2.動画のアップロードに成功しました

***


「どーもー!廃墟系ユーチューバーのタニシでーす!」

「えーっと!ハイッ!ドッキリ系ユーチューバーのショウちゃんです!」

 動画の撮影はとある住宅街の廃墟で正午に行われた。

 その日の配信は、廃墟系ユーチューバータニシとドッキリ系ユーチューバーショウちゃんのコラボ生配信である。

 数多の廃墟を探検してきたタニシに、ショウちゃんが見たこともない廃墟を見せると言うのだ。


「というわけで……ショウちゃんさん」

「あっ、さんは良いですよ、ショウちゃんでお願いしまーす」

「はい!ま、そうですね。ショウちゃんに連れられてここまで来たんですけれども……えーっと、何ですかね。結構綺麗ですね」

 その廃墟は住宅街の中にぽつりと存在していた。

 外から見るに、窓が割れているわけでもなければ、落書きがあるとかゴミが放置されているとか、そういうタニシにとっての加点要素はない。

 溜まったままになった郵便物が、主のいなくなった年月を伝えるだけである。


「ま、アレなんでねタニシさん。マジな話をすると……撮影許可とか安全面の問題があるんで」

「あ、それ言っちゃいます!?」

 軽やかに二人は言葉をかわしていく。

 視聴者からの反応も悪いものではない。


「山奥の廃病院とか、そういうスポットの方がタニシさん的には高評価なのかもしれないんですけど……ま、でも今回ドッキリ系ユーチューバーショウちゃんが全力廃墟ドッキリをタニシさんにしかけちゃおうと思いまーす!」

 どんどんぱふぱふと効果音を口で言い、ショウちゃんは手の甲を合わせて拍手する。


「いやまぁ、でもさ!そっちはいいけど俺は結構キツイよ!今回ドッキリを仕掛けますよ!って言われた上で生ドッキリされるわけだからさぁ!」

 ハイテンションなショウちゃんに対しタニシは苦笑する。


「いや、もうそこは安心してください!わかった上でドッキリさせちゃうのがショウちゃんなんでね!」

「ほんと頼むよぉ!せっかくのコラボなんだしね!」

 和やかな雰囲気の二人からカメラは離れ、廃墟の全景を映し始める。

 庭は狭く、二階建て、二階の窓からは誰かが二人を覗いている。


「もう、ドッキリ要素が見えてるじゃん!」

 二階の窓を指差してタニシが大声でツッコミを入れる。

「いや、もう要素の一つですから!全然大丈夫です!」

「いやいやいやいや、今回もしかして雑ドッキリどこまでコラボ相手は付き合ってくれるか配信とかじゃないよね?」

「大丈夫ですから、安心してくださいよぉ!」

 朗らかに笑うショウちゃん。


「もう頼むよホント!じゃあ今日の廃墟におじゃましまーす!」

「ショウターイム!」

 二人は自身のチャンネルの掛け声を言いながら、廃墟のドアを開いた。

 太陽の光が射し込んで家の中は明るい。


「あー、中の物そのまんまになってるんですねぇ」

 先行して入ったタニシが周囲の様子を見てコメントする。

 玄関マットやスリッパには薄っすらとホコリが積もっているが、使用に一切の問題はなく、何かが腐っていたり、異臭がするというのはない。


「結構新し目の廃墟だね、ショウちゃん。これ、本当は撮影スタジオだったりしない?」

「いやもう、勘弁してくださいよ」

 とりあえずは一部屋ずつ探索していこうということで、一階のトイレ、キッチン、リビング、書斎と順々に探索していくが、特に撮れ高はない。

 埃が積もっているとか、蜘蛛の巣が張っているとか、その程度である。


「ちょっとちょっとショウちゃん!一階何もないよ!」

「えーっと……タニシさん!ここで大事なことをお伝えしたいと思います!」

「えっ、何?」

「なんとこの廃墟……二階で一家心中が起こっています!」

「えぇ~~!?」

 満面の笑みで衝撃の事実を告げたショウちゃんに対し、タニシは驚きの声を上げる。


「ショウちゃんのドッキリ、この廃墟に慣れて頂くためで……はい!二階からが本番です!」

「いやいやいやいや勘弁してよ~!じゃ、もしかして二階の窓から見えたのは……」

「この家に憑いた地縛霊です!」

「えぇ~~!?いや、言っちゃ駄目でしょ!」

「もう今日のショウちゃん、全部種明かしした上でタニシさんをドッキリさせますからね!」

「いやいやいやいや、俺のハードルがキツイよ~」

 苦笑しながらタニシは階段を一段一段登っていく。

 ぎい。

 ぎい。

 ぎい。

 木製の階段が軋む音がやけにうるさい。

 ショウちゃんがカメラに向けて真顔を向ける。

 二階にある部屋は二つ。


「えー、じゃあ何かがいる部屋は後に回すとして……おじゃましまー……うわ」

 動画配信用に強く演じたものとは違い、素の驚愕は静かで淡々としていた。

 そこは何もない部屋だった。

 家具どころか、埃すらもない。

 ただ、だだっ広い空間だけがあった。

 その部屋の隅で半透明のぼんやりとした人影が体育座りをしている。


「……なんかいる」

 日中といえど暑くはない、むしろ寒いぐらいである。

 であるというのに、タニシはだらだらと汗を流していた。

 

