つかれたらつきかげあびよ 1
naka-motoo
つかれたら月を見よう
「なみちゃん。なーみちゃん」
「なあに?おばあちゃん」
「月がきれいだよ」
あ。
『月がきれいだね』ってたしか『あなたが好きです』と同じ意味だってだれかが言ってたな。小説に書いてあったんだったかな?
なんてね、わたしは頭の中でこんなことを考えながらおばあちゃんの部屋まで階段を登ったよ。
わたしのおばあちゃんの名前は『おと』。
『音』って漢字だったらかっこいいかもしれないけど、ひらがなだとずっと昔の人みたい。あ、わたしのおばあちゃんだから何世代か前に青春まっただ中だったと思うからずっと昔の人と言えるかな。
「満月だね」
「うん。なみちゃん。月に海があるって知ってるかい?」
「海?」
「そう。水はないけれどもあのほんの少し黄色がかった白い光はね。海のさざ波」
「ふうん」
「月のさざ波のなみちゃんだね」
わたしの『なみ』っていう名前もひらがな。
『ははは、牛丼、並み一丁!』
だって。
もう!
「なみちゃん、お団子食べるかい?」
「食べる!」
おばあちゃんの部屋の出窓にふたりで腰かけて月を見上げる。
黒蜜をかけた、あま〜い団子。まあるいのが串に4個ささってる。
「おばあちゃん。だんごってどうして丸いのかな?」
「そうだねえ。なみちゃんはどう思う?」
「んーとね、お月見の時に食べるからかな?」
「ほほ。じゃあ三日月の時はどうだい?」
「あ、そっか。ならさ!三日月の形したお団子作ったらどうかな?きっと売れると思うな」
言ってるわたし自身が『ようちえんじかい!』ってツッコミたくなるぐらい幼いなあって思う。ずっとニコニコ聞いてくれてるおばあちゃんはやさしいよね。
「なみ、なみー。ちょっと下に降りてきてー」
お母さんに呼ばれて行ってみると、玄関に背の高い男の人が立っていた。
「こんばんは」
誰だろうと思いながらあいさつするとお母さんがこう紹介した。
「まくらざきのおじさんよ。覚えるでしょう?」
覚えてないです。
「で、この子がたいちゃん」
「こんばんは」
まくらざきのおじさんのひざぐらいの背の男の子。
わたしのあいさつにはずかしがって、こんばんは、って小さな声で言ったっきりおじさんのひざに、きゅっ、てしがみついてこっちを見てる。
ちょっとかわいいかも。
「でね、なみ。今夜からたいちゃんをウチであずかるから」
「え」
「なみの部屋で一緒に寝てもらうから」
「ええーっ!?」
「なみちゃん、ごめんね。急に南アフリカへの出張が決まってね。たいがわがまま言ったら叱ってやってね」
「う・・・はい・・・お母さん、ちょっと」
わたしは廊下の陰にお母さんを呼び寄せる。
「ちょっとお母さん、聞いてないよ!」
「あらあ、言ってないんだもん、聞いてないに決まってるでしょ」
「また・・・・・ねえ、わたし、レディだよ」
「まあ間違ってはいないわね」
「レディに男子と一緒の部屋で暮らせって言うの?」
「たいちゃんは四才だよ」
「よ、四才でも男子は男子!十才のれっきとしたレディにこんな仕打ちするなんて親としてどうなの!?」
「はいはい」
「それに、わたしのプライバシーは!?」
「なみ」
うわ。
久しぶりにお母さんのこわい顔。
「プライバシーって言ったってねえ、『Do First』のセイヤくんのポスターにキスしてることぐらいでしょ!?」
「わわわ!」
あわててお母さんの口を押さえるわたし。
「ど、どうしてそれを・・・・」
「家族全員知ってるよ」
結局わたしが折れた。
おこづかい五百円アップで。
「それではよろしくお願いします。たい、おりこうにしてるんだよ」
「はい」
「まあまあ、たいちゃんはおりこうさんねえ。なみもこんな風だったら育てやすかったのにねえ」
あ、そうですか。
ということで、今日からわたしは四才のたいちゃんと同じ部屋で寝起きすることになった。といってもまさか添い寝してあげるわけにもいかないからたいちゃんの布団を運んでわたしの部屋に行く。
「じゃあ、このお布団をたいちゃんが使ってね。困ったこととかあったらなんでもわたしに言ってね」
「ねえ、なみ」
ん?
「ちょちょちょ。『おねえちゃん』かせめて『なみちゃん』って呼んでくれるかな」
「なみはなみだよ。へえ、こんなところにかくしてるんだ」
「あ、それはっ!」
「お母さんにないしょで行ったんだね、Do Firstのサイン会」
「そそそ、それはセイヤくんたちがまだ売り出し中で隣町のスーパーマーケットのイベントに来た時に書いてもらったサイン色紙だから。おつかい頼まれてちょっと遠いスーパーに行っただけだから!」
「ふうん。まあいいや」
「ね、ねえ、たいちゃん。四才ったら幼稚園の年少さんでしょ?わたしは小学五年生のおねえさんなんだから少しはうやまってくれてもいいんじゃないかな?」
「オレがいつ四才だって言った?」
「だ、だってさっきお母さんが四才だって・・・え、え、『オレ』って・・・」
「オレはなみなんかよりずっと年上だぜ」
「???どういうこと?」
「こういうことさ!」
うわ!
