3.挨拶に来ました

「幽霊は実在します。もっとも見えないし触れられないものを実在すると言っていいのかは微妙なところですが」

 都内某所、とあるマンションの一室でそう語るのは、金比良かなひら蛇魂だごんである。

 金比良にも蛇魂にも特別な意味はない、霊能者としてドスが利いた名前を彼自身が適当に考えただけだ。


「人間の中には死ぬと幽霊になる者もいます、そうでない人はあの世に逝ったのか、輪廻転生の輪に組み込まれたのか……幽霊はいるので見ることが出来ますが、そうじゃな人はいないのでわかりません。まぁ、だから宗教なんてものがあるわけですしね……まぁ、全員が全員幽霊になるわけじゃないのです」

 金比良が霊能者を職業として名乗り始めてから五年。

 贅沢ができるほどではないが、生活に困窮はしない程度の仕事は出来ている。

 今日も、新たな客に対して幽霊の説明から入って除霊の話をしようというのである。


「幽霊は大まかにいって、五種類に分けられます。血に憑くもの、業に憑くもの、場に憑くもの、物に憑くもの、話に憑くもの……血に憑く幽霊っていうのは要するに血縁者に憑く幽霊のことです。死んだはずのおじいちゃんが夢枕に立ったとか、ご先祖様が守護霊として守ってくれたとか、そういう話を聞いたことがありません?まぁ、血に憑く幽霊だけはそんなに悪い幽霊じゃありません。あくまでも……私の知る限りですが」

 そこまで言って、金比良はお茶を一口啜った。


「業に憑くものは、フィクションとかで一番目か二番目に馴染みがある奴かもしれないですね。自分を殺した人間であったり、自分を騙した人間であったり、そういう恨みを持つ人間に取り憑いて、まぁ……色々と悪さを働くんです。あんまり見たことないですけどね」

 金比良はちらりと依頼人の顔を見る。

 この話を聞いて、顔色一つ変えていない。

 業に憑くものではないらしい、と金比良は判断する。


「場に憑くものは、地縛霊……って言葉が一番近いですかね。その場所で死んだ人間が幽霊になり……己の領域に踏み込んだものに憑く、ほら……そういう大人気のホラー映画ありましたよね。家に取り憑いていて、自分の家に踏み込んだ人間を問答無用で祟り殺す奴。大体そういう感じと考えてください」

 場に憑くもの――俗に言う心霊スポットに肝試しで踏み込んで憑かれる人間は、金比良の知る限りでは一番多い。


「物に憑くものはアレですね。持ち主を祟る呪いの人形とか、人を殺したくなる妖刀とか、幽霊が思い入れのある物に取り憑いて、新しい持ち主に対して悪さを働く系の奴。そして話に憑くものって言うのは、これは滅多に無いんですが……その幽霊の話をすると、呪いにやって来るって奴ですね」

 残り二つについて駆け足で説明し、金比良は再びお茶を啜る。

 ここまではあくまでも前置きだ。


「血であれ、業であれ、場であれ、物であれ、話であれ……幽霊が取り憑くには、えにしが必要となります。取り憑かれるような行為を行ったから……まぁ、たまたま心霊スポットを通りすがったとか、古道具屋で買ったものが呪いのアイテムだったとか、理不尽なものはありますが……幽霊が何の関係もない人間に取り憑くということはありません。そして……」

 金比良は懐から純銀製のハサミを取り出した。


「私は縁を断つという形での除霊を行います。幽霊を消すことは出来ませんが、幽霊の悪影響を防ぐという点では、これが一番確実です」

「……どうなんでしょう」

 依頼人が首をひねり、低く重い声で言った。


「どうなんでしょう、というのは」

「いや、だって……」

 金比良がハサミを逆手に構え、己の腹を勢いよく刺す。

 鋭い刃先は、あっさりと金比良の肉をえぐった。


「縁を断つ……まぁ、幽霊が来る理由を無くすってことですよね」

「はい」

 金比良は自身を刺したハサミを抜き、思いっきり両刃を開いて自身の手首を挟んだ。そうそう簡単に切れるわけがない。

 勢いをつけて、何度も何度も挟む。

 依頼人がうっすらと微笑んで「代わりましょうか」と尋ねる。

 金比良が頭を下げて、ハサミを依頼人に手渡す。


「理由もなく襲えるものからはそういうの意味がないんですよね」

 依頼人が思いっきり力を込めて、金比良の手首を挟む。

 力だけで刃を金比良の肉に押し込んでいく。


「あ、確かに……だから私、貴方に殺されてるんですね!」

「そうなんですよ」

 依頼人は微笑みながら、金比良の手首を断ち切った。

 ぼとりと落ちた手首は、ぐちゃという湿った重い音を立てて床に落ちる。

 血と肉で汚れたハサミを依頼人は金比良に手渡した。

 金比良は残った方の手でハサミを持ち、己の左目に突き立てる。

 手首を断ち切ることに比べれば、眼球を引っこ抜くことはよっぽど楽だったらしい、さほど時間はかからなかった。

 眼球が刺さったままのハサミを手に持ち、残った目で依頼人を見ている内に、金比良の表情が憤怒の色に染まった。

 一体自分は何を行っていたのか。

 忘れていた激痛を堪えながら、ハサミに刺さった眼球を放り投げ、その刃先を依頼人の心臓に向ける。

 目の前のものを生かしておいてはいけない。


「死ねェーッ!!」 

「ハサミをそうやって使うと危ないですよ」

「確かにそうですね」

 金比良は手首を返し、刃先を己の心臓に突き刺した。

 自身が絶命するまで、何度も、何度も。

 依頼人にはそれを見ながらお茶を啜ると、天井に監視カメラを見つけ、ピースサインを送った。


「皆さんはじめまして、私はこういうものです」

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