第47話 クラスメートと友情

 アムがそばに来て、一週間以上が経った。気が付くとそばにいるのだが、驚くほど彼は邪魔にならなかった。

 ヴィ先輩は同じ部屋にいるものの、それぞれ個室はあるので、寝る時までは一緒ではない。グーグーとは一緒だけれど、契約を行っていて魔力を共有しているから、一種の安心感がある。

 しかしながら、アムはいつも部屋にいるけれど、契約もしていない。それでも邪魔にならないのだ。東の国の方にある隠密の技術でも身に着けているんではないだろうか。あの国の間諜は特殊な技術を身に着けている。

 それに自分から何かを僕に働きかけてくることはごくまれであった。一回だけカローのぼったくりの時に忠告めいたことをしてきたが、それくらいだ。思い切り拍子抜けである。


『もっとあからさまな監視だと思ってたけど、いいひとっぽいね。ちょっと胡散臭いけど』

『だなぁ。あいつ多分、お前が思っているより、ミカニへの忠誠心は薄いぜ。それに、たまに学長のにおいがしてる。むしろ、そっちのスパイじゃねーか?』


 グーグーが言うには、彼からは敵意を感じないらしい。最初はグーグーも警戒していたらしいが、嫌な臭いがしないので、最近は少し警戒を下げた、といった。アムからは、純粋に面白がって僕を見ている気配がある。確かにどちらかというと犬とか猫とか、そういうものを見るような視線な気がする。


『学長のにおいって、かなり接近してるっぽい感じ?』

『ああ。かなり濃いな。わりかし、頻繁に会ってんじゃねーのか?』


 二重に行っているということか。とりあえず、僕に後ろ暗いところは(さほど)ないし、害もない。とりあえず、様子を見ようと思う。気にしたら生活できなくなるし、うちに住み着いたネズミとでも思えばいい。



「キィ、うまいね」


 ヴィルトトゥムの授業では、よくサビーとキィと一緒になる。今日は三人一組で、魔法陣の刺繍を習っていた。かつては女性だけだったらしいが、今や男女関係なく行う。針に慣れていないものも多いから、教室は思ったよりも静かだった。集中していないと惨事になりかねない。

 魔法陣の刺繍は、結構有効な手段である。いちいち書かなくていいから、野営のときなどは有効だ。

 誰でも使えるようにもできるが、今回は特殊な溶液を定着させ、己の魔力で染めた糸で刺繍する。すると、自分の魔力で染めているから、ほかの人には使えないようになるのだ。つまり、ずるはできないから、自分でやるしかない。


「まーな。マールがうまいから、見よう見まねだ。お前も結構いけてるぜ」


 目が粗めの麻布に、複雑な色味を帯びた糸で刺繍された彼の魔法陣は針目が細かく、とても丁寧な仕事だった。ちなみにこれは保温の魔法陣である。魔力を通して懐に入れておけば、冬に便利する。

 実はもう、狩りに使うために持っていた。これも自作で、うまくできるようになるまでに何度も母にしごかれた。目が粗いと、にっこりわらって「やり直しね」とぱちんぱちんと糸を切って抜かれるのである。そんなわけで慣れているから、キィほど細かくはないが、僕のも悪くない。


「やってことあるからね。それに、野良着の継ぎとか当てなきゃなんないし、針仕事は結構慣れているよ」

「だよなー。俺も自分のもんは自分で治すぜ。上等な門は母上やマールに回すけど」


 そういいながらもキィの針は細かく動いている。無駄な動きがなく、危うさもない。本当になれているんだろう。

 糸の色も相まって、美しい魔法陣が刻まれていった。糸の色は、自身の染める魔力の質に応じているので、キィと僕の色は虹色というかなんというか、いろんな色がまじりあっている。

 キィのが淡く、僕のは妙に派手だった。ほかの人々も、いろいろな色味があって面白い。サビーのは青と緑が強く出ていた。


「……痛い」


 そうだよねーと相槌を打っていると、ぽつんとサビーがつぶやいた。悄然とした声である。


「針仕事は慣れだけど、その前にサビーは指がどうかなりそうだよなぁ」


 気の毒そうにキィが言った。ふるふるとしているサビーの指先は、すでにまんべんなく刺し傷がある。灰色を帯びた布はところどころ血が染みてちょっぴり不気味だ。絆創膏を貼ったところからも血がにじんでいる。表情には乏しいのに、うっすらと涙目なのは気のせいじゃないだろう。


