二、入島(にゅうとう)
娘の美枝は月曜の見送りにまで来てくれた。土曜に家族を連れて遊びにきたときに断ったのに、どうしてもと強く言われたので、来るのを許したのだった。大げさな退園式もあっという間に終わり、次の園に向かった。
新幹線で熱海についたら、そこからは船だった。船に乗るときには、荷物検査をした。いつの年になってもなれない船に酔いかけながらも、目的地には一時間程度でついた。
船が着くのは島の東部。この島には一つしか港がなくこの入り口を下浜港と呼んでいた。崖が多いこの島で、唯一船が留まれるように港ができている。名前の通り島の中心街からここには坂を下りてくる必要があった。島の中心部には山のようなものはあるが、高さはなく、ほとんど丘のようであった。島ができたときは山だったようだが、長らく火山活動は行われておらず、ほとんど平らな島であった。
朝日に照らされたこの島は写真で見たよりも美しく、懐かしの新婚旅行を思い出させた。
ついた港には、多くの出迎えがいた。どうやら、年齢層が高めなのを見ると、ほとんどが桃源園の住民らしい。その中に交じってスーツ姿の人や水兵さんたちもいる。
「この島には名前はないのですか。」
ある客が船の乗組員に尋ねた。
「すみません。私は、先日この船のクルーになったばかりでして、この島の名前はわかりません。我々は、ただ単に桃源園とお呼びしておりますが・・・」
妙ではあったが、健は島の生活に期待感を抱いていた。
聞いていた通り、島の中は賑やかだった。島全体が園だと聞いていたが、島自体はもはや老人ホームの体をなしていない。この島で一つの町が完結しているようだった。お店はチェーン店などではなく、すべて自営業。また、一人一人の部屋は部屋付きのシェアハウスのように数人ごとに家を分けていた。家は町の中心部に集まっており、市場を囲むように配置されていた。毎日一つの家で暮らすため、まるでそこが本当の家のようだった。
島を案内してくれたのは、以前同じ園で暮らしていた小山仁だった。小山とは以前同じ職種だったこともあり、同じ園の知り合い以上に仲良くしていた。丁度一年前に突然円を去るまでは。小山は健を町の市場に連れて行った。市場は役所を出て島の中央に向かう道に沿って長く伸びていた。まさに市場という言葉にふさわしいような賑わいだった。
「よう、仁。今日の魚はいいのが多いぞ!」
威勢のいい掛け声をかけてくれた年寄りは三浦さんと呼ばれている。話を聞くと、市場の魚は、本州の漁師から園が買っているようだった。
仁は飲み会の誘いを丁寧に断り、健のために案内を続けてくれた。
この街には、車はほとんど使われていない。少し不便ではあるが、島は成人が歩いて一周するのに半日もかからない程だった。公共交通機関は基本的に存在しなかったが、行動範囲は少ないため不満を漏らす人はあまりいなかった。
それにしても、この島は年寄りばかりだ。島を一周してから思った。
夕日の沈む水平線は美しかった。
島の浜辺はどこも綺麗で、若者たちが観光で来てもおかしくない程である。にもかかわらず、若者は一人としてこの街にはいなかった。
老人だけがにぎやかに暮らしている。健は今、まさに現実の世界を抜け出してきた陶淵明のように、すがすがしい気持ちでいた。
もう自分は、自由なのだ。若い者たちに気を使って生きる必要はない。
ここは夢の国、理想郷。そう宣伝していたポスターを思い出した。
友達が日に日に園を後にしていったころ、健はこの言葉をどうしても受け入れることはできなかった。すでにこの暮らし自体が十分幸せで、もしこれ以上のことがあるならそれは死んだ後に行くところだと。
しかしその認識は間違っていたことが判明した。この島では、すべてが自分たちの自由に決められる。まさに一つの町を一から作り上げるようだと、島の人々は言った。また、だんだんと少なくなっていく同じ年代の人が多いこともあり、安心して暮らしていられることも、その理由の一つだろう。健の感じた気持ちの良さも、似たものなのかもしれない。
最後に小山はこれから暮らす部屋へと送ってくれた。どうやら、他の部屋よりも少し小さい気がする。聞いてみると、園内の稼ぎに応じた生活ができるように設定されているらしい。来たばかりの人の中には、狭い部屋や、環境の悪い場所などが割り当てられる。ちなみに、小山は、もう一軒家まで手に入れたといっていた。
「もし遊びに来たければ、連絡くれればいつでもきていいぞ。」
健は小山に感謝をしてから、この家の住民たちと挨拶をした。
この家では朝のスピーチはなかったが、不得意な料理が当番制だった。
音をたたて散る むふるん @mufurumi
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