エピローグ

「小幡くん、本っ当にごめんって!」


 窓の向こうの騒々しい蝉の声をバックに、駿は両手を合わせる三郎丸から繰り出される謝罪を聞いていた。

 そのふざけたポーズで彼は誠心誠意謝っているらしいが、事が事だけに「許す」と言うことは簡単にはできそうになかった。


「いや、何でなくすんすか……」

「何でだろうね。それは俺もびっくりなんだけど。事情がわかってすぐに、小幡くんに渡そうと思ったんだよ? それなのに、こうして渡しに来ようとしたらなくなるって不思議だよな」


 肝試しが行われた翌週、駿は「渡したいものがあるから。例のもの」と三郎丸に声をかけられ、あのノートのことだとわかったから待ち合わせ場所をここ、地学準備室にしたのだ。

 危険があるかもしれないあのノートをようやく手にすることができると思って、駿は午前中の夏期講習が終わるまでずっとそわそわしていた。

 それなのに、いざこうして地学準備室で顔を合わせてみれば、ノートを持ってくるはずだった三郎丸はヘラヘラ笑って手ぶらなのだから、怒るというより力が抜けるのも仕方がない。


「まぁまぁ、小幡くん。やっぱりあのノートは、普通のものじゃなかったんだよ。だから、三郎丸先生が悪いわけじゃないって」

「いや、まあ、それはわかってるんですけど……」


 三郎丸に対して「許す」の一言が出ない駿を、源がなだめた。源の言いたいこともわかるが、ここで今「許す」というのと違うよなと、駿は言葉に詰まっていた。


「……あのノート、そんなにやばいの? 心霊絡みなのは、さすがに何となくわかってるんだけどさ」


 駿の深刻そうな顔を見てようやくまずいと悟ったのか、頭をポリポリかきながら三郎丸が尋ねてきた。

 操られて百物語を強行し、変なものをたくさん背中につけていた人物が「心霊絡みなのは何となくわかる」だけなことに、駿は思いきり溜め息をついた。


「そのノート、自らを怪談にしたくて自殺した女子生徒のオカルト研究ノートなんですよ」

「えっ」

「ちなみに、三郎丸先生はその女子生徒に操られて終業式の日に百物語やってました」

「ええっ」

「そんなとんでもない幽霊ですら〝助けたい〟なんて思うから、先生の背中はこの前まで霊のごった煮が前衛芸術みたいに貼りついてました」

「……」


 駿が端的に、容赦なくノートのことと三郎丸に起こっていた事態について話すと、最初は驚いていた彼も、だんだんと涙目になっていった。

 本当は、かつては常時女性の手が肩に乗っていたことも伝えようと思ったが、目の前の怖がりようを見てやめた。


「……俺、そんなことになってたんだ。何か、頭がぼやけるような感覚がよくあったけど、もともと物忘れも激しいから気にしてなかった。やばかったんだな」

「やばかったんですよ。……でもまあ、ノートのことは仕方ないんで、もういいです」


 これ以上三郎丸と話をしてもしょうがないと、駿は彼に地学準備室から出ていってもらおうとした。だが、それを感じ取った三郎丸は悲しそうな顔をする。


「小幡くん、そんな露骨に『あっち行け』って顔するなよ! 俺もさ、小幡くんたちの活動の仲間に入れてよ! 源先生たちと何かやってるんだろ?」

「……いや、遊びじゃないんで」


 駿によほど懐かれたいのか、三郎丸は強引に肩を組んでくる。そのグイグイくる感じが苦手なため、駿は隠すことなく嫌な顔をした。

 だが、なぜか三郎丸はニヤリとする。


「手ぶらじゃ仲間に入れてもらえないと思って、とっておきの情報も持ってきたのになー。――開かずの教室についてなんだけど」

「えっ」


 絶対に駿が食いつくだろうと自信を持って切り出したのだろう。駿が驚くと、三郎丸は嬉しそうにした。


「俺、この学校の卒業生だから、当然他のOBにも話聞けるだろ? それで、ちょっと調べてみたんだよね。知りたいだろ?」

「……し、知りたいです」


 駿が素直に答えると、隣で源もコクコク頷いていた。

 二人とも、あの開かずの教室から放たれる禍々しい空気に、ずっと悩まされてきたのだ。対処できないにしろ、あそこに何があるのか知ることができるだけでも気分が違う。


