第46話 アムレト・アルカ

 ポイっという感じで部屋からアムレト・アルカと放り出された。先生方はこれからまたいろいろ話をするらしい。ご苦労なことである。

 スティルペースとヴィルトトゥムが何も発さなかったのがちょっと気になったが、特に止め立てされなかったので大きな問題はないということらしい。多分、この面子だとうっかりしたことが言えないんだと思うけれど。

 一緒に放り出された隣の男をチラ見しつつ、勢いのまま、若干つんのめりながら廊下に出ると、部屋の前ではグーグーがちんまりとお行儀よく座って待っていた。半眼ですこぶる目つきは悪いが。


「ごめん、グーグー」

『ホントだぜ。まー、お前が悪いんじゃないけどな』


 多分、聞こえないのをいいことに一方的にグーグーに話しかける。はたから見ればちょっとかわいそうな子と思われるかもしれないけれど、これから毎日後ろの男に張り付かれるのだから、問題ない。飼い犬や飼い猫に話しかけるのは結構普通だから。


『つか、後ろのやついいのか?』


 頭の中に話しかけられて振り返ると、アムレト・アルカとの間に微妙な間が少し漂った。何ともまだ距離が取りづらい。

 彼の羊のような柔らかそうな金色の巻き毛からは、表情が見えなくてちょっと怖い。目元が全く見えないのだ。赤みの強い薄い唇だけが弧を描いているから余計に不気味だった。


「えーと…あの、アムレト・アルカ・ヒュドラル=ユーグランスさん? すいません、グーグーと僕だけしゃべっちゃって」

「ふふ、契約獣と仲良しなんだね。気にしないでいいよ。君のことは気になってたんだァ。いろいろ聞いてたからさ。エルキス・ジェンマから。知ってるよね?」


 エルキス・ジェンマとは……、と頭を巡らす。あんまりはっきりと頭の中で輪郭を描いていかない。アディとかだと一瞬で浮かぶのだが、

 それが見て取れたのか、ぺしんとグーグーのしっぽがふくらはぎを強めにはたいた。しっぽの骨は結構いたい。わりにしっかりとしたしっぽなのだ。


『あーもー。人に相変わらず興味ねーやつだな。ジェン先輩っつってたろ。ほら、オレにジャーキー寄こしたやつだ。似てんだろ。あー、あれ、旨かったなー』


 よだれを垂らさんばかりの表情だった。よっぽどおいしかったんだろう。

 そして、ああ、と思い至る。お手製ジャーキーの先輩が確かにいた。

 そう、エルキス・ジェンマことジェン先輩は、スティルペースの授業で一緒だった人だ。言われてみれば、名前はヒュドラル=ユーグランスと言っていた気がする。金髪だったし。髪色以外はあまり似ていないようだけれど、兄弟だったのか。


「スティルペース先生の授業では、エルキス・ジェンマ先輩にお世話になりました」


 今更な気がするが、ぺこりと礼をする。弟のジェン先輩はざっくばらんで感じのいい人だった。最初から優しかったし。

 そういえば名前は憶えていなかったけれど。もう一人のカコエンテス公爵嫡子の先輩もとても感じのいい人だった。あの二人はとても僕に親切だ。


「僕のことも当分の間、ヨロシク。君の部屋に寝させてもらうから。スクートゥムにはもう許可取ってあるよ。それと、僕のことはアムでいいよ~」


 今度は口だけではなく、本当の笑みをたたえてそういわれる。口元だけでも随分といろいろと印象が変わるものだ。


「ええっと、じゃあ、アムさん、よろしくお願いいたします」

「いい子だねぇ」


 そのまま、はい、と手を差し出してくる。戸惑いつつ眺めていると、さらに近くに手を寄せられたので、おずおずと手を載せるとぎゅっと握られた。思ったよりも大きくてひんやりとした手である。細いが、骨格はしっかりしているらしい。

 そして、僕は彼と手を繋いで懐かしの部屋に帰ることになる。

 道中、といっても大した距離ではないけれど、ぽつぽついろいろと聞かれた。どれも確認事項という感じで、僕の情報はかなりいろいろと握っている感じである。


「アムさんは、ジェン先輩以外にも兄弟いるんですか」


 彼はかなり年下の面倒を見るのに慣れているようだったので、話を聞く。


「ん? うん。僕が一番上で、合計して6人弟と妹がいるよぉ。だから、家事も手伝えるからね」


 ちなみにジェン先輩が一番末っ子らしい。だから、僕くらいの子の面倒を見るのは慣れているんだそうだ。

 そんな話をし、気が付けばもう部屋の前だった。


「こんにちはー、ガーゴイル・ウーヌム。今日から僕もここに住むから、登録お願いしまぁす」


 どこか気の抜けた感じで話しかけると、なんとなく気乗りしない様子で、ガーゴイルふんふんと匂いを嗅いでから登録を行った。気乗りのしないガーゴイルもいるのか、となんとなく不思議に思う。