なに!?このけむりは!?
「これがオレのほんとうのすがたさ!」
え、ええっ!
「へ、へんたい!」
「コラ!へんたいとはなんだ!『イケメンのおにいさん』だろうが!」
わたしの前にあらわれたのはたしかにDo Firstのメンバーに入っていてもおかしくないぐらいの背が高くて美形の男子、年令もセイヤくんと同じ二十才ぐらい。でもさ、着てる服がさ、四才って紹介された時のたいちゃんが着てた服そのままでさ、トップスはかわいいセーラーにボトムスはデニムのショートパンツでさ。
とどめには白のタイツをはいてるんだよ!
「だ、だって、ようちえんじの服装そのままでさ・・・・・」
「まあいい。とにかくなみ、安心しろ。なみとふたりきりの時にしかこの姿にはならないから」
「ぜ、全然安心できない!え、ちょっと待って!じゃあまくらざきのおじさんはこのことをかくしてあなたをウチに預けたの!?」
「ああ。『まくらざきのおじさん』なんて人間は存在しない。あれはただの人形さ」
「人形?」
「そうさ。なみのお母さんの記憶もいじらせてもらった。オレがあやつってる人形をずっと昔からのしんせきのおじさんだと思い込ませてね」
「え・え・え。じゃ、じゃあ、あなたはだれ?」
「『たい』さ。正確には『タイム・ハズ・カム』って名前だけどニックネームが『たい』なのさ」
「そ、そんなこと聞いてるんじゃなくて、あなたは何者なの!?」
「時空の旅人とでも言っておこうか」
出た。
なにその意味不明の存在は。
「ま、魔法使いとかじゃないの?もし魔法使いならわたしに魔法を教えてくれてわたしが魔女になれるとか」
「小学生かおまえは」
「しょ、小学五年生(ごねんせい)だよ!わ、悪い!?」
「いいか、なみ。魔法なんてものは存しない。いいかげん現実を見るんだ。『おと』のようにな」
ん?
おと?
ん?
「あの、『おと』って・・・・・・」
「オレが時空を旅する目的はな、理想の結婚相手を探し出すことなんだ。オレが登録してる婚活アプリによると究極の完璧なレディがこの時代・この町にいるという情報が流れてきたのさ。オレは他のやつらに抜け駆けするためアプリにハッキングしてプレミアムサービスの『時空無制限移動クーポン』を無効化してオレだけがそのレディに会えるよう仕組んでやって来た」
せ、セコい!
「そうして更に情報をくわしく調べていった結果、『上代おと』というそのレディがこの家に住んでいるということをつきとめた。つまり、なみ、おまえのおねえさんなんだろう?」
「・・・・・・・・・確かにこの上代家に『おと』さんはいるけれども・・・・・・」
「おとがオレの妻にふさわしいかお前の部屋にいそうろうして一緒に暮らしながら『おと』が本当に素晴らしいレディなのかみきわめるつもりなのさ。さあ、『おと』に会わせてくれ」
「・・・・・・いいけど」
たいちゃんは、しゅるっ、て魔法じゃないけど魔法みたいにまた四才の姿にもどった。服も体型に合わせて自由自在に伸び縮みするみたい。そのままおばあちゃんの部屋に連れて行った。
「たいちゃん。よろしくね」
「はい・・・・・よろしくお願いします。おとおばあちゃん・・・・・」
たいちゃんが、ぐいっ、とわたしを引っ張って耳元でささやく。
「なみ、どういうことだ?」
「どうって、『おと』はわたしのおばあちゃんだもん」
「ど、どうしておねえさんじゃないんだよ!」
「知らないよ。もしおばあちゃんの若い頃に会いたいんならもっと昔に時空移動したら?」
「そ、そうだな。よし!」
あれ?
でも、もしたいちゃんがおばあちゃんと結婚するってことになったら・・・・・
「や、やっぱりダメ!歴史が変わったらお父さんも生まれないしわたしも生まれないことになるっ!そういう映画、あったもん!」
「知らないよ!オレは理想の相手と結婚したいだけなんだ。よし!アプリにアクセス!」
だ、ダメえっ!
「・・・・・あれ?アプリが作動しない・・・・なぜだ?」
『婚(こん)活アプリをご利用のお客様へ
当アプリは不正アクセスがあったため時空移動サービスを一時停止させていただいております。不正アクセスのアカウントを除いてすべてのお客様の現代へのご帰還を確認した上でサービスを停止いたしました。なお、サービス再開の予定は今のところございません』
「う、ウソだろ!なんでオレだけ!」
いや。
当然のむくいだよね。
「あらあら。たいちゃん、もうお母さんが恋しくなったのかい?」
「ち、ちがうよ!おと・・・・・おばあちゃん・・・・」
「そうかいそうかい。たいちゃん、お団子あるからね。一緒にたいちゃんもお月見しようかね」
つかれたらつきかげあびよ 1 naka-motoo @naka-motoo
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