「大丈夫?アルテミシアの軟膏あるよ。血止めにいいやつ。いる?」


 この間、スティルペースの課題で作ったものだ。採取のために森にもぐったり、実践訓練をする際に必要なものだと聞いている。軟膏と言いつつも医薬品扱いではないために生徒でも作れるので、彼の授業をとった者たちのいい内職となっているそうだ。


「ああ、ありがとう。もらえると嬉しい」

「うん。あげるよ」


 そういったとき、ヴィルトトゥムが終わりを宣言する。今日の授業はこれで終わりだ。残りの魔法陣は授業外で仕上げなければならない。サビーははあ、とため息をつきうんざりした顔をした。そして、痛そうに布をつまんでたたみ始める。


「そうだ。この後、暇だったら、僕、手当てするよ。その手じゃ大変でしょ?」


 治癒魔法でこれくらい治せるが、うっかりそんなことをするとまた咎められそうだ。光属性があっても、治癒まで行くのは結構珍しいらしい。そして、一応応急処置できる道具を持っているので提案してみた。


「ものすごく助かる」

 

 心なしか、サビーの目が輝いている。


「じゃあ、談話室でやろうぜ。そんで甘いもんでも食べながら、仕上げちまおう。俺とルルの手助けがあったら仕上げられるだろう?」


 よほど見かねたらしく、キィが手助けを申しでる。お兄ちゃん気質らしく、彼は結構面倒見がいいのだ。


「ありがたい」

「気にすんなよ」

「そうそう、手当てしないと、部屋に帰っても、大変でしょ」


 かなりのお坊ちゃんらしいサビーは、寮に入ってから結構身の回りのことに不自由をしているらしく、あからさまにほっとした顔をした。ちゃんと自立しなさいと、両親に怒られたのだと言っていたので、必死に自分でいろいろやっている最中らしい。お金があるにもかかわらず、四人部屋に入れられたんだそうだ。

 わちゃわちゃ話しながら、そのまま三人で談話室に行くと(後ろからアムがついてきているが)、そこにはすでにアディがいた。


「おーい」

「アディ。来てたんだ」

「うん、来るかなって」


 今日はターシャのところに顔を出していたが、彼もよく一緒に作業をする仲間である。早めに出てここで待っていたらしい。おーいと手を振ってくるので、そちらに向かう。彼も刺繍を仕上げていたらしく、机の上には刺しかけの布と、干し果物が置いてあった。


「そーなんだ。待っててくれたんだね」

「一緒にやろーとおもってさ。引っかかったりして、うまくいかなかったんだよね」


 ターシャは忙しくて手伝ってくれなかったらしい。彼女はかなり多くの課外授業をとっているそうだ。


「布への刺繍が便利って言っても、普通の貴族はやんないもんなぁ」


 僕同様の没落貴族であるキィはしみじみという。貧乏貴族には人を恒常的に雇っておく金などないから、基本的には自分で行う。いざという時には人から使用人を借りるのだ。


「ふつーさ、魔力で糸を染めて、後は縫ってもらうよ」


 アディは刺繍に不満らしい。むっつりしながら言った。

 それは叔父からも聞いた話だ。週に一回は叔父から手紙が来るので、意外に最近は情報が集まってくる。

 なんでも、他者の魔力が入ると自身の魔力の通りが悪くなるので、魔力の少ない一般市民を雇って刺繍をさせることが多いのだそうだ。ちなみにもっと効率を求めるときは布も自分の魔力で染める。


「でも、できて損はないよ。うちの父なんて、戦争のときに全部必要になったって言ってた」


 今考えれば、公爵家育ちの父は生粋のお坊ちゃんだったんだろう。戦争のときに、生活に関するありとあらゆる技術を身に着けたといっていた。植物から布もおれるし、家だってその気になれば立てられるらしい。

