ルセウス・ミーティア観察記録

 学長、ことリューヌ・カタリナは、報告書を読んでいた。彼女は本気でルセウス・ミーティアを敷き王位継承者として推すつもりだった。

 だが、その為には人となりを知る必要がある。アムレト・アルカは護衛でもあったが、諜報員でもあった。まだ主を持たないアムレト・アルカは家付きなので、一応、リューヌ・カタリナが最重要人物なのである。


〇月〇△日


 学年の打ち合わせ用の教室に行く。最初はルセウス・ミーティアを遠巻きに見ていたが、パンタシア・ピエタスとキュアノス・オケアヌスが寄ってきたのを皮切りに、ぱらぱらと何人かやってきた。ボヤ騒ぎのときに班活動をともにしていた面々が主である。それ以外の面々が遠巻きにしているのが興味深い。興味がないわけではないが、近寄りがたい人間として認識されているようである。

 逆に、関わりに会った人間はルセウス・ミーティアに信頼すら抱いている雰囲気がある。権力至上主義者として名高いグラナーテ・レギオーですら寄ってきている。訊けば、以前の授業でかなり面倒を見たという。単に学力を持っているだけではなく、ほかを助ける余裕もあるようだ。

 しかしながら、その対象はあくまで平均的であり、一部を除き他者への興味は非常に薄い。だが、本人に自覚は乏しいようだ。遠巻きにされても好意を寄せられても、感情の起伏が非常に平坦で、いささか問題である。為政者としてはある意味向いているかもしれないが、人間として、教育が必要ではなかろうか。彼が顕著な反応を見せたのはアドラル・ヨクラートルとパンタシア・ピエタスに対してだけであった。


〇月〇X日


 五時に起床。どうやら精霊の力を借りているようである。彼の周りには多種多様な精霊がいるようで、常に不思議な気配をたたえている。それをあの黒犬が統制しているようだった。

 身づくろいを終えたのち、食堂の料理長カローの元へと行き、野菜や加工肉などの食料を仕入れていた。どこで食材を手に入れているのかと思っていたが、魔法袋に入れてきたものと、食堂とうまく使っているようである。ただ、現金はあまりないのか、対価として縞マールム五個と交換を行っていた。物々交換が基本の様である。ただ、明らかに払い過ぎで、カローの動向にも注意を必要だ。物々交換は承認されているが、ぼったくりはやってはならないことである。縞マールム五個でルセウス・ミーティアは倍の食料がもらえるはずだ。単なるマールムならばともかく、縞マールムは王都では希少種である。ただ、確かに彼の故郷は縞マールムの産地であるので、価格をよくわかっていない可能性がある。

 朝食の準備後は、アーギル・ルヴィーニとその猫の世話をしてから学校に行く。後片付けに猫の毛づくろい、アーギル・ルヴィーニの身支度と、よく働く。しかも大変手際がいい。

 授業はグラキリス氏の授業にサビオ・アダマンテウスとともに参加。杖の制御が上達した所為か、グラキリス氏の反応は上々であった。もともと、常識はずれのことさえしなければ生徒に寛容な氏であるから、今後、関係改善が行われることだろう。その後は図書館にこもり、調べものと勉学に励んでいた。学問だけであれば下級宮廷魔術師をはるかにしのいでいる。


〇月〇▼日


 アグメン女史の授業に参加。表面上は穏やかに接しているが、微妙な嫌がらせを受けているのがわかった。

 実践に特化としているとして、体術の場面では模範演技を行うために前に連れ出され、いろいろと技をかけられていた。本来であれば生徒にかけてはいけないものばかりである。ルセウス・ミーティアでなければかなりのけがをしているだろう。彼は攻撃力はみていないから不確実であるが、避けるという一点に関してはかなり熟達している。

 アグメンが当てようとすると実に絶妙にかわす。もはやかわそうとしているわけではなく、勝手に体が動くようであった。後から聞くところによると、どうやら母であるコラリア・ルプスコルヌに同じようなことをされていたらしい。彼にとっては嫌がらせではなく、あくまで授業の一環のようであった。

 いっぽうで、彼女の不自然さに一部の生徒は気づいているようで、生徒との間に距離ができつつある。贔屓しているとみるものと、嫌がらせしているとみるものが半々の様である。ルセウス・ミーティアは取り立て的にしておらず、最終的に授業に合格しさえすればいいと考えているようだ。


〇月×〇日


 それとなく縞マールムの件を告げたところ、あっさりと知っているといわれた。知っていてぼったくられていたらしい。

 さらに驚くことに、それが流されていて、どこに売られているかまで、たった数日で把握しているとのことである。下働きの少年と仲良くなって教えてもらったと言った。それをあの犬が裏を取ったとのことである。

