ブルーサファイアの理不尽
染井雪乃
ブルーサファイアの理不尽
画面の中で、敵だった少女が、涙を流しながら叫ぶ。
「だって、だって、私は、生きたかった。それだけだったのに……!」
少女の過酷な運命をプレイヤーとして知っていながらも、画面の前の少年は、瞳を僅かに動かしたのみで、動揺の色はない。
物語はエンディングを迎える。少女は罪を償いながらも、懸命に生きて、主人公達に優しく迎え入れられている。
画面の前の少年――
ハッピーエンドって、気持ち悪い。
齢十五歳、中学三年の夏に親戚一同を皆殺しにして監視者機関に発見された特殊能力者としては、至極当然の感想だ。
生きたかった、と泣けば見逃してもらえるなら、俺も泣いてみようか。
水無月悠にとって、涙は免罪の理由にはならない。むしろ厳罰の理由になるものだった。泣いても事態が解決しないばかりか、ひどくなるのだ。信頼できるはずの両親から、執拗に暴力を振るわれて育った水無月の情緒には、涙への憐憫も、共感も、残っていなかった。涙は、泣くしか能がない弱者のツールだ。
しかし、同じ能力値でも、泣くことで事態が好転する世界があるらしいことを知った。それならば、と思うが、水無月の涙腺から涙は出ない。
「
夕食を運んできた伊月
「泣いたところで、罪は消えないし、おまえが赦されることはない。そもそもおまえは赦されたいなんて、思ってもいないだろうが」
水無月は、精一杯の力を込めて、自分より長身の伊月を睨み上げる。
「……俺が生きるためには必要だったんだから、罪ですらないだろ」
伊月の叱責に、水無月は吐き捨てるように反論する。
「情緒の育っていない合理主義者が自分の生存を第一にすると、そうなるのか。たしかにそれはおまえのせいじゃない。おまえの両親、そしておまえを救わなかったもののせいだ。間に合わなかった私も含めてな」
「アンタの懺悔なんか、誰も救わねえよ。一人でやってろ。馬鹿らしい」
気分を害した水無月は、会話を切るために、夕食に手をつけた。伊月も、無理に会話を続けようとはせず、水無月の部屋を出ていこうとした。
ふいに振り返って、伊月が言う。
「おまえの存在は、他者にとっては理不尽でしかない。おまえの両親が、おまえにとってそうだったように」
「生存って、本来そういうものだろ。俺より理不尽に強いやつがいたら、今度は俺が死ぬだけだ。死にたくないから、勿論手は尽くすけど、それだけだろう」
冷たく返して、水無月は食事を続けた。
水無月のブルーサファイアのごとき瞳の先には、人間は一人もない。
静かになった部屋で、水無月は眠りに落ちていった。
ブルーサファイアの理不尽 染井雪乃 @yukino_somei
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