しい記憶、ありふれた退屈な日常、全てが無に帰する。
これで良いのかな?
私達だけログアウト出来て
それで世界は救われるのかな?
「逃げちゃ駄目だ…」
世界の再構築を止めないと!
その瞬間私の心から眩い光が溢れだして、周囲を包み込んだ。光は虚無の断裂を包み込むと、その場所だけは世界の再構築が止まっている。
「そうか…これなら!世界を救える!」
ウルスラの盾に瑠璃色の輝きが再び戻る。バプティスムの鎧が希望のスペクトルを放つ。
聖騎士の装束がサオリの勇気と優しさ、気高き魂に呼応して最期の姿へ生まれ変わる。
聖騎士サオリ NEWテスタメントフォーム
ゲオルグランスよ
君の矛先は誰かを傷付けない
私の記憶を与えるから
ちょっぴり力を貸してね
聖騎士サオリが要請する
我の祈りを十三の信徒に委ねる
滅びの世界に希望の光を届けよ
世界の再構築はここで食い止める
ここに新たな契りを交わそう
永久の約束はここに成立した
さようなら
また会おうね
我の愛し子よ
ゲオルグランスはその身を引き裂いた
十三の信徒はそれぞれ導かれる
あるいは大地へ
あるいは空へ
或いは宇宙へ
再会の契りを夢見て
それぞれの使命を果たすために
「サオリ、これで世界はどうなるのかしら?」
「分からない。けど…」
私は役目を果たした。闇が絶望をもたらしたように、光は希望を運命に委ねた。
「行こう…サオリ」
「うん…」
私達は帰る。フタリで…
「せーの!」
GAME CREAR!!
「プレイヤーのログアウトを確認しました。チェックポイントダンプによる復旧を開始します。繰り返します…」
暖かい日差しが窓から差し込んでいる。もうすぐ春だね。
この病室に来るのは何度目だろう。最初は憂鬱な気持ちだったけど、今は違う。
私の中で何か変わったのかな?何気ない景色がこんなにもキラキラ輝いて見える。柔らかな風に包まれて、私はマスターを見詰めている。
ねえ、マスター。貴方はどんなゲームが好きなの?フォームナイト?それともパズルタイガーかな?紅茶派?それともコーヒー派?沙織はねブラックコーヒーが飲めないんだよ。苦いからお砂糖とミルクを沢山入れちゃうの。
沙織ね。実は以外とおしゃべりなんだよ。リアルで話すのは少し苦手だけど、ゲームの世界なら沢山話せるんだ。マスターも人見知りだったりするのかな?
「あれ、僕は?」
誰だろう、凄く懐かしい女の子が居る。
「えっと…君は?」
「おかえりなさい。マスター」
「右目が…右目が疼くぞー!我には見えるぞ、邪神ゲルゲ!闇魔術を食らいなさい!スキル…高速詠唱!!トールバニラソイアドショットチョコレートソースエキストラホイップアンドキャラメルへーゼルナッツアーモンドウィズキャラメルソースフラペチーノ」
そう、百合ちゃんはオリオンバックスコーヒーの常連なのだ。
「はぁー♪美味しーい♪やっぱり、読書のお供にはコーヒーだよね♪」
コーヒー?どう見てもファミレスのパフェにしか見えない。
「沙織ちゃんはどれにするの?」
私は百合ちゃんみたいに子供じゃない。ここはブラックコーヒーで…大人として!
「あの!」
その時、見逃さなかった。メニューの片隅に書いてある、フォームナイトコラボの文字を!
「このフォームナイトコラボセットを下さい。」
また誘惑に負けてしまった。ブラックコーヒーが飲めるようになる日は遠い…
私達は放課後に池袋東口のオリオンバックスコーヒーで談笑していた。百合ちゃんは都内在住で、私は神奈川から都内の私立高校に通っている。
それぞれ別々の高校に通っているけど、たまに乗り換えに便利な池袋で待ち合わせて、遊んでいる。この後は新宿の出雲国屋書店に寄るのがいつものコースだ。
「あっ!見て見て!ホイップクリームは笑わないの最新刊が出るみたい!」
「そうなんだ、じゃあ、新宿へ予約しに行こうね。」
「それでフォームナイトコラボのグッズは買えた?」
「うん、コラボ武器のダウンロードコードが貰えたから、帰ったら使ってみるよ。」
「そっか、じゃあ出ようか。」
私達は池袋駅に向かった。新宿駅までは山手線に乗って10分位かな。ホームに着いたけど、車両混雑の影響で電車の到着が少し遅れるようだ。
「それで、マスターさんはどう?」
「うん、まだ目覚めたばかりで記憶が混濁してる。今はリハビリ中みたい。」
「そっか、まあ元気になって良かったね。沙織ちゃんがゲームをクリアしたから、マスターさんは意識を取り戻したんだよね。サイバーDIVEだっけ?ねえ、どんなゲームだったの?」
「どんなゲームかあ…普通のオンラインゲームというか、ファンタジーの要素があって、剣と魔法が使えてさ。」
「オンラインゲームかあ…面白そうだよね。私も一緒にプレイしたいなあ。」
「うん、正式リリースされたら一緒にプレイしようね。サオリね、1人で冒険してたから、今度は誰かと一緒にプレイしたいな。」
「1人で進めてたの?他に仲間は居なかったんだ。」
「うん、1人でゲームクリアしたんだよ。」
間もなく特急電車が参ります。白線の内側に下がってお待ち下さい。この電車は当駅には停車致しません。
電車が通過するときは鋭い風が全身を包み込む。そのまま大空へ羽ばたける…そんな気がする。
ふと、都会の雑踏が消えた。ホームの向かい側にポツンと誰か居る。
漆黒のゴシックロリータ衣装に包まれた少女がワタシに向かって手を振っていた。
誰だろう…輪郭がぼやけてはっきりと顔が見えない。何故だろう…とても懐かしい笑顔でワタシを呼んでいる。
漆黒のゴシックロリータ、ダレカナ?ダレ?ダラクノダテンシ…
あっ
「ユリィ?」
特急電車が彼女のシルエットを遮った。永遠とも思える時間を待っている。
早く、もう一度見せて!
電車が過ぎ去った後、彼女の姿はもう何処にも無かった。電車が巻き上げた風で、何かが宙を舞っている。そっと、手を出すと掌に黒い羽がフワリと舞い降りた。
私は思わず手をぎゅっと握りしめて、胸に抱き締めてうずくまった。
誰か…だれか忘れてる?
「沙織ちゃん!」
百合ちゃんの大きな声で我に帰った。
「具合悪いの?急にうずくまって、病院に行く?私も付き添うよ。」
「百合ちゃん…今ホームの向かい側に誰か居なかった?!」
「えっ…ホームの向かい側なら、ほら」
沢山の人達が改札口に向かって歩いている。いつもの日常、見慣れた景色だ。
「あれ?沙織ちゃん…泣いてるの?」
どうしてだろう
涙が溢れて止まらない
誰か…大切な人を思い出せなくて
チェックポイントダンプファイルのインポートを完了しました。
続きから始めますか?
Yes
No
WELCOME TO サイバーDIVE
NEXT PLAYER 山代 百合
「失われた命を甦らせたいの」
「ここはサイバーDIVE。君の思い通りになる世界。ただのゲームプログラムなんて、幾らでも再生出来るよ。」
再び出会えるその瞬間を信じて
私は飛び込む
たとえ自分を騙しても
「騙されちゃ駄目…失われた生命は、二度と戻らない」
サイバーDIVE 深層心理侵入ゲーム 小鹿 ヒロ @kojika_hiro
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