 弱みを握ったので、これからは対等な商売ができるだろうし、場合によっては多少無理な願いも聞いてもらえるだろう、と晴れやかな笑顔で言われた。彼は平民としても十二分に生きていけるだろう。商売人としてもやっていけるに違いない。


〇月×△日


 前日より彼が楽しみしていたスティルペースの授業に帯同する。

 今日は回復薬の原料によくなる、アルテミシアの栽培方法についての講義で、実際に苗を渡されて栽培に入った。

 植物栽培には慣れているようで、実に手際がいい。さっさと自分の分を終えると、パンタシア・ピエタスの手助けを行ったり、スティルペースの補助をしていたりしていた。さらには、エルキス・ジェンマとエランドーラ・カコエンテスが彼の隣にいつの間にか陣取り、補助を行っていた。あの二人はすでに協力体制を敷いているようで、日々の生活の中でもさりげなくルセウス・ミーティアの前に現れる。彼の支援者とみなしてもいいだろう。

 また、エルキス・ジェンマはこのままでいくと、主としてルセウス・ミーティアを選ぶ可能性があると思われる。



「……うちの孫どもより、相当たくましいね」


 香草茶を片手に、ポツンとつぶやいた。いささか変わっているものの、ルセウス・ミーティアはねじくれてもいないし、頭もよさそうである。しかも、心身ともにたくましい。 

 姉である現王は、優秀な人だったが、為政者としてはいささか心が弱い。都合の悪いことにはふたをする傾向がある。その結果として、自分以外の者に責任を押し付け、自分の犯した罪を見て見ぬふりをする姉を、妹としても王族としても放ってはおけなかった。


「やはり、この子しかいないだろう。魔力不足も深刻だね。……ついでにどうやって間をつないでいくか」


 なんといっても、ルセウス・ミーティアはいまだ十歳。国の頂点に立つにはいささか幼すぎる。

 だが、資質は誰よりも兼ね備えている、貴重な逸材だ。多少の性格の難は側近で何とかなる。その側近になりそうなものたちも、ぼつぼつ集まっていそうだ。不思議なことに彼の周りにはなんとなく人が集まる。

 人は強いものに惹かれるものだ。全属性を操り、使役獣を使いこなし、おそらく同世代の誰よりも魔力が多い。興味を惹かれるのも無理はない。

 なんといっても国王はこの国の守りの要。結界を保つだけの魔力が必要である。今、正式に登録されている王族でそれだけの力があるのはリューヌ・カタリナだけだ。現王は確かに魔力は多いが、膨大ではないため、魔石にためて行っている。

 もちろん、それでもかまわないのだが、それだといざという時にとっさの対応をしにくくなる。結界との感度が鈍くなるからだ。直接つながっている方が、もちろん感度が高いのだ。だからこそ、現王は王太子が敵国人を引き入れ、結界を壊したことにすぐさま気づけなかった。

 最初は孫のうちの誰かを推すつもりだった。姉にもそういわれていたし、彼らは全属性はなくともかなり多くを持ち、さらにはそれなりに魔力を有していたからである。また、オケアヌス兄弟でもよかった。特にキュアノスは魔力はそこそこだったが、全属性を有している。

 なにしろ、本格的に魔力を学ぶ入学前には全属性なくとも、卒業時までに増えることがある。むしろ、入学時には誘拐などの危険を避けるために、一つ二つ伏せるのが普通だ。属性が多い子どもは、他国から狙われることが多い。

 それに、魔力も属性も、扱い方次第では増えるのだ。だからこそ、貴族はこの学院に入れられる。この学院での授業は、魔力や属性をできる限り増やす構造となっていた。

 だが、それも十八ぐらいまでの話だ。それ以上はどちらもめったに増えない。だからこそ、万が一の時のための保険として、ルセウス・ミーティアを学院に呼び寄せた。ところが、保険どころではなかったわけだ。


「あとは、本人をどうやる気にさせるか……」


 今のところ彼に権力欲はない。だが、あれが本気になったならば、王位の簒奪は容易だろうと思う。何しろ、彼にはそれだけの力がある。それにあの両親は全面的に味方するだろうし、今の状態を見ている限り、ルプスコルヌとその一派もつくだろう。

 また、彼に今近づいている一部の生徒の親も協力するに違いない。大戦時、ヴィリロスたちとともに戦ったものが多くいる。そういう意味では、ルセウス・ミーティアは引きが強い。


「ヴィリロスをつつくのが、一番いいかしらねぇ」


 ことり、と香草茶の器を机に置き、彼女は上等の紙と特殊なインクを取り出した。そうして、軟禁されているはずのヴィリロス向けへ手紙をしたため始めた。

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