お年玉境界線

日月烏兎

お年玉境界線

 インスタントの味噌汁に、トースターで焼いた餅を放り込む。

 そんな雑な正月祝いを、朝っぱらから家に上がり込んできたはた迷惑な友人に振舞う。


「で、相談って何だよ」


 野郎二人で初日の出を拝むという、眠たいだけのイベントをこなした遥翔は欠伸交じりに要に尋ねた。

 どうせ大した用件ではないのだろうとわかっていた。しかし実家に帰るわけでも、彼女がいるわけでもなく、寝て過ごすだけならと気まぐれの結果である。

 そんな遥翔の様子とは裏腹に、要は深刻そうな表情で目を閉じ、静かに口を開いた。


「お年玉って、どう思う?」


 相談があると言われたから朝から付き合ったのだが。早くも寝正月が恋しくなる遥翔である。

 学生の睡眠時間はとても貴重なのだ。


「どう思う、とは?」

「そのままの意味だよ。お年玉という悪しき制度をお前はどう思う」


 どう考えてもここから深刻な悩みが出るようには思えない。

 遥翔の脳裏では突然の腹痛に襲われたことにしようかと、悩みだした。


「子どもにとっては貴重な財源だし、良い慣習だと思うけど」

「子どもが大人から金を巻き上げる日だぞ?」

「嫌な言い方するな?」


 貰うのに気が引けるような表現である。


「もはやオヤジ狩りじゃないか」

「すごい嫌な言い方するな!?」


 新年をお酒片手に陽気に騒ぐ大人たちが一転、巻き上げられてヤケ酒を煽る悲しいものに見えてしまう。


 少しの絡み酒くらいなら許せそう……にないな。


 一瞬言葉に誤魔化されそうになりながら、遥翔はめんどくさい親戚の顔を思い出して首を横に振った。


「世の大人たちは正月を恐々としているぞ」

「気持ちは分からなくないけども」

「お前に大人の何が分かるって言うんだ!」

「いや、お前もな!?」


 いずれは自分もあげる側に回るのかもしれない以上、その気持ちは推して知るべしといったところだ。とは言え、何も未成年の今悩む事かと言われると答えはノーである。

 遥翔も要も大学二回生、19歳。

 まだまだ気分は子どもである。

 と言うか子どもでいさせてほしい。

 最近切に思っている。

 大人になりたくない。


「俺はほら、もう叔父さんだから」

「あー」


 でも時間は勝手に進んでしまうもので。

 少し自分より大人びて見える要の顔。

 お前はまだ子どもだよな、と告げる要の顔。


 殴ってやろうかと思った。


 別に姉に子どもが生まれたからと言って、要が大人になるわけではない。

 遥翔の冷たい視線を気にすることなく、憂げな顔をつっと窓へ逸らした。


「お年玉、あげないとダメかな」

「別に良いんじゃね? 言っても俺ら学生だし」


 何だかんだと話に付き合う人の好い遥翔である。


「でもほら、ここで姪っ子にお年玉あげてさ。大人付き合いと言うか、親戚付き合い円滑にしておかないと後々さ」


 一足先を行く要の横顔は、どこか遠くを見つめていた。

 でも相談はやっぱりくだらないと思った。

 わりと、どうでもいい。

 いや、心底どうでもいい。


「いったいお前はその歳で何に悩んでるの。ママ友付き合い心配する新米ママかよ」

「お前に新米ママの何が分かるって言うんだ!」


 だんっと、机を叩く大学二回生19歳彼女なしの要。

 ばんっと、要の頭を叩きたいが我慢する遥翔。


「それはお前も分からないだろ!?」

「俺はほら、姉貴がいるから」

「又聞きだけで分かった顔するんじゃねぇよ」


 確かに、と頷いた要に、遥翔は眉間を解しながら疲れたようにため息を吐いた。


「で、お年玉だっけ」

「そうなんだよ。姪っ子がかわいくてさ。悩むよな」

「まぁ可愛いよな、姪とか甥って」


 従弟たちの小さいころを思い出して共感する遥翔に、要はくわっと目を見開いた。


「お前に……」

「いいよ、そのくだりもうお腹いっぱいだよ!」


 もう最後まで言わせない。

 めんどくさいの言葉を飲みこんだ遥翔は、昨日より少し大人である。


「そう?」

「3回は流石にお腹いっぱいだよ」

「まぁ俺の姪が他の子より3倍可愛いのは事実だとして」

「そんな話はしてないんだよ。落ち着け叔父馬鹿」

「しろよ! 語りたいんだよ!」

「めんどくさいな、お前!?」


 つい本音が零れた。

 仏の顔も三度までだった。


「ちょっと吞んでるから」

「未成年だぞ!?」

「甘酒だし」 

「じゃあ何に酔ってるんだよ!」

「大人な自分」


 ちょっとドヤ顔の要。

 確かにアルコールはない。未成年でも飲める。

 しかし、これならいっそアルコールで酔っていてほしかった。それならきっと気持ちの落としどころもあった。

 勿論お酒は20歳になってから。吞んでもらっては困るのだが。気持ちとは別に拳を落とす必要がでてしまう。


 結果的に、気持ちのやり場もなく、殴るわけにもいかず。


「あぁ、はい」


 今日一番冷たい反応になった。


「ツッコんでくれよ!」

「めんどくせぇ!」


 どうしてコイツと友だちをやっているのかと真剣に悩む遥翔。


「で、話戻すけどさ。お年玉ってあげるべきかな?」

「余裕あるならあげてもいいんじゃね?」

「正直余裕は全くない」

「じゃあやめておけよ」

「でもこのお年玉が後々好感度に繋がって姪っ子ルートになるかもしれないだろ!」


 キリっと、本人的にはしているつもりなのだろう。

 主人公のキメ顔的なつもり、なのだろう。

 凛々しい顔(本人比)で遥翔を見つめる要。


「……あぁ、うん」


 今日一番を更新する冷たさだった。

 コイツと友だちで本当に大丈夫か真剣に悩む遥翔。


「ツッコんでくれよ!」

「いや、気持ち悪すぎて」


 19歳男子学生が、生まれたばかりの姪っ子ルートを考えている。

 リアル光源氏計画。

 もう犯罪の香りしかしない。


「流石に冗談だわ」

「冗談のクオリティがゲスだしゲロだしグロだな」


 将来を思い、厳しい採点。

 言いながら、言い過ぎたかと気にする辺りが遥翔が遥翔たる所以であり。


「……そんなに?」

「そんなに」

「……気をつけるわ」


 と言いつつ、おそらく学習しないのが要が要たる所以である。


「よろしく頼む」


 それでも鷹揚に頷いて見せる遥翔と、神妙に頭を下げる要は、だからこそ友だちだった。


 冷めたインスタントの味噌汁を啜りながら、ヒートアップした熱を冷ます。

 馬鹿な相談であり、議論であり、悩みだったが。

 それは同時に。


「……なぁ」

「……何だよ」

「お年玉、欲しいな」


 ピーターパンではいられないことの、証明であり。


「大人になったんだよ、俺らも」

「……甘酒でも吞もうぜ」


 今なら酔える気がした。

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お年玉境界線 日月烏兎 @utatane-uto

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