願いのあめつぶ

私のクラスにはライチ君という、大人しい男の子がいる。

授業中もあまり手を挙げて発表しないし、目立つことが好きじゃなさそうな子。

休み時間になっても、クラスの男の子と一緒に遊ばないでいつの間にかクラスから居なくなって、授業が始まる頃にはいつの間にか席に着いている子。


「幽霊みたいだね」

誰かがそう言い始めてから、ライチ君のことを名前で呼ぶ人も居なくなってしまった。

私も特に気にもしていなかったけど、みんなが幽霊と呼ぶから、自然と幽霊くんと呼んでいた。



そんな幽霊くんと初めて話したのは、ある雨の日だ。

もうすぐ台風が来るとかで早くに下校できるのはいいけど、靴下までべちょべちょに濡れてしまった私は、自分でも自覚する位に不機嫌だった。

「なんで雨なんか降るんだろう」

嫌になって水溜まりに足をばしゃんと打ち付ける。

もうさっさと帰って寝よう。早足で歩いていると、幽霊くんがいた。

幽霊くんは傘もささずに、ただただ空を見上げていた。

そして、空に向かって口を大きく開けていた。


幽霊くんって、ああいうことするんだ。

てっきり静かな子だから変わったこともしないんだと思ってたけど、実は結構変人なのかな。


すっと横を通り過ぎようとすると、幽霊くんが私の腕を急に掴んだ。

「……何?」

そう尋ねると「あ、いや。あのさ」と言葉が纏まっていない様子だった。

「なんか用なら早くして」あぁもう、凄くいらつく。早くしなよと、声が強まる。

「……『願いのあめつぶ』っていう絵本知ってる?」

「あー、あの食べたら願いが叶うやつでしょ」

そう言うと幽霊くんは頷いた。


『願いのあめつぶ』

空から降ってくるあめの中に、たまにキラキラ輝いたシズクがあって、そのシズクを食べると願いが叶うという話だ。

結末はあまり覚えてないけど、低学年の頃に本読みで読んだ気がする。


「それでなんの用?」

えっと、と言葉を探す幽霊くん。少しして「僕、あの話が本当ならいいのになって思っててさ」と続けた。

「あれが童話なのは、流石に小5にもなったら分かるけど。でももしかしたら本当何じゃないかって思うんだ」

もしかしてそれで口を開けてたの、と尋ねると彼は頷いた。

「そんなしょうもない事よく信じられるね」

あの話を信じるなんて考えが思いつかない私からすれば、凄くガキっぽいと思った。

「変人なんだね、幽霊くんって」

繋がれた腕を振りほどいて、そう言い放つ。

雨足が強まってきたし、ぼそぼそ喋るから聞こえにくかったし、丁度いい。

「それじゃあ」と言い歩こうとすると、「まって!」と、大きな声で呼び止められた。

「サクラさんは雨好き?」

「…別に、濡れるし嫌いかな」

「僕も嫌いなんだ。僕のお母さんも嫌いで。雨の日は、お母さんの機嫌が悪くなって怖いんだ」

痛いのは嫌いだと、彼は言った。

「ふぅん、そうなんだ。それで雨が降らないようにってお願いしてたの?」

「うん」

「そっか」

それでも、やっぱり彼は変人だと思う。だって、雨に願っても仕方ないじゃない。

まぁ、でも。

「一緒にしてあげようか」

「え」と驚く彼に、「なによ」と言い返す。

「してあげてもいいっていってんの。その願い事」

「いいの?」

「別にいいよ」

そう返事した私は、めいいっぱい口を空に向かって開けた。

私はきっと彼に同情したんだろう。私らしくないと、私でも思う。

でも彼は私のことを名前で呼んだんだから、私もライチくんと呼ばなければいけない気がした。幽霊と呼んでいたことが、後ろめたくなった。

少しでも私のした事が軽くなりますように。そう願って口を開けた。

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短編まとめ 来栖クウ @kuya0512

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