 そんな経験があるので、困らないようにと幼いころから僕に生きるすべを教え込んできた。もちろん母も。ただ父の料理は味がある意味芸術的だったけれど。


「戦争かぁ。生まれる前だもんな。親とかからは聞くけど、あんま実感わかねぇよな」

「僕の父は参加したらしいが、母は母国ファグアンに避難していたらしい。一応、元姫だからね」


 僕は、両親から戦争の悲惨さと愚かさを聞かされて育った。できればそんなものはない方がいい。今の平和を享受したいのだ。


「うちとターシャ…パンタシアの家は…結構大変だったみたいだよ。戦争で、王太子が亡くなっただろう」


 王太子が亡くなったことで、彼についていた貴族は大変だったようである。あてにしていた将来が一気になくなったのだ。ほの暗い影が少し、アディの瞳にやどる。


「どこも、大変だったんだよな」

「そうそう。だから、こういうのは事前に作りためておくのがいいんだって」


 言いながら、自分の刺繡を取り出す。両親はいつ何が起きてもいいように、と身に特殊な魔道具を身に着けている。僕はそれほどではないが、実は体のあちこちに魔法袋に類するものを隠していた。


「じゃ、これも片付けてしまわないとならないな。その前に、僕の指をどうにかしなきゃならないが」

「だよな」


 四人でクスクスと笑い、手当てを開始する。後ろでは、生ぬるい表情で、アムが見守っていた。



「今日は、随分と楽しそうだったねェ」

「うん。僕、友達っていなかったけど、話す相手がいるとうれしいし、楽しいね」


 夕飯の材料を刻みながらアムと話をする。ヴィ先輩はなんやら部活動があるとかで、まだいない。今日はカウダも同伴なので、今は三人(二人と一匹?)きりだ。

 話しながらざくざくと大降りにセイタカフダンソウを刻むと、葉野菜独特の、青いにおいがあたりに漂った。

 なんやかんやですっかりため口だ。それでいいといわれたので、グーグーに話しかけるようその方が僕も楽である。

 そのままいろんなことを話しながらあらかた仕込みを終え、後は煮あがるのをまつ、という段階になった時、アムは不意に黙り込んでから、じっとこちらを見て、とんでもないことを言った。


「……ルル、アドラル=ヨクラートルとパンタシア・ピエタスには気をつけておきなさい」


 初めての、改まった口調だった。


「どういうこと?」


 聞き捨てならない。どちらも僕の友達だ。しかも、容疑がかかっていたにもかかわらず、学校に帰ってきてからも、普通に接してくれた。初めてできた、大事な友達なのだ。


「あの家は、旧王太子派だよ。今日、言ってただろう?本人たちはわからない。でもねぇ、その背後には、親がいる。付き合うなとは言わないよ。でも、そのことを念頭において、気を付けておきなさいねぇ?」


 固い口調をもとに戻し、子どもに諭すように言われる。余計なお世話だ、と言いたいところだが、言っていることは正論なので反論できない。


「でも…っ! みんな、いいやつ、です」

「うん、だから賢く立ち回りなさいねェって、言ってるの。貴族らしくね」

「……………貴族、なんてならなくていい」


 持っていたカップにぴしりとひびが入る。首のチョーカーが、警告するように少し締まった。感情が乱れているのだ。

 深呼吸をし、十数えて心を落ち着ける。チョーカーの締め付け具合が元に戻った。


「そうかい?でもねぇ、ここに入れるのも、彼らと知り合えたのも、君が貴族だからなんだよぉ?」


 貴族でなかったならば、ここには来られなかったでしょう、という。悔しいがその通りだ。庶民はここには入れない。入れても、貴族の養子になってからだ。ついでに言えば貴族でも、許可されなければ、入れない。


「そう、だけど。そうだけどっ、そんなのバカげてる」

「だねぇ。そう思うよ。確かにね」


 いったん口をつぐみ、長くすんなりした指で僕をさす。


「でも、それを変える手立てを君は持っているんだよ」

「手だて?」

「王位を継げばいいんだよ。誰にも文句を言われない立場になればいい。彼らにも、彼らの家族にも益をもたらす存在になれば、ねぇ」


 にい、と口元が笑う。金の巻き毛の隙間から、少しだけ虹彩の細い瞳がのぞく。その顔は、思ったよりもずっと蠱惑的で美しく、まるで悪魔のごとき笑みだった。


「さあ、君はどうしたいの?」


 アムは、存外食わせ物かもしれなかった。

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没落貴族、覇権を目指す。 こもふ @Komofu

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