「ふふん。なら、教えてやろう。俺が聞いた話によると、あれは何かあって〝開かずの教室〟になったわけじゃなくて、〝開かずの教室〟として用意された場所らしい」

「……ん?」


 三郎丸はとっておきの話を語るように話したが、駿はその内容をすぐに理解できなかった。


「それはつまり、あの教室には〝何もない〟ってことですか?」

「そう。〝何もない〟を意図的に作り出してるらしいよ」

「……そんなことって、あるんすか?」


 三郎丸に嘘を言っている様子はないが、にわかには信じられなかった。

 この夜宮高校に入学してからというもの、怖い体験はたくさんしたが、一番怖くていつまで経っても慣れなかったのが、あの開かずの教室から漂う禍々しさだったというのに。


「なるほど。何となくわかった気がする」


 わけがわからず混乱している駿とは対照的に、源は何かしらの納得をした様子だった。


「……どういうことっすか?」

「僕もきちんとわかったわけではないけど、田舎の豪商とかの屋敷に残されている開かずの間と同じようなものなのかなって。そういった家にある開かずの間っていうのは、福を呼び込むため、もしくは今ある富を逃さないために屋敷を建てるときに開かずの間をわざわざ作るって話を聞いたことがあるよ」

「……何か、気持ち悪いっすね。で、この学校にも、それと同じものがあると?」

「理由はわからないけど、そのOBの方の話を信じるんなら、そういうことになるんじゃないかな」


 源の話を聞いたことで、駿は少し理解が進んだ気はする。だが、だからといって納得できたわけでもなければ、恐怖が薄れたわけでもない。


「どうよ? なかなかすごい情報だっただろ? 小幡くんが仲間に入れてくれるって言うなら、今後もこんなふうにいろいろ調べてこられるけど?」


 耳寄りな情報を提供したという自負があるからか、三郎丸はニヤニヤしながら強気の態度でいる。それに対して駿が返事をしかねていると、地学準備室の戸がスパーンと開いた。


「話は聞かせてもらったー! 三郎丸先生も仲間に入るんですね!」


 開いた戸のほうを見ると、そこには琴子がいた。そんな元気な登場の仕方をするのは彼女のほかにいないだろうが、それでも一体誰が来たのかと駿は一瞬怯えた。


「な、なんだ……コトラか」

「そうですよ、私です。三郎丸先生も加わって人数増えたんなら、ちょうどいいですね。ちょっと怪しい噂を耳にしたんで、調べに行きましょうよ!」


 琴子の中では三郎丸が郷土研究会もとい怪奇クラブに入るのは決定事項のようで、さっさと自分の目的に引き込む気でいる。

 三郎丸のグイグイくる性格と琴子のこの猪突猛進さは、組み合わせると危険だと思い、駿は今すぐ飛び出していきそうな後輩を制した。


「まずはどんなもんか話を聞かなきゃ、調べには行けねぇよ。で、一体なんなんだ?」

「そうでしたね! 重課金地蔵って噂なんですけど」

「じゅ、重課金地蔵……?」


 順を追って話させてみようと思ったが、噂の名前からしてだめだった。

 駿は困惑し、三郎丸は爆笑し、源は考え込んだ。

 そんなことは気にせず、琴子は噂の詳細について語り続ける。


「その地蔵は、お供え物をして願いを叶えると、どんどんグレードアップしていくらしいんです! だから、どんどん課金、お供え物をしてどんどん願い事を叶えてもらって、みんなでもっとすごいお地蔵さんにしようってことで重課金地蔵って呼ばれてるらしいんです!」

「お、おう……」

「やばくないですか? 危険なにおいしかしません!」


 必死なのは琴子だけで、聞かされている駿たちはその噂の何が危険なのかさっぱりわからなかった。

 だが、琴子はそんな空気を読むような人間ではない。


 そのあと、駿たちは午後のうだるような暑さの中を、噂の地蔵を探しに引きずられていくことになるのだった。



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よみや高校怪奇倶楽部〜こわがりな先輩と最強守護霊憑いてるちゃん〜 猫屋ちゃき @neko_chaki

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