「いますよ」

「あ、やっぱ見えてんだ」

 タニシは口元を抑え、踵を返して部屋から出ようとした。

 あの人影が己に気づいているのかどうかわからない。

 だが、悲鳴を抑えてすぐに逃げ去れば、見逃してくれるように思えた。


「ダメですよ」

 だが、そんなタニシの腹部にショウちゃんが無造作に蹴りを打ち込んだ。

 強い衝撃にタニシはうっと声を漏らし、ごろごろと部屋に転がり戻される。


「というわけで、えーっとドッキリ大成功!実はえへへ……えーっ……」

 ショウちゃんがダラダラと鼻血を流し始めた。

 満面の笑顔を浮かべて、蹴飛ばしたタニシに馬乗りになる。


「えーっと実は俺!悪霊に憑かれてましたぁ~!」

 笑顔でショウちゃんはタニシを殴り始めた。

 半透明の人影は立ち上がって、ショウちゃんの後ろからその光景を眺めている。


「痛っ!っ!やめ!」

 苦悶の声を漏らすタニシだが、その声を聞いてもショウちゃんは止まらない。


「えーっと、生贄っていうか!俺以外の誰かを殺せば助けてくれるみたいで!それで俺、タニシさんを殺すわけなんですけど……なんとドッキリは止まりません!」

 半透明の人影は殴り続けるショウちゃんの耳元で何かを囁く。


「なんと俺!タニシさんを殺しても、別に命が助かったりはしないみたいです!全部無意味でした!びっくりしました!驚きました!でも手が止まりません!助けてください!」

「助っ……助け……!」

「助からないみたいです!俺も!タニシさんも!あと、この映像を見てる人たち!悪霊さんは動画配信を通じて自分の行動範囲を広げたいみたいです!心霊スポットに行くと憑かれるってありますよね!この生配信そのものが!皆さんにとっての!心霊スポットです!もう!この廃墟を取り壊しても!無駄!ドッキリ大成功!ドッキリ大成功!ドッキリ大成功!」

 ショウちゃんはタニシを殴り続けながら哄笑し、配信用のカメラを見た。


「この配信を撮ってる貴方は誰なんですか」

 ショウちゃんが殴る手を止めて、無表情でカメラを見た。

 タニシもまた、首だけをカメラの方に向けた。

 苦痛を忘れたかのような無表情だった。


「気にしないでください」

「はい」

「はい」

「ドッキリ大成功!ドッキリ大成功!ドッキリ大成功!」

「痛い!やめてっ!助けてください!」

 再びショウちゃんがタニシを殴り始める。

 タニシが悲鳴を上げる。

 カメラが床に置かれ、定点でその光景が撮られ始めた。

 そして、それから五分も経たない内に配信が終了した。


 ぎい。

 ぎい。

 ぎい。


 配信終了後、木製の階段を軋ませて何かが二階へと上った。

 特に焦る様子を見せず、ゆっくりと。

 そして、開きっぱなしの何もない部屋に入った。

 部屋の中央には二つの死体、そして部屋の隅で体育座りをするぼんやりとした人影。


「あー、これカメラ?俺映ってる?」

 片手でカメラを拾い上げたのは大学生ほどの青年だった。

 安そうなポロシャツにジーンズ、そしてサンダルを履いている。

 そして、カメラを持った反対の手は金属バットを握っている。

 

「映ってないのかな、わからんけど」

 ぼんやりとした人影が立ち上がり、その両手を伸ばし青年へと近づいていく。


「あ、よいしょ」

 青年は人影の頭を打つように金属バットを片手で振るった。

 人影は物理的影響を受けたかのように、衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 倒れ込む人影に青年は金属バットを両手で持って、鍬を振り下ろすように金属バットを振り下ろした。


「まぁ……殺すって言葉があってるのか、わからないんだけど……まぁ、お前が消滅するまでやるから」


***


 タニシとショウちゃんのコラボ生配信を見た人間の元に悪霊が来たという話は今の所、無い

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