無題
白雪工房
ありふれた疾走感について
考え事は好きかな。
授業に向き合ってくれない意識を窓の外に飛ばしてみる。
その前準備のことだ。
そよ風を肌に感じながら思いを馳せてみるといい。
自分には全くもって関係ないと思っている、遠い惑星のこと。
猫にあるらしい九つの命のこと。
バイクで滅びかけの文明を巡っている旅人のこと。
少しファンタジーに偏っているくらいがベストだ。
小さじ3杯分くらいの非現実味、なんて。
冗談だよ、そんな難しく考えなくていい。
そんな、友人には話す機会もないようなことを考えるだろう。
するとたまに、どうしようもなくなることがあると思うんだ。
例えば屋上を占拠したテロリストが強くなりすぎてしまったり。
敵に自分なんかより遥かに壮大な背景が生まれてしまって倒せなくなってしまったり、とか。
まぁ、結局それらは妄想に過ぎないから現実には何の影響もないし、僕はやけに爽快な気分で窓の外を眺めることができる訳だけど。
ああ、もちろん授業はちゃんと聞いているよ。
大丈夫さ、ってそういうことじゃないのかい?
困ったなあ。
それはさておき、今僕の無駄話を長々と聞いている君を暇人と暫定しよう。
そうだ、君は暫定暇人だ。特に意味も無いが深い意味が感じられそうでいい。
そして暫定暇人の君は今から僕の話を聞くんだ。
“そいつ”は椅子に深く座り直した。
そうだねぇ、何から話そうか。
何から聞きたい?
そういやおれはいつからここにいたんだろう。
目の前にいるこいつは誰だ?
そんなつまらないこと気にするなよ。
僕の正体なんて君にとってどうでもいいこと、だろう?
ああ、確かにそうだ。
おれにとってどうでもいい話。
そうに違いない。
そいつが話し始める。
「それじゃあね、ありふれた疾走感について、話そうか。」
その日は風が強く吹いていた。
なんて始まりは些か陳腐かな。
「こんな日は外を歩きたくないものだよねぇ。」
僕は呟いた。
辺りに人はいなかった。
「こんな風じゃ紙が折れちゃうよなあ。」
愛読している小説も、それじゃあ可哀想だ。
親しき仲にも限度有り、だっけ。いや、礼儀かな?
地面を木の葉が撫でていく。
紅葉の季節らしい。
風に吹かれていたのは銀杏の葉だったけど。
「えー、いい妄想日和であります、閣下。」
独り言、聞く者ここに在らず。
風が強いねえ、疾風、しっぷう、疾走感、なんて。
こんなに陽光麗らかな日々に疾走感を見つけ出すたぁ大したものじゃないですかい、旦那?
「まぁ適当だけど。」
疾走感ねぇ…そうだね、喪失感に並びが似ている。
ところで疾走感ってどう感じるんだろう。
風が吹くのに逆らって全力で走るのは疾走感を伴う行為?
実践。
「せぇいやっ!!」
銀杏並木3本分走り抜ける。
黄色い葉が靴に弾かれて少し舞った。
さてはて脇腹が痛くなってまいりました。
ひ弱な体の奴めがストを起こしております。
困ったものだね。
「困ったものだ。」
残ったのは脇腹の痛みだけ。つらぁ。
は。これが喪失感か!?
疾走感は喪失感なのかそうなのか。先生、僕はまたひとつ賢くなりました。
「しっかしこんな日常の中に疾走感を感じられるとは僕は相当に感受性が豊かと見える。」
冗談だけど。
おや?
すぐ近くの並木に一人、男の人が寄りかかっていた。
黒いジャケットなんか着こなしちゃって。
バイクにも乗れそうだ。バイクあるし。
さっきまであんなとこに人、いたっけなぁ。
別にいいじゃんいいじゃん、面白そうだから話しかけてみようぜ。
僕の内心の内心が囁く。
あれ、じゃあこれを考えている僕の内心は?
これは本心でないというのかー!?
そんなごちゃごちゃした内面は兎も角、僕は彼に話しかけてみました。
「そこのお兄さん、どこから来たんですか?」
えへへ、とはにかみ笑い。染み付いちゃった癖である。
このハートフルスマイルで落ちない者はいない、なんて冗談。
でも笑顔は生活の基本なんですよ?ゼロ円スマイルで世界は救われますよ?いやこれマジで。立証はしてないけど。
それはさておき、おにーさんは言いました。
「僕かい?」
ご丁寧に自分を指さして。
ええ、ええそうですあなたです。
あなたに間違いありません。
金の斧を落としたのはあなたでございます。
そうか、では褒美を取らせよう、と。
おっと、そうではなく。
「はいそうですお兄様。」
おっとごめんよお兄さん。
自分の中の妹が開眼しちまったみたいでね。
冗談はおやめなすってお嬢ちゃん。
あ、冗談は僕か。
「お兄様?…ああ、えっとね。長い話になるけど聞きたいかい?」
あー、あんたってば大人だねえ。
すぐに聞かなかったふりできるなんててぇしたもんだ。
あんたいい政治家になれるよ。
冗談だけど。
それで?長い話?かかってきやがれってんだ。
千夜一夜物語でも百鬼夜行でも耐えてやるぅ!…百鬼夜行?
「是非ともお願いしたいものです師匠。」
「お、おぉ師匠か…。まあいいや。たぶん信じて貰えないと思うんだけど。」
大丈夫でさぁ、面白けりゃなんだって。
かくして青年は語り始める。
身振り手振りを交えて。ときにはポケットから物を取り出して見せながら。
と、…あ、ちょっと待ってね。今水飲むから。
いやさぁ困っちゃうよね。人に話をすると喉が渇く。
なんとかしてこれを解決したらどっかの大学の教授にでもなれるかなぁ。
冗談だけど。
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