「じゃあ、開けますね」


 無事に登録が住んで、扉を開けると、いきなり熱い塊に抱きしめられた。


「よかった! 無事だったんだな、ルル」


 ヴィ先輩だ。ぎゅうぎゅうと抱きしめられるとちょっと痛い。おまけに鍛錬をして帰ってきたところらしく、体温が高くて暑い。

 ただ、汗の代わりに貴族らしい上等なおたかい香の匂いがするのはさすがである。僕も両親も苦手だが、香を服に焚き染めるのは大人の貴族のたしなみなのだ。

 かなり心配してくれていたらしく、かなり長い抱擁だった。後ろではカウダが不愉快そうに尻尾を左右にぺしんぺしんとふっている。こちらのご機嫌はよくないようだ。何やってんのよ、という言葉が聞こえてきそうだった。


「ええ、何とか。むしろいっぱい杖の練習ができたので、有意義な軟禁だったと思います」


 もちろん、それどころか祖父に会えたとか母に会えたとか、元凶に近づきつつあるとは言わない。僕もちょっとは賢くなったのだ。すなおに口に出せばいいというものではない。


「それならば、よかったのだが…。それにしてもなぜおまえがあんなに疑われるのだか。そんな頭はあるまい」


 ほめられているのか貶されているのかはわからないが、ある意味彼は信頼してくれていたみたいである。体を放すと、今度は頭を撫でられた。剣の鍛錬に余念がない彼の手は、意外に硬くて大きい。


「なぁんだ。結構、ルルのことはかわいがってるんだねェ」


 背後に立っていたアムがおかしそうに言う。その声色に微妙にからかうというか小馬鹿にしたような雰囲気を感じた。これから一緒に暮らさねばならないのに、あまり二人の相性はよくないようだ


「……ルルの監視についたと聞きましたが」

「うん、そぉ。ヨロシクね、スクートゥム君」


 また、嘘っぽく口だけで笑う。冷ややかなアムと、熱心さを帯びたヴィ先輩の組み合わせは実に相性が悪そうである。


「よろしく、ですか」

「うん、ここに住み込みになるし、一応ね」


 普段の身分はともかく、教員資格を持ち、さらには実際に助手として勤務しているせいか、アムの話し方は上からのものだった。先輩の身分に気圧される様子もない。

 確かに、学内において彼の立場はヴィー先輩よりも上である。学生である間はたとえ王子であっても、教員よりは立場が下なのだ。

 それをお互いによく踏まえたうえでの発言だった。


「あなたが、ルルにルセウス・ミーティアに妙なことをしたら、ただではおきませんから」

「おやおや、怖いねぇ。さて、果たしてこの子の不利になるのはどっちかな」


 あまりこの二人の相性はよくないらしかった。



 人に興味が薄い、という事前情報の通り、実にあっさりとしてるルセウス・ミーティアと黒い犬は、さっさと自室に行ってしまった。

 そして、エルキス・ジェンマの言う通り、細かいことは気にしないらしい。後にはアムレト・アルカをスクートゥム、その飛び猫が残された。


「どういうつもりですか」


 ひたりとスクートゥムがアムレト・アルカを見据える。思いもよらぬ力強い瞳に、おや、と思った。


「どうってどういうこと?」


 アムレト・アルカのスクートゥムの印象は、見栄っ張りで文武両道を装っているが、その実、末っ子気質で甘ったれな男、というものである。それがルセウス・ミーティアを表立ってかばっている。まじめで面白みのないこの男を、こんな風に成長させたという点だけでも愉快である。以前だったら眼では訴えていても行動には移さなかった。安全第一主義のお坊ちゃんが変わったものだ。

 王位継承候補だのなんだの持ち上げられていたが、正直片腹痛いと感じていた。だが、いい意味で裏切られたらしい。人をかばったり意見を述べたりできるくらいには、お坊ちゃんも成長している。

 正直なところ、アムレト・アルカとしては将来の王となるのはどちらでも構わない。国が荒れなければどちらでもいい。安定してさえいればいいのである。そういう意味では今のところ現王も及第点だ。あくまでも国は国であり、仕える相手は別なのだ。もちろん、王を兼ねてくれれば張り切って仕えるが。


「ミカニに逐一報告するんでしょう?」

「必要なことは報告させてもらうよぉ、モチロン。助手って言う立場は不安定だからね」


 今回のことはルセウス・ミーティアについたのは護衛の意味もあるが、人となりを探るつもりもあった。一石二鳥なのだ。

 まあ、ミカニが怪しい動きをしているのは前から知っていたから、ここぞとばかりにそろそろ尻尾を出すだろう。程よくミカニ側にも情報を渡しているし、学校に残りたくて必死な助手感を出しているので今のところ疑われていない。


「……やっぱり、そうなんですね」


 くるり、と踵を返すとどすどすと足音高く去っていく。貴族らしくない。そこもまた意外だった。


「さーて、どんなふうになるんだろーねェ」


 にやりとわらったアムレト・アルカを、じろり、飛び猫がにらみつけていった。


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