カッコウの巣
穢田葬一郎
「……これで午前の勉強は終わりです! じゃあお昼ご飯の用意しよっか!」
「はーい!」
今日の昼は溶ちゃんのリクエストで唐揚げを作った。前の世界だとこんなにたくさんは振舞えないと考えると、子供たちには辛いこの世界もあながち悪くないと思えてしまう。
「エダせんせー! 食べ終わったらみんなで遊ぼ! 今日はドッジボールで!」
「……! ごめん圧くん! 先生用事できちゃった。先生の分の唐揚げみんなで食べていいからご飯の準備お願い!」
”訃報 600m北 大人ノ男女一組”
圧くんに見せた笑顔は引き攣っていなかっただろうか。機軸が半径1km圏内の人間の死亡を知らせる”訃報”。二人同時に聞こえたのは数年ぶりになる。場合によっては連鎖爆破も考えられるこの状況。猶予はない。
「行ってきます!!!」
ドアを開け放しにして駆け出した。訃報の発信源の方で砂ぼこりが舞い上がり、コンクリートの破壊音が聞こえる。
「出遅れたか……!」
(発信源までだいたい5秒! 訃報から10秒とすると今暴れてるのが収まるまであと4分強……今の僕に抑えられるのか⁉ でも、もし増援を呼んでしくじれば、連鎖爆破の規模が更に増して……)
連鎖爆破。機軸の暴走の被害で出た重傷者が更に機軸を暴走させてしまう現象。機軸の暴走による被害範囲はまちまちで今回はかなり小規模だが、きわめて危険であることには変わりない。
『カッコウの巣スタッフに次ぐ! 200m先の住宅にて暴走を確認! 各員マニュアルに従い行動しろ!』
……
「門谷、確認しました。」
「焼司、確認。」
「苦同、了解しました。」
「暗田、後で休憩時間返してください。」
各フロアで作業または休憩をしていた職員たちが穢田からの連絡を受けて1Fの事務室に会した。
「では、院長代理で門谷が進行をさせていただきます。」
メガネをかけたスーツ姿の男がそう言って仕切り始めた。
「子供たちの点呼を暗田先生、ブレーカーと火の元を苦同先生、守衛を焼司先生、中継地点には私が行きます。何かあれば通信で連絡してください。」
他三人が頷くと、門谷はメガネをくいっと上げて、
「では。」
とだけ言い残し、解散した。
・・・
「くらたせんせー! みんな座ったよ!」
「よし……全員集まったみたいだね、いただきます!」
『あ、子どもたち全員確認しました、先お昼いただくんでなんかあったら連絡してください。』
食卓の準備を終えた子供たちは席に着き、昼食を食べ始める。
『門谷現着しました。苦同先生、焼司先生は問題ないですか?』
『苦同、今確認終わりました。問題ないです。』
『焼司、今のところ問題なし。』
高台に登った門谷は愛刀の鞘を握りしめ、砂ぼこりの上がる方向を見つめていた。
『……現状報告、被害半径10m範囲の建物はほぼ半壊、暴走は確認できません。穢田先生、応答お願いします。』
『………目標は崩壊。門谷は俺と合流、苦同は別館の静養室の用意を頼む。残りはそのまま待機だ。』
穢田は覇気のない声で職員たちに指示を与え、連絡を終えた。
「大雑把でも教えて欲しいんですがね。仲間なんですし。」
門谷は愚痴をこぼしながら、鞘から刀を抜きだした。そして正面を向いて縦に一振り、ヒュッと高い風の音が鳴った。
(解。)
心の中で小さく唱えた言葉に機軸が呼応し、刀の描いた軌跡が黒く輝き、ばっくりと割れる。門谷は目の前に現れた黒い裂け目に向かって踏み出し、身を縮ませて潜り抜けた。
「ケホッ。やはり遠くに飛ぶと精度がよくない。……今回は十分みたいですが。」
裂け目の向こうは右も左も瓦礫の山。だがその奥に瓦礫ではない何かが見える。建物の自己修復機能で瓦礫はゆっくりと宙を舞い、元の場所へと戻ってゆく。そうして姿を現したのは、肥大し、ドーム状に形を変えた人間の腕だった。
「大分消耗したみたいですね、穢田先生。」
両腕を失くした穢田が巨大な腕のドームを前に立ち尽くしていた。
棘の浜 @mmitei
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