傾城前夜

俺は昔、王子様だったんだよ。

そうそう、小さな惑星で一輪のバラを育ててる、って違う王子様だねそれは。

旧き時代の栄華に溺れて崩壊寸前の大国の、ね。

なんで滅びそうになったかって?

それは俺にはわからないな。

そうだ、旅に出たんだ。あんなつまらない国を捨てて。

旅ってのはいいぞ、少年。

くだらない儀礼なんか忘れて新しいものを取り込むんだ。

いくら快適だからって狭い牢獄で死ぬなんてつまらないだろう?


お兄さんはバイクの側面を手ではたいた。

「乗ってみるとわかるよ、いいもんだこういうのも。」

僕はバイクに乗るなんてしないかな。

不注意であっさり死ねそうですね。生命保険にはお早めの加入を。

「あぁ、ちょっと待っててね、いやぁ人に話をすると喉が渇く。嫌なもんだね。」

お兄さんは緑茶のペットボトルをどこからか取り出した。

いいなぁ緑茶。僕は抹茶ラテ飲みたい。

彼の喉がこくりこくりと動く。

僕も自分の水筒を取り出して水を飲むことにした。

これは…水道水の味!!深いですねぇ〜。

鉄錆びと塩素のハーモニーが口を満たしてくれます。

ええぃ!これを作ったシェフを呼べ!!

よしきたこの水筒に水を入れた僕に乾杯!

静かに男二人仲良しこよしの給水タイム。

水筒をしまうとお兄さんと目があった。

待っていてくれたようですありがとう。

「それじゃ、話を続けよう。」


それで俺は、国から出ることにした訳だ。

大変だった。

うちの国は人間が駄目になっても機械だけはある程度動いていたからね。

下手に監視カメラに見つかったりすると、もう…ね。

だから俺は国を切り捨てることにしたのさ。

木を隠すなら森の中。

なら俺が国の外に出るにはたくさんの人が国を追われるような状況を作ればいい。

でしょ?ただまぁ多少は悩んだよ。

罪もない子供が国を追われるかもしれない、とか。

国が一個崩れたら経済にも影響が出る、とか。

そもそもそんなに事を大きくする必要があるのか、とかね。

でも、無為に過ぎていく時間に怯えていた俺に他の選択肢を考えつくのは難しかったから。だから俺は準備を始めた。

国の地下にあった唯一の紙媒体、本を使うことにした。

支給品の端末なら履歴が残ってしまう。

その点、俺にとって城の図書館はちょうどよかった。

今はもう、誰も立ち入らなくなっていたから他人に見られる心配がない。

管理人も既に蒸発していた。

だから時間を気にせず計画をたてることができた。

懸念が無かった訳じゃない。

例えば俺がいない時間だ。

毎日特定の時間に俺が見当たらないとなれば怪しむ者も出るだろう。

その程度なら人を待たせている訳でもないから時間をずらして通えばよかったが。

もう1つ、何かしらの資材を調達しなけばならないという問題があった。

大掛かりな計画なら尚のこと多くの物が必要だろう?

でも国庫から金を引き出すのは難しい。

いくら王子の俺といえど、だ。

じゃあどうするか。

簡単な話だ。

物の価値は場所によって変わる。

道端の石ころが法外な値段で売れる場所だってあるかもしれない。

これなら元手なしに儲けることができる。

あくまで理屈の上では、だけどね。

その頃の俺は私財と呼べるようなものを何ひとつとして持っていなかったから。

俺は隣国のリサーチから始めることにした。


俺にはひとりだけ仲間がいた。

そいつは俺が街の散策をしていたときに見つけた身寄りなしの子供だった。

俺についてきたそいつは言った。

「裏切りません、お側に置いてください。」

そいつは俺が王子だと知らなかったらしい。

機械の監視にすべてを任せきった奴らが見ているのは出入国に関することばかりだ。

昔はあったらしいお付き、とかいう文化ももう無かった。

じゃあ何で声をかけてきたのかって?

何でも若くて暇を持て余してるお貴族様にでも見えたんだってさ。

さて、そうしてやっと見つけた仲間だ。

俺はそいつを歓迎してやることにした。

服の下に隠して部屋まで連れ帰った。

途中何人かとすれ違ったがばれなかったよ。

きっと自分以外の事象には興味が無いんだろう。

そのまま、そいつを風呂に入れた。

俺が体を洗おうとするとやたら嫌がるから何だと思ったらね。

俺はそいつを男だと思ってたけど実は女だったのさ。

え?王族って風呂に入るときにたくさんのお付きが、って?

言っただろ。お付きなんてもういないんだって。

あと王族にもプライバシーがあるということで自室から一切の監視カメラは取り除かれている。

ああ、これ以上細かい質問はよしてくれよ?

話してる俺が混乱するからね。

俺が外に出られなかったのも事実だし、この国が穴だらけの警備なのも事実だ。

え?そのハプニングの話をもっと詳しく?

君、結構気持ち悪いね。

えっとね。

…まさか言うとか、思った?

言わないよ。

で、何だったっけ?

結構脱線しちゃったね。

ああそうだった。


隣国と言っても複数あった。

俺の国は結構でかかったからね。

隣接している国も多かったんだ。

その頃はじめて知ったんだけど、どの隣国も文明を持て余していたんだよね。

馬鹿だよね、ホントに。

俺が直々に出向いて全部目の前で壊してやろうかと思っちゃうぐらい。

でもさ俺、気づいちゃったんだよね。

あぁ、機械がある限りあいつらは何かを欲しがることもないんだな。

ってね。日常にありふれた小さな充足感を積み木みたいに重ねて生きていくんだ。

だから俺がやろうとしてたことは成立しない。

さっき簡単な話って言ったけどあれは嘘なんだ。

どうしようもないよな。

みんな変化を好ましく思ってない癖に周りのことに興味がないんだからさ。

正直失望もした。

俺が出ていったとしても、外にずっと似たような世界が広がってるかもしれないからね。

正直そんな世界のどこにも価値はない。

計画を練り直す必要が俺たちにはあった。


…君どうしたの?さっきから何だか眠そうだ。

道端で寝るのはあまり関心しないな。

あ、駄目だってば。


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無題 白雪工房 @yukiyukitsukumo

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