なんてことない。

@kagaribitext

第1話

「如月 千景です。東京から来ました。よろしく」


 高校二年の五月半ば、季節外れの転入生がやってきた。

 よくある親の仕事の都合というやつらしい。ふーん、と聞き流して、俺は窓の外をぼんやりと眺めている。その日も相も変わらず、空は青いし、葉っぱは緑。グラウンドは体育の授業。俺はテキトーに、教員にばれないように机の下でスマホをいじりながら、何の目的もなく、その日を生きていた。


 如月はどうやら女子に人気があるようで、ありきたりな転校理由も「謎の転入生」なんて言われたりして、ちやほやされていた。だから興味がなくても視界にちらついていた。

 他学年の女生徒まで教室に来る始末で、担任は「くだらない理由で教室に来るな」と怒声を散らしていた。それでも、びくともせず女生徒は増えるばかりなので、しだいに担任もあきらめていた。ところで、女生徒に紛れて巨乳で噂の新任の女性教師もいるような気がした。


 こうして、俺と如月は特に接点はなかったものの、勝手に如月が視界にちらつくので、俺の印象には残っていた。


 二年の夏休み、俺と如月は接点を持つことになる。

 親戚が経営している軽井沢のリゾート施設で、今年もバイトに来いというので、俺はバイト代につられて行った。如月は「はじめまして」と女子に人気のさわやかなスマイルを向けた。


「俺、同じクラスの水無月 花音なんだけど」

「ああ、ごめん。まさか、名古屋からバイトに来ている同級生が僕以外にもいるなんてね。これから短い期間だけど、宜しく」

「ああ、テキトーによろしく」


 リゾート施設のバイトは住み込みで、Wi-Fiから衣食住、光熱費もすべて支援される。支援されると言っても、客室の最上階を寮として貸し出しているだけの話だが。繁忙期は時給1500円と高値に設定されているので、応募が殺到するらしい。叔父さんの仕事を手伝うようになったのは、学校にほとんど行かない俺を心配して誘ってくれたことがきっかけだった。

 ここの面接はそれこそ叔父さんの厳しい面接があるらしいので、ほとんど新人なんて採用されてない。如月がここにいることは俺にとって不思議で仕方がなかった。


 その日もやっぱり空は青くて、葉っぱは緑で、テニスコートでテニスを楽しむ声が聞こえていた。きっかけというのは、そういう何てことのない日に訪れる。

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