4.何一つ出来ないというわけではない

 霊能者は霊能者同士でゆるやかな繋がりを持っているが、基本的に一箇所に集まることはない。

 日々悪霊と接する稼業である。

 むざむざと悪霊に憑かれてやるようなことはしないが、それでも誰か一人が持ち込んだ悪霊が集団に憑くような自体は避けたい。

 それでも今日この日、彼らが集まったのは――前例なき悪霊の存在に、そのようなセオリーは無意味であると悟ったからである。


 さて、霊能者達が集まったのは都内のレンタルスペースである。

 その場所を選んだ理由は二つ、まず駅や駐車場から近く交通手段が豊富であること。次に会議室が一階にあり、建物の出入り口に近いことである。

 つまり、霊的な防御性よりは実際の逃げやすさを重視している。 


「全員集まったようですので、対策会議の方を始めさせていただきます」

 会議の口火を切ったのは喪服の霊能者、レンであった。

 彼にとって葬儀は除霊の手段であり、悪霊を相手に葬儀を行うことで強制的に死を押し付ける除霊を得意としている。


夜釣ヤヅリ……金比良かなひら……荒魂あらたま……メイ……今わかってるだけで死んだ霊能者は四人……僕らが認知してないような……雑魚も入れれば……もっといるかもね……」

 独り言のようにして呟く小柄な眼帯の少女はクロユリである。

 黒を基調としたゴスロリ衣装に身を包み、何度も刺されてボロボロになった猫のぬいぐるみを抱いている。

 眼帯で覆った左目には眼球がなく、ただ眼窩だけがぽっかりと深い穴のように存在している。だが、その存在しない目こそが何よりも霊的なものを見ることに長けているのである。


「……同一犯、いや同一の悪霊と仮定しておこうかい。なんせ、道理が通じん奴が二匹も三匹もいるのは怖すぎるからのう」

 青い作務衣を着た老霊能者むつつじが、苦々しい様子で言った。

 小柄な老人である。手足は細く、その身体は小刻みに震えている。

 とっくに引退しても良いような年齢であるが、それでもある理由があって現役で除霊に携わり続けている。


「……同一の悪霊で……間違いないと思う……僕の霊視だと……アレは……八刃はちは滋郎しげろう

「八刃滋郎……あいつか!」

 霊能者達がにわかにざわつきだす。

 八刃滋郎――十年前に日本全土を恐怖に陥れた連続殺人鬼である。

 その被害者数は判明しているだけで六十八人、人を殺しながら日本を横断し続けた恐るべき犯罪者である。

 既に死刑は執行されているため、悪霊化している可能性もある。


「あ、そうだ。ちょっと話ずれるけど、例のコラボ動画もおかしいと思うんだよね。カメラの撮影者に向ける様子のおかしさ……死んだ奴らに似てない?」

 悪趣味な金色のアクセサリーを身に纏い、ド派手なアロハシャツを着たヒジリは、霊能者というよりはチンピラのようである。


「わかるなぁ」

 スーツを着た小太りの霊能者夜廻ヨマワリが頷く。

「しかし、あの動画も変だよねぇ……あの動画、見ただけで憑かれるようなシロモノに成りかけてたはずなのに……なぁんもないんだよね。誰か除霊行ったって人、手をあげてほしいなあ」

 会議室内に集まった霊能者二十数人の中で手を挙げるものは誰もいない。


「私達の知らない霊能者か、荒魂か瞑がやっていたのか、それとも黒部くろべか」

 殮が首をひねる。

「黒部は……違うと思うな……あの段階じゃ……金にならないから……」

 クロユリがぶつぶつと呟く。


「あー……そのことなんだけど、夜釣の妹ちゃんが調べてたよ」

 聖が言う。

「夜釣……妹……いたんだ……」

「夜釣が死んだ時の映像も一緒に見たよ、泣かせる話だね……仇討ちを考えてるのかなぁ?」

 軽い口調で言う聖に対し、むつつじが椅子から立ち上がり怒鳴りつけた。


「アホ!!霊能者でもない若い娘一人ほっぽりだしたんかお前は!!」

「アレが相手じゃ、俺がついててもなんも変わらないし、なんならここに連れてきてもまとめて殺されてるかもしんないでしょ」

 怒りを顕にするむつつじに対し、聖の様子は変わらない。

 むつつじが聖を殴らんとするのを周りの霊能者が数人がかりで止めに入る始末である。

 しばらくして、ようやく落ち着いたむつつじが頭を下げながら着座し、会議は再開した。


「それで、どうするんだい実際?」

 夜廻が細い目をさらに細めて、殮に尋ねた。


「僕らは霊がどのように憑くかを知っているし、どのように除けるかも知っている。けれど、アレは違う。道理が通ってない。僕らはアレに対して無知だ。霊能力を持たない普通の人間と何も変わらない……いや、僕らには縋ることの出来る霊能者がいない以上、なおたちが悪い。どうにもならないことがわかっている以上、より最悪なんだ」

「夜廻さんは誤解しています、相手は確かに我々を一方的に殺すことが出来ます。しかし、あれも霊である以上、我々が奴を祓えないというわけではない。プランは二つありますが、おそらく有効性の高い方を説明していただきます。紀藤きとうさん、お願いできますか?」

「うむ」

 殮の隣で押し黙っていた紀藤がようやく口を開いた。

 狩衣を着た中年男性である。

 除霊の術を伝える由緒正しき一族の当主である。


「獣は法律を無視するが、それは銃弾が効かないことを意味するわけではない。それと同じこと、奴は既存の法則性を無視し、霊能者に容易く取り憑くほどの強大な力を持っているが……我ら霊能者の霊力を一つにし、その悪霊に放てばこの世から除くことも出来よう」

「力を一つに合わせる……少年漫画みたいで良いねぇ。けど、策があるなら、なんでそれを最初に言わなかったの?言ってくれたら……ちゃんと準備してきたし、こんな会議挟まなくても最初から儀式で祓って終わりだったよね」

 聖が立ち上がり、窓を背にした。

 瞬間、空気が歪んだ。

 殮が手首にかけた数珠が自然に引きちぎれ、クロユリのぬいぐるみが弾け飛んだ。

 むつつじが作務衣の中に縫い込んだ札は焦げ、聖の金色の指輪は氷が割れるようにヒビが入り砕けた。


「僕が思うに、希望を見せた後にまとめて殺したかった……そういうのはどうでしょうか」

 夜廻が隣の霊能者の首を絞めながら、朗らかに言った。


「なるほど!」

「そういうことか……じゃあ、死にますか!」

 他の霊能者も武器を持つ者は、他人をそれで襲い、武器がなければ夜廻のように他者の首を絞めた。

 自分の首を自分で絞めて自殺をするのは難しいことだが、武器を持つ人間が死ねば、その武器を自分に向けることで死にやすくなる。


「……大掃除かよ!クソが!」

 聖は窓を開き、会議室を抜け出した。

 最早、この会議を続ける意味はない。


「クロユリさん!貴方の目で奴の存在を見ることは出来なかったんですか!?」

「紀藤さん……憑かれてないです……」

 殮はクロユリの手を取り、会議室から走り去る。

 ある程度耐えることは出来るが、自分達が夜廻や他の霊能者のようになるのは時間の問題である。


(憑かれてない……いや……アレでも……紀藤さんほどの人に憑けないか……となると、周りに憑いて人質にでもしたか……?いや、どうでもいい!)

 高速で思考を続けながら、殮はクロユリと共に駐車場に出た。

 サイドカーにクロユリを乗せ、大型バイクで走り出す。

 予感ではあるが、車や電車は不味い――密室になる。


「プランBです!私とクロユリさんで、アレを除霊します!」

「……僕たちで?」

「あまりにも広範囲なだけで、我々は騙されている……それだけだと思うんです!いいですか?殺人鬼八刃滋郎の狩場は日本全土……ならば!」

「……日本そのものに憑いた悪霊と化した?」

「そう考えれば広範囲なだけで、我々の道理が通る存在になります。我々は既に憑かれる理由があるだけ……それならば私が奴の葬儀を行って終わりです!」

「……うん」

 

その一方、殺戮の場と化した会議室で、むつつじは紀藤と対峙していた。


「……お前、わざわざ殺させるために呼んだんか?」

「息子に憑いたアレが我に何も言わずに皆を集めるように言ったよ」

「祓えばよかろうよ」

「我々がアレを祓う準備をする……その間に、アレが我が子を縊り殺すことは容易かろう」

「そんで生贄捧げて見逃してくれるようにおねだりか」

「最近……歩けるようになってな、一歩、二歩、三歩、少しずつ歩ける距離が伸びていくのだ……」

「ま、子供は宝だよなぁ……ワシにはわからんことだが」

 むつつじは鞘を捨て、刀を構えた。


「まぁ、でも感謝はしとるよ紀藤さん。ワシ、これ以上に人生で楽しいことは見つけられんかったからな。引退もしようと思ったけど、なぁんも楽しくない。ほんと……こういう化け物を連れてきてくれて、心の底から嬉しく思っとるよ」

 むつつじは刀の切っ先を紀藤に向けた。


「除霊すっからどけい……殺すぞ」

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その霊に理由はいらない 春海水亭 @teasugar3g

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